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《色移ろふは花とヒト》

[4-3]


 新しい花壇が用意されなかったのは、すでに園芸部の廃部が決まっていたからに他ならない。予期せぬ野球部の活躍で頭の沸いていたうちの校長でなくとも、来期から面倒を見る者が存在しない花壇をわざわざ新たに作ったりはしなかったろう。

 だから、それはもう仕方のないことだ。場所があろうとなかろうと、学校には『園芸部の花壇』が作られることはないし、作ることも出来ない。

 だから――俺には、そこくらいしか当てがなかったわけで。


「と言うわけでだ、どうしたらいい?」

「何が『どうしたらいい?』なのか全く分からないけど、何となく分かったよ」

 突然切り出した俺に、優さんは揺らがぬ笑みのまま言った。……マジでか。言った俺の方が驚きである。

「……あたしには何が何だか分からないんですけど」

 と、俺の背後で渋い顔をするのは、ひなたである。こちらの反応の方がもっともだ。特にこいつは、事情も話さず無理矢理ここまで引っ張ってきたのだから、機嫌が悪くて当然だった。


 病院である。加えて言えば、他でもない優さんの病室である。

 ――俺の『当て』とは、つまり、この場所だった。


「って、ほんとに分かったのかよ?」

 念のため問い直すと、優さんはこくりと頷いた。

「花壇のことでしょう? たっくんがこんなに真剣な顔をすることなんて、今はそれしかないもんね」

 何だか見透かされたようで気恥ずかしかったが、今はそれが有り難かった。

 しかし、単に意志が通じることと、答えを貰うことはまた別である。

「……具体的に、誰に頭を下げれば許可が貰える?」

 俺の発言に、背後で愕然としたような大仰な気配を感じたが、まあ、無理もない。こんな言葉を吐くなんざ、俺自身が一番信じられないんだから。


 優さんは優さんで、何が楽しいのだか、ニコニコと笑っている。

「……大丈夫だよ」

 優しい声で、優さんは言った。

「ちょっと待ってね」

 そうして、おもむろに傍らのナースコールを手に取った。

 間もなく、天井のスピーカーからナースの声が聞こえてくる。


《はい、どうされました?》

「草壁さん呼んで下さーいっ♪」

 と。……いきなりナースコールで指名を入れる患者など初めて見たわけだが。

 更に言えば――

《……はい》

「すぐ来てー♪」

 臆面もなくそんなことを言ってのける奴も初めてだったのだが。


 だが、その『草壁サン』とやらは次の瞬間、何も言わずに通話を切った。……姿は見えないのに怒気を感じたのは気のせいだろうか。

 ……結論から言えば、気のせいではなかった。

「――だからっ! ナースコールを使ってヒトを呼び出すのやめなさいって言ってるでしょーがっ! あたし達はあんたと違って忙しいのよっっっ!」

 そんな怒声とともに、そのナースは病室に飛び込んできた。この病室が個室であるとは言え、随分とけったいな看護婦さんである。

 一方の優さんはと言えば、

「いやーん、怒っちゃやーよー、さっちゃんてばー」

 なんて。


 見たところ、二人の年はそう変わらないように見える。と言うか、そのやり取りを見るに、年も近ければ、関係も単なるナースと患者のそれではなさそうだった。

「さっちゃん言うなっ! まったく、あんたって子はっ! あんまりヒトに迷惑かけるようなら、病院追い出すわよ!? ――てか、いい加減考え直して出て行きなさい!」

 どうやら、かなりお冠のようである。無理もないが。

 しかし分からないのは、何故、優さんが彼女をこの場に呼んだのか、だ。

 疑問が顔に出ていたのか、優さんは軽く苦笑して、改めた。


「ごめんね、さっちゃん。その話はまた今度――今はそれよりも、ね?」

 促されて、草壁サンは俺の方を見た。

 そうして、ふいに合点がいったように笑った。優さんによく似た、無意識にヒトを元気にさせる、明るい笑顔だった。

「キミが境守クンね、優から聞いてるわ。あたしは草壁くさかべ 幸子さちこ。よろしくね」

「はあ……」

 状況が飲み込めず、気の抜けた返事しか出てこなかった。


 だが、次の彼女の言葉で、全てを理解した。

「花壇の件だけど、院長と婦長に話は通しておいたわ。中庭の一角を使ってもいいことになったから。がんばって?」

 言って、軽くウインクなどして見せる。

 ――そうか。全ては、優さんがお膳立てしたことなのだ。

 俺は。

「……あ――あっ、ありがとう、ございますっ……!」

 無意識に、頭を下げていた。草壁さんと――優さんに。……まったくもって、俺らしくもないが。

 ひなたは言わずもがな、さすがに優さんも、少しだけ驚いたようだった。


 ともかくも、これで最大の問題は解決した。あと必要なことは、あいつのお袋さんに頼んで必要な物を揃えることと……器具類は、学校から失敬してくればいいか。ことがことだ、香月センセも協力してくれるだろう。

 となると、あとは――


「……なあ、ひなた」

 少し考えてから、俺は背後の幼なじみを振り返った。

 状況の飲み込めていないひなたは、眼を丸くしている。

 意を決して、俺は告げた。

「俺は……馬鹿だし、ヒトを傷つけるしか能のない、そんな奴だから――……その、さ。お前が……手伝って、くれないか。めんどくせえことに巻き込んで悪ぃけど……俺一人じゃ、ろくなことできねえって身にしみてるから――……ひなた。俺を、助けてくれ」

 正直、迷いながら必死に紡いだ言葉。歯切れも悪く、何が言いたいのかもよく分からなかったかも知れない。

 けれど、ひなたはそんな格好悪い俺を笑いもせずに、ただ一度、こくりと頷いてくれた。


 ――どこか嬉しそうに、笑いながら。




【つづく】

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