アモルの力
俺は、決闘場の中央より少し西の位置に立つ。弟はその反対、東に立つ。
「審判は本番でもそうだが、団長である私自らが行う。両者、質問があれば左手を、準備が良ければ右手をあげよ。」
弟は、すぐさま右手を挙げた。もちろん俺も右手を挙げた。しかし、すぐではない。3秒位の間があった。その間がおれの自信のなさを語っているようだ。
「よし、これより東、アモル第二王子。西、アイン第一王子の練習試合を行う。ただし、ルールは騎士団の入団試験のルールにのっとる。ひとつ、武器は槍、剣、又は素手。ひとつ、ドラゴンはワイバーンのみ。ひとつ、上昇できるのは地上8mまで。勝敗は、どちらかが降参と言うか、パートナーのドラゴンが戦闘不可になるかだ。また、状況により私が試合を止める時は、私の判断で勝敗を決めさせていただきます。」
良かった。俺の時と同じルールだ。これなら迷いなく弟とやりあえる。俺は、先ほどから隣にいるパートナーのワイバーンにまたがり、同時に拳を強く握った。弟はすでに、ワイバーンに乗っていた。気が早い男だ。
「では、三つ数える。」
俺は、三の時に、強く握っていた拳を開く。
「にー、いち。」
そして、一の時にまた、強く握り直した。次だ。
「はじめ!」
俺はその瞬間に一気に8mまで昇る。同時に弟も昇る。一瞬の遅れもない、流石だ。しかし、ここは負けられない。兄のプライドと言うのがあるんだ。俺は、8mまで昇ったと同時に左下、ちょうど地上5mのあたりまで一気に降下しつつ、攻撃を放つ。右手に竜の力を溜め込み、弟目掛けて一直線に放出。これを竜波を放つという。すると炎の塊が弟の方へ目掛けて飛んで行く。
弟も簡単には当たらない。すぐさま俺と同じように左下、5.m付近まで下がる。しかし、そんなことは予測済みだ。俺は、弟が避けると同時に左手に溜め込んでおいた竜波を放つ。当たった。爆発と共に、弟の周りは煙が上がって何も見えない。こう言った場合、直ぐに相手がいる位置よりも上空に位置するのが戦いの基本なので、俺は8mギリギリまで上がった。さらに俺は、次の竜波を右手に溜め込む。
しかし、弟の周りは煙が立ち込めたままで、動く様子がない。もしやもう終わった?いや、弟に限ってそんなことは、あるわけがない。そう考える刹那、勢いよく竜波が俺を目掛けて飛んできた。しかし、それを避けられない俺ではない。慎重に、だが俊敏に避ける。
すると一気に弟の周りの煙が消し飛ぶ。弟は無傷だ。しかし、どうやってガードをした。ワイバーンの羽でガードを出来ないことはないが、ワイバーンが弱ってしまう。そうなれば、パートナーの戦闘不可に繋がる。一体どうやって。
だが、不思議がる時間を、弟は、くれなかった。すると弟は、両手に竜波を溜め始めた。これはさっき、俺が使ったのと同じ手を使うはず。なら俺は、どちらも避けてしまえば、弟はガラ空き。そこを一気に突いて、竜波を二発ぶちかます。俺は、竜波を両手に溜め込む準備をした。そして、弟はやはり、一発竜波を撃ち込んできた。
「俺と同じ手を使っても、俺には勝てないぞ、アモル。」
そして俺が避けると同時に弟は、二発目をおれ目掛けて放つ。それを俺は、待ってましたと言わんばかりにひょいとかわす。その瞬間、俺は、今だと思い、両手の竜波を同時に弟目掛けて放つ。見事に当たり竜波二つ分の爆発をみせた。だが俺は、まだ竜波を撃ち込む。一発、二発、三発と連続で放つ。決闘場は煙で全く見えなくなった。きっと周りの人は家事だと勘違いしてしまうかもしれない。しかし、これで勝負は決まったはず。
「この勝負、やはりアイン第一王子の勝利ですね。カイン様。」
「いや、まだだ。アモルがあのような攻撃でやられるとは、私は思ってない。まぁ見ておれ。」
あたりの煙が少し無くなる。だが完璧に弟を目にするには視界がよくない。俺は、慎重になって弟がいる所へ寄っていく。すると、驚いた事に、そこに弟の姿はなかった。そして、気づいた瞬間にはもう遅く、弟は俺の真上にいた。
「同じ手なんて使わないよ、兄さん。」
俺はほぼ、ゼロ距離で竜波を受けた。そして、地面に叩きおち、さっきの煙とは違う煙、砂埃が決闘場に拡がる。
「くそ、なぜあんなとこに。だいたいなんでアレをくらって、動いてるんだ。」
おれは不思議がって上にいる弟を見上げる。すると今までの疑問はすぐに解決した。
「おま、おまえ、その手か。その手で防いでいたのか。」
驚いたことに、弟の手は、ドラゴンの手になっていた。竜の力を宿した者は、一般的に竜波のような竜の力そのものの放出や、オーラとして身にまとう事ができる。しかし、さらに上級者になると、己の身の一部をドラゴンの身体にする事ができる。それを形態変化と呼び、形態変化ができるのは、竜騎士団の各部隊の副隊長クラスだ。それを弟は、一週間足らずでしたのだ。正直、驚いたがまだ想像の範疇である。弟はこれぐらいやって当然。なら兄として、同じ力を見せなければならない。そう思い、俺も両手を形態変化させた。
「驚きましたね。まさかアモル第二王子がここまでの技量をお持ちとは、明日の試験はダントツ一位で入団でしょうね。」
「ああ、だがあやつの力はあの程度では済まぬ。おそらくあやつはまだ何か隠している。」
さっきまで二人だけで話していた、父様とアッシュ団長。だが父様は、突然俺たちにも聞こえる声で叫んだ。
「アモルよ。おまえはまだ本気ではないのだろう?ならお父さんに見してくれないか。本当のおまえの力を。」
何を言っている、父様。弟はあれが限界なはず。あまりにも高望みしすぎだぞ。それにこれが本気ではないと言うのなら、俺に勝ち目はない。
父様が話しているのは、弟。なら今が弟に手を出すチャンス。いくらズルいといわれようが勝負中に意識をそらすなど、竜騎士になる者としてはNGな行為だ。そう思い俺は、弟のワイバーンを目掛けて竜の爪を立てた。そのスピードは、竜波よりも速い。確実に弟との距離を詰める。
「はぁぁ!くらえ!」
すると、弟が何やら小声でしゃべっている。いきなり力を出し過ぎて、頭がおかしくなったか?いや、そんなのお構いなしだ。おまえのワイバーンはやらせてもらう。
すると今度は弟が大きな声で叫んだ。
「はい!お父様!はあぁぁぁぁ!」
すると同時に、弟から光が放たれる。あまりにもまぶし過ぎて、狙いを定められないと判断した俺は、途中で止まった。
「なんだ?!ひかり?!くそっ。」
「カイン様あれは?!まさか。」
「ああ、あれはまさしく。」
弟からの光が消えた。と同時にものすごい風圧が弟から吹き荒れる。そして父様はいう。
「ドラゴン化だ。」
俺は、目を疑った。あんなものは初めて見た。その姿は、人の形をとどめてはいるが、肌が人の肌ではなく、明らかにドラゴンの鱗で身体全体覆われている。目つきも先程とは全く違い、鋭い目つきになっている。瞳の色も弟は黒のはずなのに、黄色く輝いている。そして、羽根こそないにしろ、尻尾が生えている。
「おいおい、なんだよそれ!アモル!おまえ一体どうしちまった?!」
「まさか、アモル第二王子がドラゴン化できるとは。あの姿になれるのは私を含め騎士団の中に六人しかおりません。」
「ふふふ。はっは、はーっはっはっはっ!素晴らしい。素晴らしいぞアモルよ!」
「いくよ、兄さん。これが僕の力だ!」
姿を変えた弟の周りは空気の流れが急速で、まるで小さな台風のようだ。そんなのが俺に目掛けて飛んでくる。
「やめろ!アモル参った!降参だ!」
しかし、必死の叫びも弟には聴こえないのか、そのまま詰め寄せる。このままでは明らかに死ぬ。死。その言葉に怯えたおれは、身体が勝手に動く。自分のパートナーであるワイバーンを弟の方へ向かわせ、俺は、砂のある地面へと落ちた。その瞬間、大きな破裂音が決闘場に、響き渡る。俺は恐る恐る上を見上げた。すると、顔に何やら水滴が落ちてきた。それをさっと指で拭い、横目でその指を見た。血だ。人間のではない、明らかに野生の臭いがする。そしてあたりを見渡せば、砂の上はドラゴンの肉片らしいものと血で一杯になっていた。俺は身体をガタつかせ、もう一度、上を見上げた。そこに、いつもの弟はいなかった。まだ殺し足りない。そんなような目をしていて、血に飢えた野生のドラゴンのようだ。正直、それはただの化け物だった。
「凄まじすぎる。おっと、えー、今回の試合は、西のアイン第一王子のパートナーの戦闘不可により、勝者!東、アモル第二王子!」
こんな時に、冷静に良くそんな事が叫べたもんだ。死んだんだぞ?仮にもドラゴンだが、一つの命がなくなったんだぞ?くそ。
「アインよ。」
父様が俺を呼んでいる。
「はい、すいませんでした。兄でありながら弟の力に怖気突いてしまいました。」
とりあえず謝る。父様はいつも優しいお方だ。きっと許してくださる。そしていつも以上に、弟を褒めるんだろう。そう思った。けど、違った。
「まったく、なんだあの怖気ようは、王族として恥ずかしくないのか。」
「しかし、父様!アモルのあの力は強すぎる!私はああなるしかなかったのです。」
「しかし?しかしもくそもない!おまえは、王族だ。王族と言うのはな、いくら己より強い者がいまいがそれに向かっていく心を常に持たなくてはならん。そのような怖気突いた心など王族に必要ない!それが嫌だというのならおまえは王族を辞めろ!この街を去れ!おまえはもう私の息子などではないわ!」
厳しい一言だった。反論する事が俺にはできなかった。なぜだろう、その時はその意見を物凄く理解できた。いや、してしまった。そして、いわれるがままにするのがいいのだろうと、決意した。
「わかりました。明日この街を出て行きます。その代わり、ワイバーンを一匹私に下さい。私のパートナーは、先程死にましたから。」
「よかろう。ではアッシュ、明日ワイバーンを一匹奴に渡してくれ。」
「カイン様、本当によろしいので?」
「ああ、あやつがそう言うのだ。好きなようにさせてやれ。」
アッシュ団長は、分かりましたと言って父様と、決闘場を出ようとした。その時、父様が俺に声をかけた。思わずさっきのは嘘だよと言ってくれるのを期待してしまったが、全く違った。
「ああ、アインよ。この街をでるまでおまえは王族なのだ、それなりの振る舞いをするように、以上。」
心が痛かった。ズキズキとズキズキと痛む。すると正気に戻った弟が俺に近づき言う。
「兄さん、ごめんね。とりあえず宮殿へ帰ろう?僕のワイバーンに乗っけるからさ。」
弟は優しく言っているようだが、俺には嫌味にしか聞こえなかった。
「いや、おまえは先に帰ってくれ。俺は歩いて帰るよ。それと、俺はもうお前の兄さんなんかじゃない。分かったら、先に帰れ。」
そういうと、弟は分かった。とだけ言って先に帰って行った。その後、おれはその場でただ泣くことしかできなかった。
宮殿への帰路で俺は、これからのことを考えた。実際、この街以外の町や村には言ったことがない。外の世界を知らなすぎだ。なら旅に出るのもいいだろうか。きっとこれがいいきっかけとなって、俺は変われるんだろう。竜騎士なんて辞めてやるさ。
宮殿へ着くと、ちょうど食事の時間だった。俺以外は皆、席について待っていた。
「遅かったね、兄さん。」
弟は気兼ねなく声をかけてくれたが、俺は無視した。
いつもなら、静かにしろと母に注意されている食事の時間。この日は食器とスプーンやフォークのあたる音が淡々と流れた。カチャカチャと。そしていつもは10分程度にしか思えなかった時の流れも、今日は3時間ぐらいな様な気がした。とてつもなく長い、長い時間。王族として最後のディナーだというのに全く楽しくない、そして何より美味しくなかった。
食事を終えたし、風呂も入った。後は寝るだけだ。俺は自分の部屋の前にきて少し考えた。隣は弟の部屋である。なら弟に最後のおやすみを言うべきだと。だが、食事の時は無視してしまったから、もう弟はおやすみを返してくれないだろう。そう思って、自分の部屋のドアを開けた。すると隣のほうからズタバタと足音が聞こえ、隣のドアが勢いよく開いた。
「兄さん!今日は本当にごめん!僕、兄さんがこの街を出て行くって言うから、考えたんだ。あの、えっと、僕も!僕も行くよ!」
「何言ってるんだお前。お前は!この街に残って、王族として生きていくんだ!きっと次の王は俺じゃなくお前になる。それは前から決まっていたんだ。俺はそう思う。だから、お前はここに残れ、そしてやるべきことをやれ!これは王族の、兄としての最初で最後の命令だ。明日は入団試験だろ、早く寝ろ。」
弟は数秒黙り込んだあと言った。分かったよ、と。俺は今度こそ自分の部屋に入ろうとした。
「兄さん!」
またか。けどもう遅いよ、弟よ。
「おやすみ!明日の試験、見にきてね。じゃあ。」
俺は身体をピタっと止め言った。
「ああ、おやすみ。」
俺は今日、宮殿に帰ってきて初めて笑った。
ベットに仰向けに寝る。目を閉じて王族最後の夜を過ごす。
そして、弟の部屋からは泣きじゃくる弟の声が聴こえてきた。
「丸聞こえなんだよ。バカが。」
俺は一粒の小さな涙を流しながら、囁いた。