1-8 異法士たちの狩り
大森林を前にしてアマザのパーティーは立ち止まっている。
狩りそのものが初体験の俺は一番後ろでどうやって獲物を探すのか?メンバーが勢子のように目的の食肉巨獣を追い立てるのだろうか?などと考えながら突っ立っていた。
それと同時にとんでもなく広いと聞いている大森林だがこの場所は目の前の潅木を抜ければかなりの巨木が立ち並び見通しがいいことにも気付いた。500メイト先までは見えないが起伏が少ないところなので100~200メイト先なら普通に見渡せる。こんなところでたった500メイトほど奥に入る間に3メイトに届くような巨獣がうろついているのだろうか?
そう思ってほかのメンバーに尋ねようとしたところ、ニミヤだけは両手を左右に伸ばして目を瞑っている。しばしあとニミヤの正面から風が吹き、短い髪を揺らした後、目を開いて腕を下ろす。するとアマザがニミヤに尋ねる。
「どうや?」
「クロヅノイノシシかどうかは知らんがいることはいるな。500メイトよりもうちょっと奥だ。 匂いを流してこっちへ寄せるか?」
「大きさはどれくらいか分かる?」
「もうちょい近ければ風が全体を撫でた感じから分かるがさすがに離れすぎてるな この距離だと獣臭はわかるが大きさまではな。」
「欲張ってもしゃあないか。ともかく指輪貸借条件のためにはできるだけ毎日取って帰らんとあかんし、そいつを釣ろか!」
アマザがそう言っても特に異論がないのか、ボウガンの矢を確認し始める程度のメンバー。ホーヅだけは了解と声に出してた。
「じゃ今日から新人さんもおるわけやし、初日は素人さんにええとこ見せよか!」
「で囮はどうすんだ? アマザがやるのか?」
アマザとニミヤが話してる間、装備の確認も終え、特に周りを警戒しているような感じもなくリラックスしている。
「いんやぁ、カイルが弁当に巨獣の肉を入れ取ったからね。これで惹けるんちゃう?」
「量がないと無理じゃねぇか?弁当に入った量なんて微々たるもんだろ?」
「それを鼻先にチラつかせて、引き寄せるんが風異法士の腕の見せ所どころやん?」
「そうだな。じゃ、まずは狩りやすい平たん場か、盛り上がった地形を確保するか。」
そういうと俺以外の全員は各々森へと足を踏み入れる。 一番最後に俺が森に入る。入るときは背負子が邪魔に感じたが森縁を抜けると背の高い木が多いせいで人の背丈の高さには枝が出ていないので意外と背負子は邪魔にならない。
200メイトほど奥へ進んだところで大木の間に10メイト四方ほど平坦な場所があり、アマザたちはそこを狩場と決めたのか 4人はそれぞれ身を隠せる大木の後ろに散らばっており、いつの間にかニミヤだけが木に登り森林の奥を見ていた。
そして俺はアマザから狩りのための道具を持っていないこととポーターとして最初の仕事なので最後方で身を隠せるほどの大木の後ろで待機しておくよう言われており、メンバーの様子を窺っている。
するとアマザから念話が入る。
『ここからはもう念話で会話ややで。場合によっちゃ離れることもあるし、念話の方が通ることと狩りの間ほかの巨獣が寄ってくるのを防ぐ意味もあるで。』
するとニミヤからも念話
『アマザ、やっぱ弁当の肉だけだと俺の風でも持っていくまでに拡散して無理だぜ?イノシシならやっぱ肉水撒いて誘ったほうがいいかもだな~。』
『やっぱ500メイト奥は無理かぁ、肉水臭いから嫌なんやけどなぁ。』
そういうと荷物から何やら丸いゼリーのようなものを取り出し肉の上に置いてナイフで表面を切る。するとゼリーは弾けて周りに血の匂いが一気に広がる。
ああ、俺の昼飯だった肉が血まみれに…
『よし!十分、十分、これで来るだろう』
すると風が吹いて一旦きつい肉の脂のような匂いが掻き消える。
おそらくは風の異法士の力で獲物に直接匂いを嗅がせているんだろうなと考えていると森の奥から直線で何かの塊が突進してくる。
大きさは2メイトちょっとだろうか?
同じ2メイトくらいってことでホーヅが横になった程度なんだろうが長さは同じなんだろうがともかく厚みが人と違いすぎる。
大体このクロヅノイノシシってやつの牙なんだが、牙ってことは歯の一部が突き出たもののはずなので白いはずだが黒くテカってる。いや、それどころこか左右の牙だけでなく頭蓋にも牙よりも短いが黒いツノが生えてやがる。
野生動物って警戒して探るようにして近づいてくると思っていたんだが突然走りこんでくるし、だいだい普通猪って肉なんて食わないよな。やっぱり日本の常識は頭からどけておいた方がいいようだ。 さすが別世界、日本とは違う。
隠れている俺達の前に走りこんで登場したクロヅノさんは立ち止まって食べるのかと思いきや、そのまま突進し肉を置いた石を周りの土ごと掬い上げてしまった。あとは落ちてきた肉を探しなががら口に入れている。
『ふうん、つまり敵を突き上げて殺すって感じのやつなのか。』
『そうやで。とはいってもこいつらは雑食やからなんでも喰うけどな。』
『じゃ大人しいのか?』
『いぃやぁ~、人間突き飛ばして襲うで?』
つまり何か?
猪らしく木の実とかの植物も食べる上に動物も襲って死肉を食うのか?生態としちゃヒグマかよ? いや、まだ熊は熊避けの鈴をつけてりゃ向こうも避けてくれるだけましか。
『さて、ぼちぼちいくで! 2メイト十分超えとるし獲物とちゃ問題無しや。』
『『『了解』』』
するとアマザは一人で大木の陰から姿を出す。
黒光りしたデカブツはアマザを見てるのか匂いで判別してるのかすぐに突然突進していく。
長身とはいえ2メイトのデカブツに比べればやたらに細くみえるアマザだが逃げる素振りはなく、落ち着いて地面に右手をつける。
すると突然壁が土から盛り上がる、突進の勢いのまま突然現れた壁に角が付きささる。
『おっし!抑えた、タミー!』
するとニミヤ以外の3人も姿を見せており、タミーが両手を地面につける。
『やぁあああああ!!!』
念話ではあるが裂帛の気合を入れるタミー。すると猪の後ろ足の日本が関節部まで沈み込みそのまま土が後ろ足を固めている。
『固定化完了。このまま捕まえておくから止めまでお願い!』
『『『『了解』』』』
そういうとアマザの前にで猪の角が貫いていた土の壁が崩れ落ちる。目の前にいるアマザに向かって角を下に入れて突き上げようとしてるが後ろ足が固定されいるため、アマザの前で上下に激しくツノが動くだけだ。
『これで詰みやね。』
そういうとアマザはボウガン(コンパウンドクロスボウというのだろうか?)を背中から取り出し、矢を番える。土に埋まったままの後ろ足で踏ん張って前足で蹴り上げキバを持ち上げたところに一射、そして左右から更に二射、三射と突き刺さる。
アマザの左右から近づいて来たホーヅとアッシャーがアマザと同じく腹部に射ていく。
『もうこっちにきても大丈夫やで?』
隠れていた一番離れた大木の横から見ていた俺はアマザに言われて死を前にしたクロヅノイノシシに近づく。
『これが狩りか』
『そや。人間を餌と見做して寄ってくる巨獣を誘う、あるいは囮にしてつれてくる。3級くらいの巨獣やったらまず一人前の土の異法士やったら足を止められる。そこまでいくと後はボウガンで削っていくのがパターンやね。』
『狩りの説明は後で。とにかく仕留めるまでどんどん射なさいな! 割と大物だから結構固定したままって源力消耗するんだから。』
そういってきたタミーは結構辛そうだ。両手はさっきから地面につけたままでまさしく柳眉を逆立てている。怒りっぽいというよりは異法の使用で疲れている感じに見受けられる。
その後三人で腹部を射抜いていき合計15発と腹から針が生えているようになって漸く息絶えた。日本でもボウガンでのスポーツハンティングがあるそうだがこんなに死なないものなのだろうか?とんでもなくタフだ。
『まあ 昔はとにかく「仕留める必要」があったから背中でもどこでもとにかく打ち込みまくってたそうやけどな。今は毛皮とかの素材を広く取るためには背中には射とうはないし、大森林に不用意に長く居るのもええことないから早めに仕留めるためにも内臓に射るわけよ。』
アッシャーが頭を突いて反応を見ている。
『さぁて、今日はあっさりいい具合のが獲れたし、これ以上の深追いは禁物やね。あとは虫落として、血抜きして、足切りおとして胴体はアンタが背負って帰るってわけや。まぁ出来ればこのまま背負ってもろた方が楽やし、足切り落とさん分 買い取りもええとは思うねんけどな?』
なるほど足をきらない分、皮が広く取れるってことか
『じゃやってみればいいさ。』
『お?ええんか? じゃとりあえずホーヅでいいか、洗い流して血抜きして?』
ホーヅが両手を広げ手の平に水球が現れ、どんどん大きくなっていく。ホーヅの上半身ほどの大きさになったところで水球の表面に漣が立ち回転してることがわかる。それを横たわるイノシシの表面に降ろし、水球はイノシシ全体表面を覆って水がその毛皮の上を走る。ホーヅは少し首をひねっていたが作業を続けている。
その間にアッシャーが首に鉈をあて、動脈を切ったようだ。矢を抜いた腹と動脈から吊るされていないにもかかわらず体外へ血が流れて水に合わさっていく。
これはさっきアッシャーが触れて何かやったのか?
その後 イノシシを洗浄した水は地面に吸収され、ダニなのどの寄生虫や山ビルなどを除去してすっかり毛皮がきれいになったものをアッシャー、ホーヅ、俺の三人で背負子に括り付ける。
大物だが重複化を使えば足元の不安定さはともかくこのままでいける。ただ横に2mはあるから森を出るところにある森と都市外縁との境のところはアッシャーたちに枝を切ってもらわないと出るのに苦労しそうだ。
『よし!実働2時間ほどで今日の仕事は終わり!買取課で等分金額チャージされたら各自自由行動でええけど夜はカイルの歓迎で飲むからいつもんとこで集まりや!』
『『『おおーう!』』』『わかったわ』
たった2時間。ここから買取課までいっても今日の仕事は昼前で終わりなのか。狩りとはいえ3級の食肉巨獣はパターン化されているから楽なのか?
『お?仕事楽そう?って顔し取るなぁ。ところがそうでもないんやで。その辺はまた夜の飲み会ででもしたるわ! じゃ帰ろか?』
イノシシを狩ったところから100メイトほど出口に進んだところだった。
『いかん! 全員木に登れ! アマザ、タミー、土で全員を持ち上げて木の上に移動させろ!』
そう念話で叫ぶとニミヤは手近の大木の枝へジャンプしてあっという間に登っている。
その叫び声が届いたのと細い木をなぎ倒してこっちへくる黒い影が見えたのは同時だった。
タミーとアマザはニミヤの指示で両手を地面に付き、足元から盛り上がる土は俺達を大木の太い枝まで持ち上げてから元に戻る。 俺は背負子を背負ったままだ。重複化によって指の力も常人の数倍になってるため背中の重さも木にせず太い枝に捕まっているが 2メイト超えのイノシシを背負ったまま大木の枝に立ってるってシュールな絵にもほどがある。
現れたのはツノだけでなく、体毛も黒くなった4メイトはありそうなクロヅノイノシシ。 上にいる俺たちに気付いて関取の鉄砲稽古のようになんども大木に頭突きをしてくる。
『なんやねんこれ?』
『さっきのやつの親か?』
『さっきのイノシシはツノも十分発達してたし大きさからいっても成体かと思ったけど。そもそもクロヅノイノシシじゃなかったようだな。見ろよ。下のやつ。角と牙だけでなく体毛の先にも黒く硬質化してる』
『さっきのは、角の形が、まだ完全に、伸びてない子供。これは、ハガネイノシシみたいだ。』
『血の匂いともかく、叫び声は消さされへんから親が助けにきたんか!』
『アマザ、アレの足止められる?』
とタミー。
『今のウチじゃ全力でもイケるかわからん。』
『とりあえずしゃあない。カイル?折角やけどやけど獲物を下に降ろしぃ。これ以上あのクラスに頭突きかまされ続けたらこの木もどうなるかわからん。落ちたらウチらが逆にあいつの餌やな。』
『わかった。引き際が肝心だな。だが重いからかなりガッチリ背負子が食い込んでてな。だれか切ってくれねえか?』
『この振動でナイフ出してたらこっちが落っちまうって・』
そういうニミヤに代わり、なら俺がやるかとアッシャーがホーヅと同じく掌に水蒸気を集め、水の玉を作り出す。
手のひら大ほどだが回転する球体から回転する薄い円輪に姿を変え、更に鞭のようにしなって俺の両肩、胴と背負子を結んでいたロープを切る。下に落ちた我が子を舐めていた巨獣だったが動かぬ我が子の状態を悟ったのか猛然と大木に頭突きをかましてきた。それどころかその巨体から生えた牙を大木の根元に突き刺し、あろうことか根ごとひっこ抜きやがった。
後ろに倒れる木の枝から飛び降り、さっさとアッシャーとアマザ、タミーとホーヅは二人ずつ走って固まり、慣れない俺はどうするべきだったのか考えたせいで動作が遅れた。
アッシャーとホーヅがそれぞれに駆け寄る間にもアマザとタミーは両手を地に付け異法を行使。するとアマザとアッシャー、タミーとホーヅの各々は再び土の足場を盛り上げて別々の大木の上へ。しかし土は元に戻ることはなく、そのまま木の根元を取り巻いて突き倒されないように硬化しているようだ。
そこまで確認したところで俺の足元から土が盛り上がり、周りを円形に囲む20cmほどの厚さの土壁、早い話が20センチほどの厚さの土管に囲まれていた。
『すまん、カイル! 咄嗟に出来たんはそこまでや。とはいうても硬化はかけてあるで。』
するとニミヤの念話が聞こえてきた。
『森に出る以上は「自己責任」だぜ?』
その声には特に憐れみも同情も含まれていないように思えた。
自己責任。ああ。確かにな。
刺激が欲しいとは思ったけど、簡単に終わると思った初日の狩りがまさかここまで変わるものとはね。
『そやけどまずいな。さっきの子供イノシシの突進を止めた硬化土壁よりも厚い土管やけど そもそも子供のイノシシでも角は貫通しとる。正面からあれに突進されたらヤバイ!! カイル!待っとれ!』
『タミーいけるか?』
『ここまでの異法の使用でもうあたしじゃ土に直接触れないと動かすくらいしかできないわ。』
『それだけでええ!! 土巻き上げてあいつの目つぶしせぇ! ウチはこっからカイルの土管の前にもう一枚壁を作る!』
アマザが念話で叫ぶと土管の前に2メイト四方、厚さ20cm程度の土の壁が下から盛り上がる。
『もう残りの源力でしかもこっからの操作と硬化じゃあれが限界か。もってくれたらええけど・・・』
いや頼むからそういう不安な心情は心の中だけで思って念話には乗せないでくれ。外が見えず興奮したハガネイノシシの呼吸音を聞きながら俺は冷静にそう思ってた。
タミーの土の目潰しは利いてはいるが、見えなくなったことで余計にそこかしこに牙を突き上げ、角を突き刺すハガネイノシシ。アマザの壁も4メイトを超える巨獣というに相応しい体躯の突進には歯が立たず、2度ほどの突進で崩れていく。
「アカン!」
その様子を見て降りようとするアマザに念話でなく声を出すニミヤ。
「やめろアマザ!ここは大森林だ。大森林に出るポーターの仕事に募集してきたのはカイルだ!」
返すアマザも肉声だ。
「そやけど、またホーヅみたいことになるんが嫌やからウチは独り立ちしてん!」
「もう遅い!」
そう言ったと同時にカイルが入った土管は形成された根元の土ごと牙に突き刺されて上に跳ね上げられる。
アマザの異法による土が緩衝になったせいか幸いにも牙が刺さることはなく、地面に落ちた俺の傍らには先に躯になったヤツの子供の首がこっちを向いていた。
(さっきは死ぬことがある大森林での仕事の狩りは思ったより簡単だって思ったけどやっぱ怖ぇえわ…この世界。 でも俺にはまだ切れる札が残ってる。養父に仕込まれたのが無駄に終わるってのも癪だし。)
来るであろうハガネイノシシの次の突きを避けるために転がりながら移動、背負子に括り付けていた1メイトほどの金属の棒を引き抜く。転がる体を起こして前を向いた俺は既に地面に突き刺した二本の牙により、俺は土ごと上に突き上げられていた。
「もうアカン!」
目をそらしたアマザ。ほかのメンバーも落ちくるカイルに対する追撃でどてっぱらに角で穴が開けられるか、更に突き上げられて空に舞うカイルの体を想像して目を背ける。
しかし俺は大木の枝の端に捕まっていた。
『それおもしろいなあ、カイル。』
そう言ったのはニミヤ。いつの間にかアマザと同じ木に移動している。風で飛んだのか?いや風の異法士に飛ぶ?なんてことができるかどうかは知らないが。
俺は角に突き上げられて上に飛ばされたんじゃない。手にした金属の棒を地面に突き刺し、そのまま握った棒が上に伸長、俺はそれに捕まっていただけでタイミングが重なっただけだ。上昇後にそのまま傍にあった大木の枝に捕まっている。
『それなんていうんだ?』
続けるニミヤに対し他はポカンとしている。
『さぁ?俺は如意棍って呼んでるけどね。養父から譲れられたもんさ。ところでさ、どうする? あの何とかイノシシって黒いのまだまだやる気満々だぜ?』
結局状況は変わらないことをニミヤに返す。
『アマザ、タミー、源力は?』
『ちょっとやばいわぁ。ここまで大森林内で連用したことなかなかないくらいやわ。』
『あたしはアマザより総量が少ないからもうやばいわね。』
すでに土の異法士二人は限界が近いようだ。
『ホーヅとアッシャーは?』
『大丈夫。』
『俺もな。だが正直あのハガネイノシシの毛は俺らの水流剣じゃまず通らないぜ?』
『じゃどうする? ヤツの怒りが収まってこのまま去るまで待つか?』
とりあえずヤツさえいなくなれば都市外縁の500メイトの緩衝区間まであと100メイトほどだ。しかしホーヅがいう。
『この辺り、夜になると、吸血蟲が出るらしい。』
『うわ、タイムリミット夜までかよ?』
『でもそれまでにまたあいつがこの木を倒しにきたら正直不味いわよ?源力が少ないし。』
まだ昼過ぎくらいか?確かにこのままほとぼりが冷めるを待つのが一番現実的だがさっきみたいに木を倒されたらもうアマザとタミーに源力の残りはない。切れる内にカードは切るしかねえな。
やるしかねえ!
『聞いてくれ、俺に考えがある。』
そういって現状打開の方策を説明する。
-*-
『本当に出来るのか?』
説明を聞いた後にそう言ったのがニミヤ。
『別に他のメンバーが木から降りる必要はないぜ?つまりリスクは俺だけだ。作戦提案の自己責任、だろ?』
『わかった。』
『他はどうする?』
アマザとタミーは既に精神を集中、アッシャーとホーヅは大気から水を集めていた。
『このまま待つんも手やけど都市から出たら半日間おっても回復する源力は
しれとる。それで木を倒されたら終わりや。カイルの案に乗るんも自己責任ってことでええわ。他もそれでええんやな?』
すでに異法を行使してる最中のせいか念話でなく頷く一同。
『じゃあ、ゴー!』
俺の掛け声と同時に水の異法士二人が水は馬鹿デカイやつの顔面を覆う。顔面を水に覆われ息が出来なくなったことと視界が遮られたことに対して一時パニックになるが。首を左右上下に振ることで顔を覆う水球はたやすく飛散する。アッシャーとホーヅそれを繰り返し行って気を逸らしているうちに俺は捕まっていた枝から手を離し、下に飛び降りる。
俺は両手で握る如意棍に形を思い浮かべながら源力を流し、そして声に出して叫ぶ。
「アマザ、タミー、それぞれが一本だけでいい! 右の前足、右の後ろ足を固定してくれ!!」
木の上からの異法の行使のせいでまだアマザとタミーの異法は作動してない。顔に付きまとう水を払うのに夢中になっていてこちらに気付いてはいても突進はしてこなかったヤツの頭の正面に俺は如意棍を思いっきり突き出す。
同時に如意棍はただの棒から形を変える。
俺は異法士じゃない。
だから土の異法士のように如意棍の金属を支配して変形させることはできない。如意棍は重さはそのままに名前の通りに持つもののイメージを源力を通じて読み取り、体積を無視して形を変える武器なのだ。滑り止めに巻いていた両端のテーピングは千切れ飛び、1メイト程度の金属棒だった如意棍は今は三つに枝分かれした刺又に変わっていた。
三又となった先をハガネイノシシの口の両端の牙、頭部の角に引っかかるように押し付ける。ちなみにこっちの手元は普通の刺又のように二又だ。このまま後ろに逃げられると面倒だが逆にこっちにぐいぐい押してくる上に牙で突き上げようと首を振ってくる。
(さぁ、力比べだぜ! アマザ、タミー、抑えててくれよ!)
手元に分かれた二股を片方ずつ握り、重複化!!
俺が養父との訓練で使ったことがある中で最大の8倍の重複化を行う。8倍になった体重と脚力はヤツからの力押しに耐え、8倍になった腕力で刺又でやつの顔面を押さえ込み、後ろに下がらせる。
漸くアマザとタミーによる足の固定がなされたようで後退が止まる。
「さっきのアマザじゃないけどこれで詰みだ。」
俺は両手で手元の刺又を握ったまま体を捻って一回転、8人分の体重が掛かった力押しに如意棍は折れることはなく、三又の刺又に引っかかったハガネイノシシの黒い牙や角は折れることもなく、そして数瞬とはいえ急激にハガネイノシシにかかった回転力をタミーとアマザは土で足を固定して逃がさない。
ヤツの首は回った。
-*-
獲物が獲物だけに残していくのは勿体無い。それは全員の意見だった。
しかし解体して持ち帰るにはこいつのお仲間がいないとも限らないので源力がみな乏しいこともあり時間が惜しい。よって俺は子供のハガネイノシシを背負い、更に6人全員でこいつをロープで引っ張ってかえることとなった。
最初ニミヤは生きてるだけでも幸運なのだからその運を拾うべきと、コイツを捨ててすぐに都市に戻るべきと言ったがやはり大森林の出口近くまできて襲われたこともあり、俺以外の4人があと100メイトほどをひっぱることで持って帰る意思を強く示したためこうなった。ニミヤも惜しいとは思っているようでそれ以上は反対せず全員でロープを掛けて引っ張っている。
ところが森を出るまでは落ち葉や草の上をすべったりでよかったのだが、出てからはとりあえずの安堵からから力が抜け、一気にペースが落ち、更に都市周囲の500メイトの範囲は石なども多く、引きずるには抵抗があったため、10番出口に付くころにはすでに夕方前となっていた。この世界の人間の筋肉が日本の人間のものより優れてるといってもあまりにコイツは重すぎる。
全員疲労困憊で到着した詰所では3級とはいえ、この大きさの買取にかなりの注目を浴びた。そもそも2級や1級は中央買取場を除けば一箇所の買取所では毎日見るようなものでもないらしいので4.5メイトを超えるくらいのこの獲物は注目の的だ。
しかもこのハガネイノシシはクロツノイノシシの変種などではなく、そもそも別種で住み分けでもっと奥に生息しているものらしく、アマザたちのようなパーティーがいける範囲で遭遇することは稀なことなのだそうだ。
まだ体毛が硬質化していない子供も合わせて買取金額は23万ピプとなった。6人で分けるには半端だとアマザがごねて色をつけてもらい24万となり、一人ずつ4万のチャージとなった。
(いかん・・もう限界だ。)
そう思ってホクホク顔のメンバーを後に別れの挨拶もせずに一人先に帰途につき、すぐに赤髪亭に入る。厨房ではマリアさんとすでに学校を終わったアンジェが夜の仕込みをしていた。徐に近づき後ろに立って言う。
「すまん!アンジェ、すぐに飯を作ってくれ!」
「何?・・・(クンクン) わかったわよ・・・。だからその獣くさい体で近づかないで!!」
背中に背負った子供のハガネイノシシの匂いがついていたようで汗も伴ってひどい体臭だったようだ。パーティーメンバーから念話が着ていたが俺はともかく猛烈な飢餓感で返答することはなく、ひたすら卵定食を8人前食べていた……いや単に肉でもいいけど噛み砕いて腹に落とす手間が面倒だったからね。
普段健啖家ってほどでもなく、普通の食事量の俺からすると異常な行動だったようでマリアさんまで目を丸くしていた。
強烈な空腹と飢餓感は重複化の副作用だ。
重複化で高密度になった体を維持するために使われるカロリー、それを補うために訪れる飢餓状態である。そのままだと脂肪どころか筋肉までも殺ぎ落ちるのですぐにカロリーを摂取しないと行き過ぎダイエットが強行執行されてしまう。
8倍の重複化は一瞬だったがその後の3倍にして子供のハガネイノシシを背負ったまま引きずって帰ってくるのに時間を掛けすぎた。まあこの程度でヤツから生きて帰られたんだから儲けものなのだろうが。
筋肉の疲労は重複化とは関係ないのだが運動をして腹が一杯になると胃底への刺激により胃酸が分泌、胃酸による化学的消化と、蠕動運動による物理的消化が行われて胃血流が多くなり、満腹になったせいで副交感神経優位になるよね。そうすると安静状態になって眠くなるよね。
日本の学校の生物の授業で黒板に書かれた知識が頭に浮かんできてそのまま赤髪亭のテーブルに突っ伏して意識が途絶えた。