《色移ろふは花とヒト》
[3-4]
俺は……無力だ。金もなければ、社会的な力も、何も持ち得ていない。
何より、ガキだ。自分で自分が嫌になるくらい、俺はガキなんだ。どうにもならないことに喚き散らし、腕を振り回すことしかできない、我が儘で格好悪いただのガキ。
……だから。俺が、誰かにしてやれることなんて何もない。……そんなこと、嫌と言うほど思い知らされている。
それは仕方のないことなんだろう。誰も――逢花も、優さんも、俺に何かを求めたりなんかしない。無力な俺を、責めたりはしない。つまりは、そう言うことなのだ。
それは、彼女たちの優しさなのだろう。事実、許されることの安らぎを、俺は感じている。それ以上に耐え難い歯痒さを感じたとしても、それは事実なのだ。
結局の所、俺みたいなガキは、その歯痒い安らぎに身を任せるしかないのだ。それ以外には何もできないし、無理をすれば、無茶をすれば、空回りして、全てを、大切なモノ全てを、無惨にぶちこわしてしまうだけなのだ。
――今は、その子の傍に居てあげて。たっくんが居てあげなきゃ、だめだよ。
そう言った、優さんの言葉がよみがえる。
そうなのだ。俺には、それしかできることなどない。彼女を救ってやろうだなんて……烏滸がましいことを考えてはだめなのだ。
そもそも、俺が特別やらなきゃならないことなんてなかった。花壇が無くなると言っても、そこにある花までも無くなるわけじゃない。工事が始まる前までに、然るべき場所に植え替えれば良いだけのこと。
幸い、逢花の家はその筋の専門家だ。素人の俺が危惧すべきことなど何もない。
……その、はずだったんだ。
俺の感じていた不安は、あくまでも子供染みた無力感故のものであって、何もそんなことを予測していた訳じゃない。……けれど、もしかしたら、こんなことが起こることをこそ、俺は危惧していたのか。
俺が、もう幾度目かの訪問をした朝。
そこに、色取り取りに咲き誇る花々の姿はなかった。
あったのは、無惨に斃れる花々と、踏み荒らされた花壇の姿。
何があったのかなんて、考えるまでもなかった。誰の仕業であるのかだって。
身体の中の血が全て熱湯になった様な感覚を覚える。それは、怒り、憎悪――殺意。
けれど、それすらも凌駕するやり切れなさがココロを締め付ける。傍らに転がった、手提げ袋を見てしまったから。ここ数日で、すっかり見慣れたものだ。いつも、彼女はこれを片手に通っていたのだ――大切な花たちのために。
この惨状を目の当たりにして、彼女はどんな感情を抱いたのか。……そんなもの、俺如きには分からない。分かるなどと、軽々しく言ってはならない。
それでも、胸をきつく締め付ける、どす黒い吐き気のようなものを俺は感じていた。吐き出すことのできない黒い固まりが、胸の奥につかえているのだ。
……いいや。吐き出すことは、できる。彼女には無理でも、俺にはできる。きっと、多分、それは俺にしかできないこと。俺が唯一できること。……いつかと同じ答え。
だが。俺の足は動かない。すぐにでも駆け出してしまいそうなほど、全身の血は煮えたぎっているというのに。ようやく与えられた役目だというのに。
俺が今、すべきことは何か? できることは何か?
自問して、自問して。
俺は、彼女の手提げ袋を拾い上げる。
軽く埃を払ってやって――……俺は、花壇に背を向けた。
向かう先に怒りはない。憎悪も、殺意もない。
――今は、その子の傍に居てあげて。たっくんが居てあげなきゃ、だめだよ。
胸に湧くのは、ただ、その言葉。
【つづく】