《色移ろふは花とヒト》
[2-2]
表では、まだまだ眩しい昼下がりの太陽が燦々と降り注いでいる。
耳に届くのは、微かな町の喧噪と蝉の声。
真昼の商店街はそれなりに賑わってはいたが、それでも常時ほどの慌ただしさはなく、ヒトにも町にも、極穏やかな時間が流れている気がした。
平和な夏休みである。学生にとっては、有意義に過ごすべき貴重な時間だ。
……その貴重な時間に、俺は花屋の店先で似合わないエプロンなど身に着けて突っ立っている。
――俺はいつ、花屋でバイトなどすることにしたのでせうか?
すぐ側には、同じようにエプロンを身に付けた逢花。他には誰もいなかった。
本来の店の人間の内、逢花の父は、元より苗の買い付けとかで出かけていたし、あの母親はと言えば、急な配達だとかで、つい先頃、大慌てで店を出て行った。
……つまりは、それが原因なわけだが。
要するに、店番を押しつけられたわけである。……何で俺が?
だが、その疑問に答えてくれる者などここにはいない。俺の相方として今現在そこにいる幼児体型こそが、その悪魔の提案に一番乗り気であったからだ。残念なことに。その胸と同じくらい、残念なことに。
だがまあ、あのフリフリのピンクエプロンを着けさせられなかっただけましか。俺の首には、本来は逢花父の物であるジーンズ生地のエプロンが掛かっている。
一方、少女趣味全開の方はと言えば――まあ、言わずもがな、眼の前のちまっこいのが着けているわけだが。
「――ええいっ! じろじろ見るなっ! 仕事がし辛いだろうがっ!」
と、商品の手入れをしていた逢花がふいに怒号を上げた。
じろじろ見ているつもりはなかったのだが、逢花にはそう感じられたらしい――いや、まあ、なるほど。そう言うことか。
「何だ、気にしてるのか、そのピンクのフリフリ」
「当たり前だっ!」
言って、逢花は気恥ずかしそうに顔を赤くした。
「前にも言っただろう、こんなのは私の趣味ではないのだっ。こんなっ、中世で脳がトチ狂ったようなデザイン、誰が好き好んで着るものかっ……誰が見たっておかしいではないかっ、こんなものっ……」
どうして良いのか分からないくらい恥ずかしいのか、逢花は深く俯いて、エプロンの裾をきつく握りしめる。
俺は、そんな逢花を少し黙って眺めてみた。
果たしてそれは、そんなに言うほどおかしいだろうか?
逢花はけして、こういった服を着て気味が悪いような顔立ちはしていないし、小さくて華奢な体躯も、どちらかと言うとそれに似合っている。全く癖のない長く伸ばした緑髪は、一見和装の方が似合いそうではあるが、いやしかし、これはこれで趣がある。
「そこらの変態野郎に襲われてもおかしくないと思うが」
「フォローしているつもりかそれはっ」
いかん。無意識に思ったことが漏れていた。逢花の瞳が恨めしそうに潤んでいる。
「ううっ……こんなことなら、店番など一人ですれば良かったっ……」
涙混じりに、そんなことを漏らす逢花。
そりゃちょっと勝手過ぎやしませんかってところではあるが、まあ、取り敢えずはそんなこと、どうでもいい。
俺は嘆息して、続けた。
「……まあ、確かにな。常日頃からそればっかってのは何だけど、似合う似合わないで言えば――逢花には、良く似合ってると思うが?」
言うと、逢花は恐る恐る、顔を上げた。
「本当……か……?」
まるで、か弱い少女のような声。……いや、実際少女ではあるんだが。
「ああ、嘘やお世辞は得意じゃねえよ、俺ぁ」
首を竦めて言ってやると、逢花はふいに眼を輝かせて、俺を正面から見上げてきた。
「じゃっ、じゃあっ、かっ――可愛いかっ!?」
「っ――!?」
その質問もさることながら、何かを期待する子供のように、爛々と輝く大きな瞳に気圧されて、俺は瞬間押し黙った。
だが、
「なあっ、可愛いかっ!?」
そう執拗に求めてくる童女に、間もなく折れた。
「っ……あ、ああ……か――可愛い……と、思う、ぞ……」
それを聞くや、逢花はさらに眼をきらきらと輝かせ、
「な、なら、少し眼を瞑ってくれないか!? いやすぐ済む! 少しでいいんだっ」
落ち着き無く訴える逢花に、答えるより先に眼を閉じた。
少しして、逢花の合図で眼を開ける――と、そこには、少し意外な彼女の姿があった。
「ど、どうだろうか……? これでも……変ではないか……?」
少しだけ怯えるように、そう尋ねる彼女。その髪に、おしゃれと呼ぶには余りにささやかな、細いリボンが一つ、結んであった。
何が変だと言うのだろう。そのくらいのことで、何を怯える必要があるのだろうか――分からなかったが、その愛らしいリボンが良く似合っているのだけは間違いなかった。
その姿があまりに、何と言うか――……可憐で。正直、照れ臭くはあったのだが、
「……ああ。良く似合ってる。……可愛い、と思うぜ?」
少しだけ戯けるようにして、そう言った。
俺の言葉に逢花は嬉しそうに笑ったが、ふと恥ずかしそうに俯くと、ぽつりと言った。
「……恥ずかしついでに、聞いて貰えるか……?」
「……今更、否も応もないだろ」
苦笑混じりに言ってやると、安心したように微笑んで、逢花は言った。
「私にはな、夢があるんだ。……馬鹿げた夢だ。お前は、笑うかも知れない」
「……気にすんな。聞いてやるから」
促すと、こくりと頷いて逢花は続けた。
「――私は、この世を花で一杯にしたいんだ。綺麗で、可愛くて、優しい花たちを見て、触れて……そうすることで、皆を元気にしてやりたい、笑顔にしてやりたい――そう、思っているのだ。……呆れたか?」
遠慮がちに問う逢花に、俺は首を振った。不思議と、笑う要素も呆れる要素も見つからなかったから。
「……境守には、夢はあるか?」
ふと。
……そんなこと、考えるのも馬鹿馬鹿しい。俺みたいなろくでなしが、一端にヒトの夢なんて語れるわけがない。そんなこと、許されるわけもない。
――だから。
「馬鹿な奴の馬鹿な夢を叶えてやること……くらいか」
今はそう、嘯いた。
……そうすることしか、できなかった。
【つづく】




