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《色移ろふは花とヒト》

[2-1]


 大杉逢花の実家は、『ガーデンショップ大杉』と言う屋号を掲げる商店だった。とどのつまりが、園芸用品一般を扱う花屋である。

 家族経営の小さな店だったが、店構えはそれなりに手の込んだもので、女の子好きのしそうな綺麗で可愛らしい作りの店だった。

 その店先で、俺は一人の可愛らしい女性と向かい合っていた。ふわふわの髪に、フリルの付いたピンクのエプロン。少々、少女趣味が過ぎる嫌いはあるが、その華奢な体躯と柔和な表情、穏やかな物腰は、その女性らしい可愛らしさに良く似合っていた。

「……お姉さん?」

 条件反射的に漏れたそんな呟きに、当の本人は、

「あら♪」

 なんて嬉しそうな声を上げたが、

「……いや、認め難いのだがな――これでも、母上なのだ」

 そう言って、その可愛らしい女性の娘――大杉逢花は、軽く頭を抱えた。


 ――さて。何故俺達がこんな状況に陥っているのかと言えば。

 話は、三十分ほど前に遡る。

 前日、結局ことの真意を香月センセに聞き出せなかった俺は、もやもやとしたものを抱えたまま翌日――つまり、今日の朝を迎えた。

 別にそこまでする意味も義理もないし、無視してしまっても良かったのだが。……気がついたら、昨日と同じように、学校へと足を向けていた。

 だが、校門に差し掛かったところで、俺は帰途につく逢花と鉢合わせた。聞けば、今日は初めから、花壇の世話は午前中に済ませ、昼食は家で取る予定だったのだそうだ。

 それならそれで解散すれば良かったのだが。どういうつもりか、俺は強引な逢花に手を引かれ――……そうして、現在に至る。


 で、だ。

「……マジでか」

 眉をひそめて、確認するように問うた。

 逢花は嘆息して、

「マジなのだ。……いい年をして何を考えているのかと、いつも問うているのだがな」

 確かに、その意見も一理ある。俺達くらいの子が在れば、その実年齢は推し量るべくもない。ピンクのフリフリは幾ら何でもないだろう。

 しかし、実際、この母親は実年齢を感じさせない。俺が開口一番で呟いた言葉はお世辞でも何でもなくて、極当たり前に、そう思ったが故。そうとしか思えなかったし、今だって、母親であると言う方が疑わしいくらいなのだ。

 率直に言って、非常に可愛らしい。そして、魅力的なヒトだ。

 ――逢花に、よく似ている。


「はじめまして~、逢花の母です~。逢花ちゃんがいつもお世話になってます~」

 間延びした声でそう言って、逢花の母は深々とお辞儀をする。

「え? あ、いや、世話も何も知り合ったばかりで……」

 ふいなことに、ろくな返答が思い浮かばない。

「あら~、そうなんですか~? 逢花ちゃんたらすごく嬉しそうに帰ってきたから~、てっきり~、色々~、お世話になっているものだとばかり~」

「い、色々? お世話?」

「なっ、何を言っているのだ母上っ!」

 妙な含みのある物言いに問い返すと、逢花は慌てたように俺達の間に割って入った。

「妙なことを言わないでくれ母上! 境守にはもう歴とした恋人がいるのだっ! だからっ、私と境守は、母上が想像しているような関係では断じてないのだぞっ! 境守もっ、母上の言うことに一々反応しないで宜しいっ!」

「お、おう」

 ハイテンションで捲し立てる逢花に、そんな言葉しか返せない俺。


 だが、慣れているのか、はたまた単にずれているのか、逢花母は違った。

「あら~、そうなの~? それは残念ね~、息子ができるのかと思ったのに~」

 なんて。

「母上っ!」

 真っ赤な顔で怒号を上げる逢花だったが、それでも逢花母は柔和に笑っているだけだった。

 逢花も、そんな母に慣れているのか、それ以上噛みつくことはせず、

「っ――行くぞっ、境守! こんなヒトの相手はしていられんっ!」

 そう言って、俺の手を引いた。

 手を引かれるままに、店の奥に通される俺。背後では、「ゆっくりしていってね~」なんて言う、逢花母の愉快そうな声がしていた。


 店の最奥には扉が一つあって、どうやらそこから、自宅へと抜けられるようになっているらしかった。

 だが、

「お、おい――逢花っ!」

 さすがにこれ以上流される訳にも行かず、俺は前を行く逢花を引き留めた。

「どう言うつもりだよ、わざわざてめーの家まで、俺なんか連れてきて」

「? どう言うも何もないだろう? 今日まで来てくれるとは思わなかったとは言え、弁当を用意していなかったのは私の落ち度だ。なれば、この上はできたての料理を振る舞わねばなるまい。それが道理と言うものだ」

「どう言う道理だ!?」

 さらりと訳の分からないことを言う逢花に、思わず語気が荒くなる。

 だが、別に怒っている訳ではない。ただ――不可解なのだ。


 俺は一度気を落ち着けて、改めた。

「……あのよ。正直、よく分からねえんだよ。いきなり香月センセに呼び出されたかと思ったら、弁当持ったちまっこいのが現れてさ。その上、今度はできたての手料理? ――意味が分かんねえ。

 お前、俺のこと知らない訳じゃないんだろ? 俺は境守起陽だぞ? 全校の嫌われモンだ。お前、俺が嫌じゃないのかよ? 普通、俺なんかと一緒にいたいわけないだろ。お前――いったい、何がしたいんだよ?」

 不信感を隠す気もなく吐き捨てると、

「――お前のことが嫌だなどと、そんなことあるものか」

 まるで真夏のひまわりのように、凛とした姿で逢花は言った。

「私は、お前を嫌だと思ったことなどこれまで一度もないし、一緒にいたくないと思ったことなどない。むしろ、その逆だ。私は、お前と一緒にいたいと思っている――想っていた。だから、今、私は、お前は、ここにいるのだ」


「――――」

 返す言葉が見つからない。何を言われたのかすら分からない。

 ――ただ一つ、言えるのは。

「……じゃあ、いいのか」

 そんな呟きに、逢花はこくりと頷いた。

「勿論だ。私が腕によりをかけて作る馳走、遠慮無く愉しむが良い!」

 言って、出会った時と同じように、残念な胸を自信満々に張ってみせる逢花。


 ……正直、混乱はしていた。未だ彼女の真意は計り兼ねていたし、疑問は残る。

 けれど、取り敢えず今は、小さな先輩の厚意に甘えさせて貰うことにしよう――ぐう、と鳴った腹の虫が、彼女の手料理をせがんでいたから。




【つづく】

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