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あっちとこっち  作者: rurihari
1 狩人
5/142

1-5 とりあえずやっていく

 昨日色々と情報を収集できて(恥ずかしくもいきなり童貞かどうか聞かれたりもしたが)、頭の中で整理するつもりで早めの夕食を摂り、ベッドに身を投げ出した。

 ところが横になりながら中身(心)が「おばさん」を内包しているとはいえ女性から手頃な「経験相手」とからかわれた?ことに思春期らしく悶々としてしまい、情報の整理をしてどうするかを考えないまま眠ってしまい(実際には両方の世界は意識で繋がってるだけなので考えたところでどうにもならないと思ってるのだが)、明日から学校だっていうのに目覚めるとやはりここだった。


 赤髪亭の2階の自室

 

 意識を指に集めカードを源力として体に溶け込んだカードを実体化させて時間を確認する。文字は違うが秒数がないデジタル時計みたいな表示がされている。

 ピプといい、この市民カードは異法と同じく本当に謎技術だな。

こっちの人口の激減する前はかなりの技術を持っていたようだがそれが一般市民の生活が乗り物がないところまで落ちるってことはかなりひどい戦争か災害でも起きたんだろうか。この世界の他の技術からすると完全なオーバーテクノロジーだ。

 あっちでの「僕」は年輪都市との文明技術の差異で興奮を感じて疲れていたけど、自覚がないだけで「俺」も昨日(体感では一昨日だが)は疲れていたから早く寝ちまったのか。これから一日おきに文化風習が違う外国の暮らしを経験するようなもんか。


 ちょっと早いが身を起こす。昨日は混乱したが向こうにあるネットのおかげで同じような奴がいることや「僕」の経験や記憶も「俺」のもんと考えりゃいいってことがわかった。

他人が混じったんじゃないならそんなに困ることじゃないだろう。

それにあっちの僕も本当に自分なのか、あるいはkがそういってるだけで実は他人なのかも今の俺には良く分からんし確かめる術もなし、別に実生活で困るわけじゃなさそうだ。向こうの便利な道具をこっちに持ってこれたらいいんだが全くの別世界ってことみたいだしな。こっちはこっちで普通にやるだけか、顔を洗ってすっきりしよう。

 そう思って立ちあがり、ドアを開けようとノブに手をかけたところでノックされた。

 

「昨夜は申し訳ありませんでした。静かにとアンから伝言を貰ってましたが、手伝いが終わって3人で集まってたらついつい声を大きくして騒いでいたようでごめんなさい。」

 

 ドアを開けたらいきなりそういって頭を下げてる白髪の娘がいた。同じ赤髪亭2階に下宿しているコーリンだ。アンってのはアンジェのこと。

 

「ああっと? 確かに早めに寝たかったんでアンジェに静かにしてくれと伝言を頼んだけど結局無理だったのか?

でもこっちは結構疲れてたみたいでそっちからの声も聞こえなくて今の今まで熟睡してたから構わんよ。」

 

 アンジェたちはこっちの事情をいえば気を遣ってはくれるが、箸が転んでも可笑しい年頃だから小声で話してもいても笑ったり、ついつい盛り上がって声のトーンが上がってしまうこともあるだろう。

コーリンが声を出して笑いながら盛り上がって会話してるところはあんまり想像できないけれど。


 そういやこっちには箸はないな。自然にあっちの諺が出てきたけど口に出さないように気を付けないとな。ネットでkさんも言ってたし。


「そうですか。昨日のお仕事ではかなり疲れていたご様子ですね。起してしまうことにならなくて良かったです。」

 

 赤髪亭って名前だけど1階が食堂になってる以外は普通よりちょっと部屋が多めってだけの家みたいなもんだ。防音設備とかがあるわけでもないから大きな声だと隣の部屋に聞こえてしまうことがある。年が近い女の子が3人も集まれば姦しい夜もある。

 アンジェとは違って敬語で話すこの子はコーリン。

 俺と同じく赤髪亭の2階に下宿している3人の1人だ。獣人族だが純血か混血なのかは知らない。この都市の住人で犬歯の発達がそれほどでもないのでまず混血だろう。混血が推奨されてるこの町じゃ新しく外から移ってくる獣人族以外に純血は少ないはずだ。

 一般的に獣人族の寿命は人のそれよりも10歳ほど短いので同じ年だと成長が早い。だがそれは純血の獣人族の場合。この年輪都市では外から移民でやってきた純血の獣人族やその家族以外はほぼいない。アンジェよりも1歳年下なのだが遥かにスタイルがいいし身長も高い。なので純血の獣人族であってもおかしくはないかと思っている。

 丁寧な口調だけを聞くと大人しく楚々とした美人か日本あっちの恋愛シュミレーションゲームでいう委員長タイプってやつを想像するが実物は出るところは出て引っ込むところは引っ込み獣人族らしい、長くしなやかな手足をもっている。 

太陽が沈むとそれなりに涼しいこの町だが今日は朝から晴れて気温が上がってきている。薄着なのだが首の横から後ろ、肩、肩甲骨あたりへと続く白い体毛が見えてるが暑くないんだろうか?

 

「昨日の夜は食堂手伝ってたみたいだし その後みんなで盛り上がってたのか?」

 

「アンが考えた新しいメニューについて討論をしてました。」

 

 以前に店を手伝った時に賄いとしてアンジェが出してきた赤いやつか。

試食として食べさせられたが自分の赤に対するこだわりを食べ物の色にまで求めた結果、赤い野菜とオレンジの野菜のみで構成された野菜炒めになってたな。野菜のバラエティが少ないせいで味と食感が単調な上、野菜から出た水分が多いせいか塩っ気が足りないってのが感想だったが、日本あっちの記憶がある今となっちゃあれをちまちまフォークで食べるのは面倒なんで箸で食いたかったなあ。こっちじゃ白米が主食として存在してないし。

 野菜炒めには白いご飯だろうと日本あっちの僕が主張してるな。


「味の評論でなくて討論なのか?」


「アンジェは色に、ヴェガは味に、私は素材に拘りがあるのでついつい言い争いになってしまいました。」


「アンジェは赤いもの好きだからな。とはいっても食べ物を赤くしたから旨いとは限らないだろうに。 

ヴェガはあいかわらず辛いもの、コーリンは料理には肉を使えって事か?」


「はい。三級巨竜のバチカーの肉は独特の滋味があり、脂は少ないですが美味しいです。つい互いの意見を主張しあって声が大きくなってしまいマリアさんから注意されてしまいました。なのでこうして朝からお伺いに来た次第です。」

 

 三級巨竜の「~級」ってのは巨竜に限らず年輪都市の天敵であり食材でもある巨獣たちのランクで上から特級、一、二と続いて4番目のランクを意味する。特級なんてものは「狩る」ものじゃないから普通は3番目って認識だな。それでも人より大きいが一体に対してちゃんとした役割分担をして複数人で挑めば普通の獣と同じように狩れるもんだ。とはいっても異法士でもない一般人が武器を持って1人で戦うとなると死を覚悟することになる。そんなものが大森林に入ると闊歩している。


「そうか。さっきも言ったけど昨日早めに寝て起きたのがついさっきだから気にしてない。本当に煩かったら起きてそっちに文句を言いに行ってただろうしな」


「そうですね。以後気をつけます、では。」


 そういってコーリンは自室に戻っていった。

学校に向かうのにも早いからご飯もまだなんだろう。彼女は物腰は丁寧なんだどうも避けられてるのか距離を置かれている気がするな。 

 

 2階の下宿として使ってる部屋は階段に一番近い俺の部屋で隣が空き部屋、コーリンの部屋、ヴェガの部屋と4つ並んでいる。あと1部屋余ってるのだが今のところ募集をしてるのかは知らないのでとりあえずはこの赤髪亭は1階にアンジェとその母マリアさん、2階に下宿で部屋を借りている3人が住んでいる。土地を有効に使用していない場合は市から指導が入ることがあるが4部屋のうち3部屋が埋まってるなら大丈夫だろう。

 なぜ指導が入るかというとこれも都市が今ほど拡張する前、人口が増えたが都市を広げるのは間に合わず土地を有効に使用するということが優先され、ビプがあるからといって使わないのに土地を所有したり、人数に合わないような豪邸に住んでいる場合は有効に使うように指導がくる。

つまり土地持ってるんなら耕すか人が住めるように整備しろ、金持って家が広いならその分家族を増やせ(人口を増やせ)ってこと。無視すると接収なんてこともありえる。アンジェの家は先代からの家だが家族が二人しかいないので余った部屋を貸し出してるわけだ。

 

 共同の洗面所(日本あっちの学校の校舎内にある手洗い場みたいなもんだが)で顔を洗って歯を磨いて身支度を整える。そういや今の現場は今日が終わりだっけ、外壁作業現場から帰る途中に役所に寄って次の仕事を見繕っておかないと。それと久しぶりにオウノ爺さんのとこに行って一応体に異常がないか調べてもらうか。

 1階に降りて大家のマリアさんに朝ご飯と今日の弁当を頼んでしばし後、朝食が乗ったトレイを受け取る。


「しばらく休んでなかったの? 若いのに普通に仕事してて昨日みたいに早く休むって珍しいわね。それとも体調を崩してるの?」


「いぃえぇ 単に身の振り方にちょっと悩んでいたんで気疲れがあったみたいで。 まあこの時期に直射日光にガンガン当たるところで1日屋外作業してるから体の疲れもあったんでしょうけどね。」


「早く休むって言ってたから店を上がる前にアンジェたちに騒がないように釘を刺しておいたんだけど、やっぱり騒いでたみたいだけどごめんね。」


「大丈夫でしたよ。あと少ししたら出ますんで今日も弁当頼みます。」


「今日もしっかり稼いできなさいな。」


 大家のマリアさんはアンジェの母親で確か16でアンジェを産んだって言ってたのを聞いたことがあるから今年で31才のはずだ。

食堂のおかみさんっていうとなんとなく恰幅が良くて声が大きなおばさんってイメージがあったのだが声は大きいが細身で身長も高くはない。

旦那さんを失くした頃はまだ20代だったことと器量良しってこともあり、都市からの再婚の勧めもあって求婚者もあったようだ。しかし旦那さんに操を立てているのか今も再婚はしないままとなっている。 

 なんで一々都市が再婚を勧めてくるのかというとお決まりの人口増加策の一環で子供を産むのに問題がない年齢で未亡人になった場合はそういったことも勧めてくる。日本あっちでやったら人の人生に口出しするなと叩かれそうだがこっちでは再婚する人も多い。

お気楽な1人身の俺には今のところわからないが子供を抱えて女1人で生活するには厳しい世界なんだろう。

なんせ年金制度なんてものがないから働けなくなったら子供からの援助があるなしで大きく違ってくる。それに子供の数が多いほど子供にとっても負担が少なくなるからな。ちなみにこっちじゃ30代で高齢出産になるので三十路を越えるとお上から再婚のお勧めはなくなる。


 今日はいつものパンと具だくさんのコンソメスープといった感じのものだ。この年輪都市に明確な四季はないが雨季にあたる時期の明け方などは日照時間が減るせいか少し肌寒さを感じるくらいには温度が下がる。

そういった季節に熱々スープはありがたいのだがこの時期のうだる暑さには朝から熱々スープはきついな。

そういやこっちには氷なんて無い。

日本あっちの冷蔵庫がこっちにもありゃな。 そう思いながら少し塩味が濃いスープを平らげて2階へ上がる。


 この部屋には着替えのほかはそれほど私物がない。あるにはあるが日本あっちに比べると最低限のものしかない。

定職についていない半人前の期間の一人暮らしなんてどこもこんなもんだがベッドの頭側に直径3cm、長さ1mほどの金属の棒が立てかけられており、両端は握るためか滑り止めが巻かれている。

父だと思っていた男に鍛えられた時に使っていたものだが母が死んでその男が去り、一人でそれまで住んでいた衛星都市からこの年輪都市に移って学校に入ってから今までこれは握っていない。

 カイルにとって今のところ身に着けている技術らしいものは唯一それを使うことくらいだが、町の外に出る狩人ならともかく、町の中で安全な仕事を選んで暮らすことを選択した自分には必要ないものだと思っていた。

 他には半透明の球状の結晶のようなものがベッドに転がってるが無造作に転がってることから他人からみて宝石などの価値があるものではない。


 昨晩が暑かったのか、日本あっちの夢を見ているときに興奮していたのか大量の寝汗をかいていたようなので服を着替えて袋に詰めてランドリーにもって行くことにする。今日はアンジェが起きるのが遅かったのか弁当はマリアさん製だ。服をランドリーにもって行くためにいつもと違う道を通っていると後ろから声を掛けてきた。


「あんた仕事は外壁じゃないの?」


いつもより膨らんだ袋を見せて応える。


「ランドリーに持って行くんだよ。」 


「家で洗えばいいのに。」


 別に俺の下着を干してるのを見られて恥ずかしいわけでもないが男1女4の生活圏はどうにも身がつまされるんだよ。 そっちの下着は普通に干してあるしな! こっちの世界は早婚を奨励してることもあるのか男女の距離が近いというかユルいというか。個人の家を下宿に貸し出して若い男女が借りてることからお察しだ。さすがに鍵はあとから付けてから貸し出されてる。


「現場が外なんで土ホコリも多いからな。」


 嘘です。いいわけですハイ。

手洗いが面倒くさいのと女物4人分に混じって自分で干すのがなんか嫌なんだよ。

なんか知らんが心の口調が軽いのは向こうの俺のせいなんだろうか。そういや日本あっちじゃ女の子に囲まれているだけでも嬉しいとか思ってたな。

 

「まだ定職に就く前の自由研修期間なのだから給金が出るとはいえ無駄遣いをするのは感心しませんね」


 コクコク


 そう言ってきたのはアンジェと一緒に登校しているコーリン、そして声を出さず頷いているのがヴェガ。アンジェより背が高いコーリンの隣にいるせいで普通よりも背が低いのに更に背が小さく見える。ヴェガは口数が少ないから振り向いて確認しなかったらいるのかどうか分からなかった。

 

 アンジェは一年遅れで学校に通っているためこの都市の学校教育期間の最終学年だが今年15歳、コーリンとヴェガは普通に14歳だ。大家の娘と店子の関係以外にも同じ学校に通う同学年ってことで仲もいい。身長と体の成長は大中小とばらばらなせいで一目見て同学年とは思えない。

 

「金を使うことでそれを得て生活をしてる人もいるからな。貯め込まずに流すことが町の経済にもいいんだよ。」


「経済なんて難しい言葉を使われますね。意外とインテリなんですか?」


「こいつがインテリなんてわけないでしょ 難しい言葉を使いたいだけよ。」


 コクコク


 いや、だからなんか喋ってくれよヴェガさんよ。 

 そういやこっちじゃカードシステムの管理も含めて難しいことはお役所に任せっきりなところがあるから経済なんて言葉は普通の会話じゃあまり出てこないんだっけ。


 「はいはい。これでも2年遅れとはいえ学校は卒業してるんでね。それくらいの知識は持ってるよ。それより昨日の討論とやらはどうなったんだ?」


 しばし4人で歩きながら昨日結論が出なかったのか新しい試食メニューについて言葉を交わしていたがランドリーが近づいてきたのでまたいつものアンジェの張り手を背中に食らってから3人とは別れる。

 ランドリーについて受付でカードと一緒に洗濯物を渡すと店員さんが汚れ具合をみて声を掛けてきた。

 

「そんなにひどい汚れじゃないけどいいの?」


「ああ 構わないよ。ちょっと寝汗がひどくて不快だったしさっぱり綺麗に洗ってもらいたいんで。」


「じゃ今日の夕方にはできてるわ。」


 そういってカードを返してくる。

 一応カードは持ち主がそう願わない限りは所持ピプや時刻は表示されないが住所と名前は常時表示されている。俺は異法士じゃないのでこれといって特徴がない一般タイプのカードだが異法を使えるものはその系統でカードの見た目が異なる。

 このランドリーってのは日本あっちでいうクリーニング店やコインランドリーみたいなもんだ。ただそれをやってるのは電力を使う機械じゃなく、水の異法士の力。力の弱いあるいは見習い中の異法士は川や運河の水を使い、水だけに浄水化したあとで客の服を空中で水流を操って洗濯。そのあとの乾燥も服から水を抜くので早い。

 力のある異法士なら空中から水を集めて行ってるのだが 一気に空気中の水分を集めて大丈夫なのかと思うのだが使ったらまた浄水化して水蒸気に戻すので問題ないらしい。あと風の異法士が加わればクーラーの除湿運転ができるな。 さて受け取りは帰りとして現場に行くか。


 今日もいつもの南大門の城外でロットに集められた俺たちは現場に向かって作業をこなす。やはり今日で作業は終わるようでいつもよりも少し遅いが今日中に作業は終わった。最後に補修作業をした壁表面全体に砂と土を混ぜたものを塗り、土の異法士が硬化させて作業は終了。土塀で使うような漆喰があればいいのにとは思うが土の異法士が硬化という能力が使えるせいでそういった建材を探すのに懸命ではないのだろう。だがこの年輪都市の当初は異法が使えなかったわけだし、異法の代替えの方法として探っておくべきだと思うんだがお偉いさんはどう考えていることやら。

 

 「はーい。これで作業は終了です。20日間ご苦労様でした。これで城壁作業修復は予定通りの日数で終了しましたので新たな仕事の募集を探す方は役所の募集分館に行ってくださいね~。」

 

 ロットが声を掛けてこの仕事は終わり、順番にロットのカードに自分のカードを当てて最後のピプをチャージして互いに一言二言の労いの言葉を掛けあって去っていく。俺は最後まで残ってロットに次の現場として割のいい現場を聞こうと思っていたのだがランドリーに寄って洗濯物を受け取るのとオウノ爺さんのとこによるために早めにロットのところに並ぶ。


「カイル次の仕事も力仕事を選ぶのか?なら次の補修個所がでてるからまた会うことになるかもしれんが?」


「いや、ちょっと思うところがあってな。とりあえず募集分館の依頼を見てくるわ。とはいってもまた次の現場で会うことになるかもしれないけどな。」


「そんときはまたよろしく。ただ20日連続で来てたんだから休んでから次の仕事を探すのもいいかもな。」

  

 そう声を掛けられて出勤前に寄ったランドリーに寄り、店員さんに代金をチャージしてから洗濯物を受け取る。いつもより遅いので既に日本あっちでいう午後六時を回ってるが知りあいの医術士を訪ねる。

 場所は都市北西の二時の方角の外縁近くの住宅街にある医術院。赤髪亭とはかなりの距離があるのだが便利な歪門があるので一旦都市中央まで出ればそれほど時間も掛からない。

 医術院とは日本あっちでいう医院とか整体とかを生業にしている医術士が行っているもので、異法のような特定のものを操る力はないが源力を体に通してその滞りから身体の異常を見つけたり治癒を促進したりするための施設だ。ちなみに源力をあやつる能力者はそのまま源力操作者とか術士とかと呼ばれている。医療に使うものを医術士、道具に使うものを工術士、人に対する強化を行うものを施術士という。それぞれ名称はことなるが源力を操作するということは同じである。 もう黄昏時で開院時間は過ぎてるようだがこっちに来る前にカードを使ってここのオウノ爺さんに念話を入れておいたからまだいるはずだ。


「こんちは~ オウノ爺さんいるかい?」


「おおぅ! 中におるぞ 入ってこい」


 野太い声が返ってきたので中に入る。 迎えてくれたのはこの町では珍しい恰幅のいい(肥満体型ともいう)の爺さんだ。


「都市の職員に噛み付いたアレ以来じゃの。時間が経ってちょっとは落ち着いたか?」


 爺さんはウチの親と同じ都市からこっちに移民してきた人物だしその事情も知ってることもあって古くからのなじみだ。

親がもういないこともあって不貞腐れた感情をぶつけることが出来た相手だったし会うのは少し気まずい。


「あんときは仕方がねぇだろ! てっきり俺は源力が操れるから術士の資格があるもんだと思ってたんだよ。 人生設計が狂ったんだからちょっと苛ついて不満をぶつけるくらいいいだろ?」


「まぁ 病気でもない若いやつにワシができるのは助言か不満を相槌打ちながら聞くくらいだからのぅ。」


 俺が人より二年遅れて学校に通うことになったのは学校に入るはずだった年にトチ狂ったお袋にあることをされたためだ。

 その後、幼いころ親父だと思っていた男から稽古をつけられていたのだが、そのあたりでカードを持っていないにもかかわらず自分の身に貯まる源力を感じるようになった。

それからは他人に自分の源力を流すという医術士と同じことが出来るようになっていった。どういうわけか自分の体には治癒促進も強化もできなかったのだが。

 2年近く経ってお袋が死んで親父と呼んでいた男は去り、俺は市民となるために必要なカードを得るためにこの年輪都市の学校に通うためにやってきた。

当然カードも無かったが都市は未来の市民には保障が厚いので卒業後の市民となるまでの仮カードが発行され、無償で学校に通うことができたし俺みたいやつは寮で生活させてもらえる。ただ学校に通うの飯に関してはと寮に入れたので心配ないがそれ以外に金は出ないので今と同じ都市の課が募集してる誰でもできるような肉体労働の仕事で稼いでいた。

 だが俺は源力を操作することができたので正式なカードを発行された後の卒業後の見習い期間はオウノじいさんの下について医術士の見習いとして手伝いをするつもりだった。

 しかし学校卒業後に都市中央の役所で借カードを返し、巨大な水晶のような鉱石に手を当てて出てきた市民カードは源力操者を表す光沢を持たない、単なる一般人の茶色のカードだった。

落胆はしたものの源力操作はカードを持った後から発現することもあると知られているので、既に源力を操れる俺はそのうちカードは光沢を持つようになるだろうと思っていた。


 しかしその後も何故かカードに変化はないままで都市の担当課にも食ってかかり、実際に担当者に源力操作をしてみせた。しかし今までカードシステムにバグは出たことがなく、おそらくいずれはカードが光沢を帯びるようになるだろうからそれまで待つように言われ、それまでは源力を操る医術士としての下積修行はそれまでは認められないとのことだった。不貞腐れた俺は養父と母を失って唯一近しいオウノ爺さんに親が俺にやったことも含めて不満をぶちまけた。その後は仕方なく在学中と同じ単純労働で日銭を稼いでたというわけだ。

 ロットが訓練施設に通ってはと言ってきたことを断ったのは訓練する意味がないからだ。既に俺は源力を操作することができるのだから。ただ地火風水の能力者のような力はないのでカードが光沢を帯びて源力操作者と証明されたところで源力を操作応用する医・施・工術士にしかなれないわけだが。

 

 「で? ひさしぶりにカードを通じて念話が来た割にはあんまり嬉しそうではないのぅ?カードに変化があったんではないのか?」


 「ああ カードは変化なし! だから今も肉体労働で食いつないでるよ。ただ今日はちょっとじいさんに身体を調べてもらいたくてね。特に頭。」


 「源力を流して滞りから病巣を知ることくらいお前さんにも『できる』じゃのうに。」


 「俺には自分の体に使えないってことを忘れたのかい?信用できるし、じいさんに調べて貰いたいわけよ。」


 「ま、それなら構わんがな。頭だけでいいのか?」


 「いや 一応全身調べてもらえるかい?」


 「分かった。じゃベッドに横になりなさい。」


 そう言って頭の上に手を翳し、そのまま顔から首、胴体など体の上を移動していく。自分の源力を操ることが出来るのが術士の最低条件でそれを元に病気の診断や源力を用いての治癒促進を行うのが医術士だ。

 俺がじいさんに調べてもらうのはやはり日本あっちのことが夢、あるいは俺の精神が作った妄想ではないかという疑いがまだ残っているためだ。向こうの僕はネットで同じようにこっちの世界とつながってる人物がいることを知って情報を得ていた。

だがそれすらも俺が頭で作った妄想だという可能性もある。なんせこっちの世界にはネットなんてものがなく、俺と同じように日本あっちと繋がってるやつがいるかなんて調べようがないのだから。声高に叫んで調べたら正気を疑われるだけだ。


「特に何も異常はないのう。筋肉の疲労はあるがこんなもん若いやつは食って寝てれば治る。なにか思うところがあったのか?」


「そんなとこ。異常がないのはよかったけど根本的な今の解決にはなってないな。特に大きな問題になるわけでもないんだけどな。」


「悩み事か?解決せんかもしれんが愚痴くらいなら聞くぞ?」


「実生活に影響が出るならまた相談に来るわ。ただ他人が調べて俺に異常があるかどうか知りたかっただけだから。」


「そうか。もしカードが光沢を帯びて源力操作者と証明できて医術士を目指すなら顔を見せなさい。 過ぎたことを言っても仕方がないが妹御がああならなかったならカードも普通に反応していたかものぅ。」


「それはもういいさ。じゃあまた怪我でもしたら来るわ。」


「ん!」

 

 爺さんに見送られて再び都市中央部に向かう。仕事の依頼は都市を中心から12方向に割った区域毎に出されているが別の区域の仕事を探す時には全ての都市からの仕事依頼が閲覧できる中央の総合依頼受付所に行く。

 じいさんに調べてもらって少なくとも脳味噌に器質的な欠陥は出てないようだった。術士の修行をできなかった俺にはその力は心に病にどこまで及ぶのかはわからなかったが少なくとも日本あっちの人生と繋がってることは源力では異常として察知されなかったわけだ。

 依頼所に向かって歩きながら、退屈な肉体労働で稼いでいた日常が日本あっちの世界を知ってちょっとは変わっていくのでは?と思っている。 ネットで知ったkって人物のように繋がった二つの人生の年齢に違いがあれば一度過ごした日々から学んでもう一つの若い人生に活かすことが出来る。だがほぼ同じ年で両方の世界を生きる俺にはそれができない。

 しかし同じ年で二つの世界を生きてるってことは人生の選択肢は一つの世界で生きる人間の倍だ。しかも日本あっちはこっちよりもはるかに安全で生きやすい世界。こっちでどんなに無茶をして、あるいはこっちで命を落とすことがあっても安全な向こうで生きていくことが出来る。

 そうおもったら俺はお袋に無理やり持たされた力を多少使いながら、危険でも稼ぎのいい仕事をやっててもいいかと思う。

 

 とりあえず単調な日々から少し変化のあるものに変えていくつもりだ。



カイルが源力を操作できるのは都市の管理下に入っていない方法での体内への源力貯留だったため。


学校卒業時に都市の端末に触れることでその情報が年輪都市に登録されたことでカード化が行えるようになりました


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