《色移ろふは花とヒト》
[1-3]
果実の形を模した容器の氷菓子と言うのは実は色々あるらしく、以前、何気なく立ち寄ったコンビニでオレンジシャーベットを見つけた。
別に高いモノでもないし、軽い気持ちで買って行ったら、あのヒトは大層喜んだ。それはもう、見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいのはしゃぎようだった。
それからと言うもの、いつの間にか、商店のアイスケースを見かける度に、何かないかと探してみるのが日課になっていた。あのヒトが喜びそうなものを手土産にするのが、日課になっていた。
で。園芸部の手伝いという名の昼食会を済ませた後、今日も今日とて、冷たい手土産を携えて、俺はそのヒト――優さんの病室へとやってきたわけだが。
「……一つ聞いてもいいか?」
「んー? なーにー?」
いつもの脳天気声で答える優さん。
俺は一つ嘆息してから、問うた。
「――何で、このヒトがここにいる?」
俺の指差す先には、パイプ椅子に腰掛ける、見舞客らしき美女が一人。
……俺は、そのヒトをよく知っているわけだが。
「こら、そう不躾にヒトを指差すものではないですよ、境守君?」
そう言って、珍しくいたずらっ子のような笑みを覗かせるそのヒト。
その笑みが何だか腹立たしくて、俺は殊更指を突きつけて、言ってやった。
「っ……んじゃあ直接聞くぞ! 何だってあんたが、こんなとこにいんだっ――香月センセェよっ!?」
優さんの傍らで微笑むそのヒトは、香月梗子女史に他ならなかった。
「なんでって、お友達だからだよ?」
答えたのは、優さんだった。
「はあ!? 聞いてねえぞ、んなこと!」
「うん。言ってないもん」
激昂する俺に、さらっと言ってのける優さん。
「何でよ!?」
俺のガッコが香月センセの勤め先だなんてのは、俺やひなたの制服を見れば一目瞭然のはず。気づいていれば、一言在ってしかるべきではないか。
つまり、気づいていて言わなかったのか?
「え? だって――」
しれっとして、優さんは言った。
「その方が、面白いじゃない♪」
…………。
……ちょっと、その、すいません。少し、壁とお友達にならせて下さい。
「はいそこー、壁とお友達になってないで、ヒトと話す時はちゃんとこっち向きなさーい。香月せんせーにそう教わってないのー?」
背を向けて、壁に頭を預ける俺に、原因を作った当人は無慈悲な言葉を浴びせてくる。
香月センセはセンセで、
「まあ、そのレベルの教育は初等教育ですからね。私の担当ではありませんけど」
なんて、のほほんと笑っているし。
何だか頭痛がしてきたが、このままこうしてても話が進まないのは事実だった。
意を決して振り返ると、並んでこっちを見る二人の美女が眼に映る。
普通の男であったなら、すわ美の女神の共演かと思わせかねない取り合わせだが、俺にとっては地獄の女帝の狂宴である。
「……あんたらそーやって、当人の与り知らぬところで俺を笑い物にしてやがったのか」
恨めしそうに言ってやると、さすがの優さんも少しだけ焦ったような声を上げた。
「ええっ? 笑い物になんかしてないよぉ、たっくんが如何に良い子か、如何に可愛い子かって話しかしてないもんっ」
「――もっと嫌だわぼけぇっ!」
「え~ん、たっくんが怒鳴ったあ~」
なんて、思わず怒声を上げた俺に、優さんは見え透いた泣き真似などしつつ、傍らの香月センセに身を寄せる。
「はいはい、大丈夫だから泣かないの、ゆうちゃんは強い子でしょ」
と、幼い子供をあやすように優さんの頭を撫でてやるセンセ。
……そんな二人を見ていると、まあ確かに、いい友達なんだろうなあ、なんて思う。
まあ、取り敢えず。二人のことはこれからゆっくり聞かせて貰うとして、だ。
……聞くまでもなく、一つ、無視できない現実が確定してしまったわけだ。
優さん、香月センセ――そして、ひなた。図らずも今日、この死のトライアングルが形成されてしまった――むしろ、俺の知らないところではとっくに完成していたのだ、境守起陽包囲網が。
……この先のことを考えるだけで、頭が痛くなってくる。
――だから嫌だったんだ。しがらみ背負って生きるってのは。
【つづく】