《色移ろふは花とヒト》
[2-3]
「――さて、起陽くんや。それじゃ一つ、聞かせて貰うとしましょうか」
と、俺の傍らに正座して、こちらの顔を覗き込むようにするエプロン姿の女。
エプロン姿と言っても、こっちの女はあっちほど、残念な体躯をしているわけではないが。
「……どうしても聞きたいのか?――ひなたさんや」
嘆息しつつも、調子を合わせて俺は返す。長い付き合いの間に、もうすっかり慣れてしまったやりとりである。不本意ではあるが。
するとその女――朝日奈ひなたは、にっこりと無慈悲な笑みを浮かべて言った。
「ええ、もちろん。だって、起陽が夏休みのお昼前に家にいないなんて、絶対おかしいもん。起陽が自発的に早起きするなんて、絶対おかしいもん。あたしが起こしに行く前にもう起きてるどころか、家にいないなんて――絶対、認められないんだから」
……アナタそれ、凄く理不尽なこと言ってますヨ?
そう言ってやりたいところだったが、言っても聞くわけないのは分かっていた。
「……分かったよ、何が聞きてーんだ」
嘆息混じりに言うと、ひなたは満足したように頷いて、言った。
「昨日今日とこの二日、昼間から外でどんなおイタをしてきたのかしら? 怒らないから、おかーさんに話してご覧なさい」
……誰が『おかーさん』か。こんなのが母親だったら俺はグレるぞ。……いやまあ、もうグレてるけども。ヘンゼルも真っ青なくらいグレーテルけどもね。
――閑話休題。
さて。しかし、どう答えたものかな。ただ事実をありのままに語っても面白くない。何より、何だか負けたような気がして腹立たしい。
しばし思案して、俺は答えた。
「……フリフリの衣装の似合う可愛い女の子と、綺麗な花畑を眺めつつランチなど」
「なっ――なんだってええええええええっ!?」
よほど予想外だったのか、ひなたは壁際まで後退ってそう声を上げた。おい、誰かキバヤシ呼んで来い。
「そ、それって、まるっきりデートじゃないのっ!」
……そうなのか? 無自覚だったが。てか、言われてもぴんと来ないが。
「しかもなに!? フリフリの衣装の似合う可愛い女の子!? フリフリの衣装!? フリフリって! それはあれ!? ゴスロリってやつですかっ!?」
いや、ゴスロリではなかったが。逢花の話では、ピンクハウスとか言うらしいぞ、あれは。……てか、ゴスロリってお前。
「起陽ってば、ロリっぽいのが好みだったのね……幼馴染み歴十五年目にして一番の衝撃だわ……」
いやいやいや、待て。それはない。どっちかって言うと、ちっちゃいより大きい方が俺は好きだ。どこが、とは言わないが。まあ言うなれば、優さんや香月センセみたいな以下略。
「――でも、今日のあたしには秘密兵器があるのよ……ふっふっふ」
と。ひなたはふいに不気味な笑いを漏らすと、何やら俺に背を向けて、傍らにあった自らの鞄の中をごそごそとまさぐりだした。
口を挟まず眺めていると、やがてひなたは、
「じゃーんっ!」
なんて言いながら、振り返った。
「どーだっ!」
……どーだと言われてもな。
「何だそれは」
問うと、ひなたは何故か自信満々に胸を張って言った。
「ねこみみですっ!」
…………。
確かに、アナタの頭の上に鎮座したそれは猫耳でしょうけども。
「……どしたの、それ」
「今日、やよいちゃんとお出かけして買ってきたのです! えっへん」
だから、何故得意げなのですか。
……と言うか、その友人の名はひなたから聞いて知っている。確か、ある特殊な趣味の持ち主だ。そいつと一緒に出かけて、で、そのアイテムですか。
「……何となく、どこに行ってたのか分かったわ」
「秋葉原です!」
「言わんでいいわっ!」
……まったく。あの街にも困ったもんだ。次から次へと訳の分からん、いかがわしいもん生み出しやがって。……まあ、猫耳なんて可愛いもんだけど。
嘆息して見やると、ひなたは何かを期待するように「ん? ん?」なんて小首を傾げたりしている。
「……言っとくが、何も言わんぞ」
冷たく吐き捨ててやると、
「むぅ~っ!」
なんて、ひなたは如何にも不満そうな声を上げて、
「起陽のばかっ! こうなったら、起陽のことも可愛くしてやるんだからっ!」
言うや、鞄から猫耳をもう一つ取り出した。
……それをどうするのかなんて、考えなくたって分かる。抵抗したって無駄だってことも。と言うか、抵抗する気も起きないのだが。めんどくさくて。
「――よし! ほーら、可愛くなったっ!」
どうだと言わんばかりの表情で、ひなたは言い放つ。
俺の頭上には、ひなたとは色違いの猫耳。
……まあ、取り敢えずは満足してくれたらしい。
嘆息しつつ猫耳をむしり取ると、俺は改めた。
「ガッコの中庭にさ……小さい花壇があってよ。香月センセに呼び出されてさ。園芸部員の奴と、その花壇の世話をさせられてた」
若干嘘ではあったが、ひなたに疑う様子はなかった。
「ああ、あそこ! あの花壇、小さいけど、凄く綺麗なんだよね。花の種類も結構多くて、ラベンダーとかのハーブ系もあったりして。園芸部のヒトが世話してたんだ、へえ~」
「何だ、案外有名なのか?」
すぐに思い当たった様子に、少しだけ驚いた。よほど良く気の付く奴でなければ、あんな中庭の片隅にある小さな花壇、知らなくても不思議ではないのだが。
「有名かどうかは知らないけど、あたしは、いつもどんなヒトが育ててるのかな~って、ちょっと気になってたから」
なるほど。単にこいつが目敏い女だったってだけの話か。
「――でも、残念だよね」
ふいに、ひなたは言った。
「あの花壇も、もう見られなくなっちゃうなんて」
「どう言う意味だ」
ひなたの不穏な物言いに、少しだけ、声が低くなっていたかも知れない。
驚いたように眼を丸くして、ひなたは言った。
「えっ? だって、中庭のあの辺り、野球部が春の大会で優勝した記念碑を建てるから、もう今月の終わりには整地しちゃうって……知らなかったの?」
――それはまるで、たちの悪い冗談のような話だった。
【つづく】