1-1 夢なのか?
単なる自己満足なんで日本語になってないところがあるかもしれないのでご寛恕下さい
「お昼休みでーす! おーいカイル~、そろそろ飯にしようぜ~」
作業の指示のため修復箇所全体が見えるよう離れたところにいたロットにそう声をかけられ、僕の名前は四方堂・・・そう言い返しかけてやめる。
今の俺の名前はカイル・キニダックだ。
「わかった これを運んだら弁当持ってそっちに行く。」
都市の外壁修理のための石の運搬作業をしていた俺は軍手を外し、首にかけたタオルで汗を拭い。出掛けに買ってきた弁当が置いてある日陰に向かう。
右を見ても左を見てもどこまでも続く4メイトほどの外壁は上からみると円を描いているはずだが余りにも長大なものなので眼前にそびえる壁は直線で続くようにしか見えない。この外壁は敵の侵入を防ぐためのものだが人間の軍隊じゃない。人を襲う害獣の侵入を防ぐためのものだ。
大体この馬鹿げた長さの外壁に囲まれた都市はこれだけで一つの国といえるがこの大陸には他に国や都市があるかのかすら定かでない。
正午を迎えたこの時間は真上近くから照りつける太陽のせいで臨時に開けられた都市内への小さな入口のあたりにしか日陰はない。同じように30人ほどの作業員と防災課からの監督員ロットも同じように日陰に置いた自分の荷物の下へ向かう。
弁当は日本で食べるような米飯でなく、水分が少ない固めのパンとビーフジャーキーのように乾燥させて日持ちするように加工された肉と10モイトあるゆで卵だ。午前の肉体労働での発汗と更に口中の水分を昼飯の乾燥肉に奪われた後、水筒の水を流し込む。
人心地ついてせめて大きな外壁修復なら出張の食堂が出てまともな昼飯も食べられるんだが、なんて思ったが、ここみたいに小さな修復場所じゃ自分で持ってくるしかないか。そもそもそれほどの外壁修理が必要な巨獣侵攻は最近は起きてないそうだし。せめてアンジェが弁当を作ってくれたらまともな飯にありつけるんだが……
昼食を終えた後、作業中の土埃を避けるために着ている厚手の長袖作業着を捲り上げ、風を受けて作業で暑くなった体を冷ます。
「カイルはここが終わったらどうすんの?」
同じように昼飯を終えて日陰で涼んでいるロットが声をかけてくる。しばらく同じ現場にいるしここでの上司とはいえここでは年が近いこともあって親しくなった。都市の職員だが今の仕事は内勤ではなく、外壁修復の作業者の監督を行っている。こういった移動が多かったり外での監督指示を行う仕事は若いやつが経験と現場を知る為にやるのが普通だ。彼は正職員とはいえまだ若いのにそつなく仕事をこなしている。
彼の昼ご飯は新婚の愛妻弁当なのだが以前に拝見したところまだまだ料理の腕は途上らしい。ちなみに俺は17歳で彼は3歳上の20歳。
一樹の持つ日本の常識では20歳で新婚とは早いという気がするがこっちの世界ではわりと普通だ。
普通に学校を卒業したんなら市の正職員になったのは2年の自由研修期間を終えた16歳のはず、4年で補助でなくて1人で監督を任されてるんだから奥さんは結構いいのを捕まえたんじゃないかと思う。
「さぁな~ とりあえずなんか募集が張り出されてるだろうから適当に見繕って次の仕事かな? ワリのいい仕事があるといいけどな。でもまあ贅沢を言わなきゃ喰うに困るってことはないだろ。」
そういいながら俺の頭の中は今日の単純作業の肉体労働の疲れと寂しい昼飯の腹いせに向かっていた。今晩眠ってから目覚める日本で何を食べようかとね。
そんなことを考えているとロットが更に話しかけてくる。
「異法が使えないから同じ仕事でも効率が悪くなる分、技術技能職でなくて単純作業の労働だと実入りが少ないだろ? 望み薄だけど源力操作訓練でも受けてみるのはどうだ?」
「そもそも人よりカード作ったのが遅かったし、もう17だからなぁ。仮に訓練で発現したところで今からじゃ同い年の術士としちゃ出遅れだろ? 俺は地道に稼ぐよ。別に異法士や術士以外が珍しいわけでもなし」
「遅れて学校に通ったんだっけ?でもカードを作って能力が発現しなくても源力操作は訓練すれば後から発現することもあるって話だけどな。」
俺は人より二年遅れて年輪都市の学校に通ったため、卒業と同時に発行される市民カードを貰ったのが16歳。
都市の生活に欠かせない市民カードの発行と同時に「都市からの祝福」があったのなら異法士として力に目覚めて、仕事をしながらその能力を磨いていたのだろうが俺には祝福はカードに現れなかった。
だけどそれは珍しいことじゃない。都市に住む人口の半分ほどは俺と同じように異法士でもない唯の人だ。
ここは年輪都市。
地球上の都市じゃない。
魔法のような力、異法が使えるものが存在するミトラという世界にある外壁に囲まれた直径100キロほどの広さをもつ中に数百万人が暮らす大都市。
都市の中央を中心として同心円上に幾つかのだだっ広い幅の環状道路が整備されており、地図をみると年輪に見える。
この地にやってきた開拓者たちの時代から発展するに伴って都市は外に広がり、いつの間にかそう呼ばれるようになった。
そして「俺」ことカイル・キニダックが身を置く町であり、「僕」こと四方堂一樹が寝る度にこの世界の人間、カイルとして過ごす町。
四方堂一樹の身に異変が起こったのは高校春休み中、新学期を待つ4月の初めだった。
地方都市に住む16歳で春を迎えれば進級後は高校二年生、髪を整える整髪料もいらないことと自分で電動バリカンで散髪できることから坊主頭。
しかし運動部の部活に所属してるような幼さを残しながらも日に焼けた逞しさといったものはなく、坊主でないなら雰囲気は大人しい文化系クラブの関係者という方が納得できる。
中肉中背で身長169cm、あと1cmが残念な身長。あとは豆腐やおからで嵩増し料理ばっかり作って食べてるせいで大豆イソフラボンだかなんだか知らないが男のくせに肌はつるつるで体毛も薄いことが特徴だろうか。
通う高校は大学進学率もそれなり、但し問題がある生徒はモンスターペアレントが出張ってこようが停学、退学処分を下す珍しく毅然とした態度を取るため、常識ある他の保護者には支持されている。
どんないい学校でもいじめがなくならないのは世の常で表沙汰にならない細かいものならどこにだってある。一樹は人間である以上は無くなることはないだろうと思っている。
校則厳守の厳しい高校ではあるが事情が認められれば学業に影響が出ない限りはバイトもOK。一樹も母子家庭のため金銭事情は芳しくないため、大学進学を念頭に置いているが母子家庭では金銭的に難しいと説明してバイトを認めてもらっている。ちなみに去年の夏とこの春は地元の教育委員会で発掘調査のバイトをしていた。
まだまだ肌寒い4月初めの土曜日の夜、月曜からは新学期で教育委員会のバイトは明日が日曜だから休みで別のバイトはいれていない。めっきりつまらなくなった週末のTVを消して早めに就寝したその翌日から異常は始まった。
目覚めたのは母子家庭ってことで入居できたまだ新しい市営住宅の自室のベッドの中でなく、クッションがない硬いベッド、4月にしては温い気温の部屋の中だった。
あれ? 明後日から学校だから今日はバイトは入れて無くて一日ゆっくりしようと……違う、今日も街の外壁の修理の仕事だったな……
いやいや! 一介の高校生が外壁修理のための石を運んだりとかおかしいだろう!!
混乱から体を起こしてベッドに腰掛け、両手の親指でこめかみをグリグリ押しながら記憶を整理する。
え~~~っと... 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23っと素数を数えて落ち着け!それから29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97
よしよしここまで数えれば大丈夫! ここまで一気に素数を言えるやつはそうはいないだろう!!
さてさて己に自己紹介だ。
僕の名前は四方堂一樹、年齢は16歳、悲しいかな彼女いない歴は年齢と同じ。大学の入学金や生活費の足しにバイトに精を出す勤労学生。
家族構成は母子家庭で母親の名前は四方堂和沙、僕を産み、未婚の母となる選択をしたせいで祖父母に勘当されて交流なし。
うんうん、目覚めたベッドが違うことに違和感を覚えたが記憶は確かだ。おかしくないおかしくない。そう思いながら手持ちの荷物から歯ブラシを出し、共同の洗面所で粉末状の歯磨き粉を違和感無く付けて磨き始める。
しゃこしゃこしゃこ……
歯を磨きながら鏡に映った顔を見ると坊主頭ではなく、光によっては緑っぽくも見える黒髪を適当に短く刈り込んだ髪型に茶色の瞳、この所の屋外作業の所為か浅く日に焼けた顔は年の割には老けている気もするが優男ってよりは精悍って顔つきで自分も気に入っている。
俺の名前はカイル・キニダック、17歳。
父母はいない。母は既に死別している。
育ったところは年輪都市への物資供給のために存在する衛星都市の中でも金属供給を目的にした都市。鉱山あるいは採掘場がある町と思えばいい。
今は年輪都市に移り住み、都市を運営する行政のいくつかの課が募集する仕事で食いつないでいる。
今の仕事は外壁の修理に伴う石材などの積み上げや運搬作業。因みに外壁をよくぶっ壊すのは巨獣と呼ばれる存在で人間を襲って食べることもあるが、逆に倒せば食料にもなるし素材や原料としての価値を持つものもいる。
この都市開拓時は人の天敵ともいえる存在の巨獣だったが今は人口の増加と戦う方法も確立されており、身近で接することがない都市の中だけで暮らす者の中には何の脅威を感じないという輩もいるがとんでもない。
都市外へ出れば依然として人間の天敵であり、個人で戦うとすれば明らかに人は奴らから見て弱者だ。脅威を感じないなんて言うやつはあいつらと対峙してないか3級のやつしか見たことないからさ。外壁補修中に逃げてくる狩人を追ってきた二級巨獣の巨体を見たときには多少の戦闘訓練を受けて『力』を持ってる俺だって恐怖を感じたもんだ。
種類ごとに異なってやってくる繁殖期には柔らかくて喰いやすい人間を求めて都市の外壁に体当たりをかましてくる。巨獣の侵入を防ぐ外壁をそのままにしておくことはできず、その補修は公共事業ともいえ、都市の職員を監督として作業する人員は期間募集される。巨獣が外壁を壊すことは年中あるため食べていく程度の稼ぎに仕事にありつくなら困ることはない。
これから朝飯を食ったついでに昼飯を買って仕事に向かう予定だ。歯を磨き終え、少し伸びた髭も剃り終えて顔を洗いながら考える。
なにもおかしくはない……
年輪都市に来てから学校を卒業してから月単位で赤髪亭の下宿部屋を借りて過ごす日々はこれまでと変わりはない。
「いやいや待ってくれ! 二人分の記憶があるっておかしいだろ!!」
思わず鏡に映る自分に声を上げて突っ込んだ。
その直後から足でタンタンタンと踏み鳴らしながら混乱する頭を落ち着かせようとする。
あ~~これはいわゆる明晰夢ってもんなのか?
カイルが見ていた明晰夢が一樹なのか?それとも一樹が明晰夢として見ているのがカイルとなっているのか?
カイル、一樹の記憶が共に幼少まで手繰れることができるからどちらが夢なのかわからない。いやそもそも明晰夢って知識を得たのはどっちの世界だ?
それほどどっぷりではないが一樹として過ごした世界でアニメや漫画にもそれなりに見ている。
友人から貸してもらったライトノベルや最近は図書館でもライトノベルを置いてるとこもあるので読んでいる、それによくある転生モノなのか?それとも異世界に紛れ込む召喚タイプか?
でも年輪都市がある世界には異法なんて魔法みたいなもんがあってもファンタジーみたいな魔王も勇者もいないぞ。 巨獣を殺しまくって英雄に祭り上げられるやつはいるかもしれんが。
せめて今の状況が明晰夢っていうなら自分の思い通りになることもあるそうだが、もうちょっと楽に生きて楽しむ夢を見たいもんだ。 片方が片親で生活、片方が両親と死別ってどっちの人生も難易度高め過ぎる。
とりあえず今、鏡に映るこの姿は記憶の中にある一樹じゃなくてカイルだ。
俺が何をすべきかというと朝飯を食べて昼ご飯を持参して仕事の現場へ向かうこと、今の状態が夢でないなら仕事をサボるとお飯の食い上げだからな。
そう思ったところでいつの前にか足を踏み鳴らしていたのをやめていた。
それに気付いたところで更に冷静になる。
年輪都市と日本の言葉も常識も違うがそれぞれで生まれ育った記憶があるので不都合はない、それにどっちが現実であっても死に直結するような状態じゃないし生活に困窮してるわけじゃない。
ん?それほど大きな問題じゃないんじゃないのか?
自分で驚くほどの落ち着き方だと思うが2人分の記憶があると言っても両方が自分と自覚してるだけで実生活には問題ないよな?とあっさり混乱は落ち着いてきた。
「カイル! 今日は朝ご飯と昼の弁当どうすんの?」
階下からこの下宿兼食堂、赤髪亭のオーナーの娘:アンジェの声が聞こえる。
階段下を見るとがいつもの赤みがかった髪を束ねたポニーテールにダークレッドの瞳で顔をこちらに向けていた。
「いつも通り朝食も食っていく。今日は昼の弁当があるならもそれも貰うよ。すぐに降りる。」
夢だか記憶の混乱だかで混乱しても腹は減るし、朝になれば太陽は昇り夜になれば月も昇る。実生活じゃ問題はないんだから細かいことは後から考えればいい。
窓から見えるまだ空に残る小さな3つの月が目に入ったところでその光景に階下に降りる足を止めた。 カイルの記憶じゃ見慣れたものだが一樹の記憶じゃ三つの月には凄い異和感だ。
鏡で今の自分におかしいところがないことはわかっているが、一階に降りて共同玄関で靴を履き、食堂に回ったところでアンジェに聞いてみる。
「アンジェ、おはようさん。今日の俺ってなんか変?」
食堂入り口の鉢植えに水をやってるようで外からこちらも見ずに相変わらず大きな声で返してくる。
「おはよう!それで何? どっかでかけるからカッコつけてんの?弁当いるってことは仕事なんでしょ?いつも通り変わんないわよ。」
せめてこっちを見てから言って欲しいもんだ。しかし店子よりも花は観賞できて実も美味しくいただける観葉植物を気にかけるのが当たり前か。
16歳からこの下宿に来てアンジェとのつきあいも2年近い。
目ぼしい仕事がない時はまかない目当てにこの食堂を手伝うことも(手伝わされる)あるし関係は良好だと思ってる。いつも変わらない日常だが今朝のような混乱があるとその日常がありがたい。
如雨露を置いて食堂に入ってきたアンジェはようやくこっちを見たがやはり彼女から見ても特にいつもの自分と変化がないようで
「今日は弁当を作っておいたわ。弁当代はいつもと同じ40ピプでいいわ。お茶は厨房にあるから水筒にいれてけば?」
別の人間の人生の記憶が入ってきたからといって外見に変化があるわけでもない。寝不足でもないし朝から混乱したせいで寝起きそのものはよかったしな。
さっきも思ったように現実の自分に関わってこないなら別の記憶が入ってきて消えないといっても単なる夢と割り切ればいいか。
それよりも防災課の仕事の募集は尽きないだろうけど先を考えると定職に就きたいところだ。なんせこの世界じゃ年食って金がないと悲惨だからな。肉体労働の需要は尽きないだろうが年食ってやるには辛そうだ。
異法が発動できないと手に職をつけるか事務職とか商売とかで仕事を探したい。
そう思いながらすっかり一樹としての記憶を浮かべることはなく、朝飯を取るために椅子に腰かけた。
最初は円輪都市と書いてサークリッドと読ませようとしてましたが 円環は円が連なって環になったものなんで同心円とは違うので断念
1モイト=1cm
1メイト=1m
登場人物
カイル(17) 主人公 年輪都市ではカイルキニダック、日本では四方堂一樹(16)
ロット 都市の職員(公務員)