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《色移ろふは花とヒト》

[4-2]


 泣いてる女ってな、見ていて気分のいいもんじゃない。それが肉親や、それに近しい相手だったりすると、それこそ堪ったもんじゃねえ。その上、原因が自分にあったりした日には――考えたくもないな。

 ……まあ、そのいずれでなくても、嫌なもんは嫌なんだが。女の涙ってのは、さ。


 無遠慮に俺の胸に乗っかったそいつが泣き止むのに、どれだけの時間が掛かったのか、正確な時間は分からない。ただ、俺の胸にけして小さくはない染みが出来るのには十分な時間だった。

「……落ち着いたかよ?」

 嗚咽が聞こえなくなったのを確認して、俺は嘆息混じりに問うた。

 逢花は気恥ずかしいのか、声は出さず、僅かに身じろぎしただけだった。


「……この状態じゃ、頷いたって分かんねーよ?」

 分かっていながら、意地悪く言う俺。

「……分かってるくせに、そーゆーことゆうな」

 逢花は拗ねたように言って、けれど、やはり俺の胸から身を起こそうとはしなかった。


 潔く諦めて、俺は嘆息した。

 そうして、改める。

「……なあ逢花。一つ、聞いていいか?」

「? ……何だ、改まって」

 胸の上の小さな重みが、怪訝そうに軽く揺れた。


 拒絶の意図はないと理解して、俺は続けた。

「何で俺なんかに、あの花壇を見せようと思った?」

 逢花は少しだけ迷ったように沈黙して、

「……お前に見せたかったから。それでは理由にならないか?」

 そんな風に嘯いた。

 そうか。逢花はまだ、俺が「忘れたまま」だと思っているのか。


「……聞き方が悪かった」

 俺はじっと天井を見つめたまま、改めて告げた。

「花壇を見せるだけなら、今まで幾らでも時間はあったろ。こんな切羽詰まった時期でなくても――それこそ、丸一年。……お前と俺が出会ってからの、一年」

「……覚えていたのか」

 喜んでいるのか、困っているのか、分からないような複雑そうな声だった。……あるいは、思い出してほしくなどなかったのか。


「……今だからこそ、さ」

 僅かに黙してから、逢花は観念したように告げた。

「こんな切羽詰まった時期だからこそ、私は動くことが出来た。それも、香月先生の助けを借りて、やっとな。そうでなければ……情けない意気地なしの私は、お前の前に立つことすら出来なかった」

 ……ヒトに否定されることを恐れ、自らを偽り続けた少女。それを、ふと思い出した。


「…………」

 かける言葉が見つからない。

 けれど、俺の言葉など無用とばかり、逢花は明るい声で続けた。

「それに、これくらいの時間が必要でもあったのさ。私の花壇を、ちゃんとお前に見せるためには――……お前が守ってくれたものを、正しくお前に伝えるためには」

 俺が守ったもの。……その儚くも、尊い姿が脳裏に浮かぶ。

 胸の中の小さな温もりを、何より尊く思う。


 しかし、だからこそ、いつまでもその尊さに酔いしれているわけにもいかない。

「……逢花」

 華奢な肩を掴み、身を起こすように促す。

 彼女は嫌がるように身を固くした。

「……やはり、私ではだめか……?」

 子供のようにおびえた声。

「そうじゃ、ないけどな」

 口を衝いて出たその言葉が、どれだけ本気だったのかは分からない。ただ確かなのは、彼女を拒絶する気持ちなどは、欠片ほどもなかったと言うこと。


 それでも離れるように促したのは――

「……さっきから、ドアの外でヒトの気配がするんだよな」

 まあ、そう言うことだ。

 途端、逢花は弾かれたように俺の胸から身を起こすと、真っ赤な顔で、怒った小動物のようにドアへと向かった。


 やがて聞こえてくる、母子の声。取り繕うことなく、感情のままに言葉をぶつけ合える家族。それは、幸福の象徴だ。

 そんな光景を背に、俺はやれやれと息をついた。

 ひとまず、俺が今ここでやれることはやった。一時とはいえ、この愛すべき親子に笑顔を取り戻すことは出来たのだ。

 けれど、これで終わりじゃない。俺がやるべきことはもっと別にある。途中で投げ出したりしてはだめなんだ。

 だってそうだろ? 俺は一度、守ろうとしちまった。男が一度守ろうと決めたのなら、最後まで守り通さなきゃ嘘だ。


 俺は、俺の大事なもんを守る。もう間違わない。


 ――あのヒトも、それを望んでいる気がするから。




【つづく】

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