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《色移ろふは花とヒト》

[4-4]


 おそらく、勘違いさせてしまっているだろうことは薄々分かっていた。

 本当の自分をさらけ出すことを極度に恐れる彼女が、精一杯の勇気で着飾ったであろうその衣装。自らが最も愛らしいと思うその装飾。

 それが誰のためであったのか、分からないほど俺は鈍くない。鈍くない……つもりだ。


 けれど、いざ連れ出されたその場所は、きっと彼女が期待していたようなところではなかったろう。

 変な期待をさせてしまったのは俺の責任かも知れない。だけど、内緒にしておきたかったのだ。内緒にしておいたほうが面白い、と誰かが言ったから。変に誤解を解こうとすれば、ボロを出してしまいそうで怖かった。

 ……いや、それも言い訳か。どんな責め苦も後で甘んじて受けよう。

 ――だけど、今は。


「……何だ、これは」

 最初の言葉は、そんなもの。彼女――逢花は、その場所をじっと見つめたまま、微動だにしなかった。

 彼女の眼の前、すぐ眼下には、煉瓦で囲っただけの粗末な花壇があった。

 ――俺達の作った、花壇。


「花壇に見えね? いまいち見栄えはよくねーけどさ」

「そういうことを言ってるんじゃないっ」

 軽く戯けてみた俺に、逢花は微かに声を荒げた。

「……何でこんなところに、私を連れてきた」

 こんなところ、とは、即ち病院である。もちろん、優さんや遥花は現在進行形で入院中であるし、ついでに言えば、ひなたも交えた三人で、今も少し離れたところでことの成り行きを見守っている。


「……俺には、こんなところしか思いつかなかったんだ」

 逢花の小さな背中が震えてるような気がして、俺は戯けるのをやめた。

「消毒液臭いところは……嫌だったかな」

 少し前の自分を思い出しての、その言葉。

 だけど、その言葉はどうやら的外れだったらしい。

 逢花はふいにくるりと振り返ると、怒ったように唇を真一文字に結んだまま、俺の横を通り過ぎた。


「おっ、おい逢花っ……!?」

 慌てて振り返り、呼び止める。

 逢花はさして逆らわず足を止めた。

「……わざわざこんな格好をして……馬鹿みたいではないか、私は」

 そう、低い声音で漏らす。

 ……まあ、当然か。危惧していた通りの展開。

 勿論、当然なのは、俺が責められることも含めて。ひっぱたかれても仕方ない。女に恥をかかせたのだ、どんな責め苦も受け入れる覚悟は疾うにしている。そう言ったろう?

 だけど、背を向けられてしまうのだけは困るのだ。


「誤解させちまったのは悪かった、それは謝る。なんなら思い切りひっぱたいてくれてもいい。けど、俺もあのまじゃ治まりがつかなかったっつーか……いや、俺の単なる我が侭っていやそうなんだが――」

「…………」

 何とか逢花を引き留めようとする俺。だが、逢花は何も応えない。

 諦めず、俺は続けた。

「その、お前の気持ちも分かる。けど――あの花壇、俺独りで作ったわけじゃねえんだ。色んなヒトに迷惑かけて、色んなヒトに助けて貰って……そのヒト達の気持ちが、土ん中に入ってる。……ような気がする。

 ……あー、何か上手く言えねえけど――あの花壇にだけは、背中向けてほしくないんだ。俺のことはひっぱたいてくれていい。罵ってくれていい。女心の分からないサイテー野郎だっつってくれて構わねえよ。

 ……二度と顔見せんなってんなら、そうする。だから――」


「境守」

 みっともなく、べらべらと独り続ける俺を、ふいな逢花の声が遮った。

「眼を閉じて歯を食いしばれ」

 一も二もなく、その言葉に俺は従った。拒む権利などあるはずもない。

 そうして、待った。強烈な一撃がお見舞いされるのを。血ヘド吐いて歯が5、6本吹っ飛ぶ画まで想像していた。……小柄な女相手にする想像では無かったかも知れないが。


 ……しかし、俺の頬を打ったのは、そんな憎しみの籠もった一撃ではなかった。

 ぺち。音にすればそんな感じ。両頬を挟まれるように、軽い衝撃。

 眼を開けてみれば、俺の頬に両手を伸ばしながら、こちらをじっと見上げる逢花の顔があった。怒っているのか、悲しんでいるのか……よく分からない表情だった。

「逢花……?」

 戸惑う俺に、逢花は僅かばかり瞳を潤ませて言った。

「お前は、馬鹿だ。……私は、もう、諦めるつもりだったのだぞ。今日、お前とデートして、一日せいいっっぱい楽しんで、それで……もう。なのにこんなことをされては……諦め、きれない。忘れられない……では、ないかっ……」


「おう……か……?」

 ふいなことに言葉の意味を計り兼ねた。間抜けに名を呼ぶことしかできない。

 そんな俺に、逢花は――

「境守の……境守の――ばかっ!」

 言うや、またもくるりと俺に背を向けて、しかし今度は、先ほどとは違い脱兎の如く全速力で駆け出した。


「ちょっ、おまっ――おいっ、逢花っ!?」

 慌てて声を上げると、逢花は少し離れた場所で振り返った。

「分かってる! お前の――お前と私の花壇に背を向けるつもりはない! しかし、そのままではあまりにも寂しいだろう! 家から幾らか見繕ってくる!」

 確かに、俺が――俺達が用意したのは、言うなれば入れ物だけだ。逢花の言うことももっともではある。……まあ、実際は、学校から拾ってきたシロツメクサが一輪、申し訳程度に植わっていたりはするのだが。


「それに、土いじりをする格好ではないのでな! ついでに着替えてくる! お前はここで、大人しく待っていろ! ――いいか、独りでいなくなったりするのではないぞ! 責任は、しっかり取って貰うからなっ!」

 びし! っと指を突きつけて言うと、逢花は再び背を向け――ようとして、ふいにまた俺を見た。

 きょとんとする俺に、逢花は――

「境守の……ばーかっ♪」

 そう言って、今度こそ、まっすぐに駆けだした。最後に見た顔には、真夏のひまわりも真っ青の、満開の笑みが広がっていた。


          ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 随分と、俺らしくないことをしてしまったと思う。

 街の馬鹿共から、泣く子も黙る境守起陽と恐れられるこのオレサマが、何と言う体たらく。『泣く子も笑う境守起陽』では、カッコがつかねえもいいとこだ。

 後になってそうぼやいたら、今回のきっかけを俺に与えたあのヒトは言った。



――花もヒトも、時と共に色を変えていくものだから。



 自分が今、どんな色になっているのかなんて分からなかったし、この先どんな色になっていくのかなんて、それこそ見当もつかねえ。

 けど、まあ。出来れば少しくらいは見られる色になってくれればな、なんて思う。

 ……ほんと、俺らしくもなかったけど。


 色は、時と共に移ろい行く。

 それは不確かで、予測不能で、不安ばかりのものだ。

 けれど今は、その変化に身を任せてもいい。……身を任せていたい、と。


 ――心のどこかで、俺はそう思っていた。




【朱色優陽2《色移ろうは花とヒト》終】

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