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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第一章 辺境の街モーリス

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鍛冶屋の看板娘と新たな旅路

 赤褐色の魔獣の波が押し寄せたモーリスの街外れは、一夜明けて凄惨な光景が広がっていた。


 無数のサラマンドロスが、マリエルの生み出した「呪詛の武器」によって内側から崩壊し、ドロドロの粘液と化して大地を黒く染め上げている。


 鼻をつく強烈な腐臭と、魔獣の残骸から立ち上る微かな黒い煙。

 事後処理に駆り出された冒険者や自警団の兵士たちは、布で口と鼻を覆いながら、信じられないものを見るような目でその惨状を片付けていた。


 街の防衛線が突破される寸前という絶望的な状況をひっくり返したのは、間違いなくあのドワーフの鍛冶屋が持ち込んだ不気味な武器の束だ。


 かすり傷一つで魔獣の驚異的な再生能力を封じ殺す、特級の呪物。

 結果として街は救われ、人的被害も最小限に食い止められたが、冒険者たちの心に刻まれたのは安堵よりも、あの武器に込められた底知れぬ怨念への畏怖であった。


 そして、この前代未聞の事態の引き金となった山間の沼地での魔石採掘事業は、当然のことながら白紙撤回となる。


 事の元凶であるベイナード子爵家の息子、アルナック。

 彼は領主である父親の許可も得ず、己の遊興費と着飾るための資金欲しさに冒険者を雇い、軽率にも沼地の底を刺激して魔獣の群れを暴走させたのだ。


 激怒した領主ベイナード子爵の雷が落ちたのは言うまでもない。

 アルナックは厳重な謹慎処分を受け、今後一切の勝手な依頼や外出を禁じられ、領主の厳しい監視下に置かれることとなった。


「ふふっ……俺の天使よ」などと甘い言葉を囁きながら店に現れたあのキザな男が、今頃は屋敷の一室で父親の怒声に震え上がっているかと思うと、マリエルとしては少しばかり胸のすく思いであった。

 面倒な客が一人減ったのは、鍛冶屋の店番としても清々しいことこの上ない。


 だが、事態は「めでたしめでたし」で終わるほど単純ではなかった。



 ◆◆◆◆



 数日後の午後。


 モーリスの街の中心にそびえ立つ、堅牢な石造りの領主館。

 その奥にある豪奢な応接室に、バーバラとマリエルは呼び出されていた。


 ふかふかとした真紅の絨毯が足音を吸い込み、壁には先祖代々の肖像画や風景画が飾られている。

 部屋の空気は重く、窓から差し込む陽光さえもどこか緊張感を帯びているように感じられた。


 上座の大きなソファに深く腰を下ろしているのは、この街を治めるベイナード子爵その人である。

 白髪交じりの髪を後ろで撫でつけ、刻まれた深い皺が厳しい表情を作っている。

 ドラ息子のアルナックとは似ても似つかない、理知的で威厳に満ちた初老の男だ。


 ベイナード子爵は、テーブルの上に置かれた『それ』を鋭い眼光で見据えながら、低く重い声で問いかけた。


「……それで、これが件の呪いの武器というわけか」


「は、はい」


 普段は豪快なバーバラも、領主の威圧感を前にして額に冷や汗を浮かべて答える。


 テーブルの上には、厳重に何重にも布で巻かれた一本の剣が置かれていた。

 マリエルが鍜治場で憎悪を叩き込んで作り上げた、あの裏在庫の一つだ。


「し、子爵様。危険ですので、決して直接刃には触れないでくださいね」


「わかっておる」


 子爵は腕を組み、深くため息をついた。


「魔獣の討伐報告と共に提出されたこの剣を、お抱えの魔術師に見せた。……結果は、鑑定した魔術師が恐怖で数日寝込むほどの凄まじい呪詛が込められているとのことだった」


 子爵の厳しい視線が、バーバラの隣で殊勝に俯いているマリエルに向けられる。


「しかし、これほど殺傷能力の高い、危険極まりない呪物を安易に作り出し、あろうことか街の鍛冶屋に秘匿しているというのは……領主として非常に困るな」


「返す言葉もございません……」


「ごめんなさい」


 バーバラが深く頭を下げ、マリエルもバーバラに合わせて小さく頭を下げる。

 武器屋として、管理しきれない危険物を抱え込んでいた責任は免れない。


「……まあよい」


 子爵は再びため息をつき、組んでいた腕を解いた。


「よくはないが、初めから街に害をなす悪意があって作成されたわけではないのだろう。それに愚息の不始末で防衛線が崩壊しかけたあの状況下において、この武器がなければ街に多大な犠牲が出ていたのは事実だ。結果として多くの人命が守られた以上、今回の件は不問として、よしとする」


 その言葉にバーバラはホッと胸を撫で下ろした。

 最悪の場合、危険物製造の罪で投獄されることも覚悟していたのだ。


 だが、子爵の言葉はそこで終わらなかった。

 彼の視線はマリエルに真っ直ぐに固定されている。


「マリエルと言ったな。そなたはこれからどうするのだ?」


「……どうする、ですか?」


 マリエルは顔を上げ、きょとんとした表情を作って聞き返す。

 鍛冶屋の店番を続けるつもりだったが、何か問題があるのだろうか。


「そなたは自分の持つ力の異常性を理解していないようだな」


 子爵はテーブルの上の剣を指差す。


「無意識の感情の昂りだけで術式もなしに金属の分子構造を変容させ、これほどの呪物を生み出してしまう魔力。……はっきり言って、そなたは歩く災害に等しい」


 その指摘は的を射ていた。


 元神人であるマリエルの魔力密度は下界の人間とは根本的に異なっている。


 放出器官を奪われて出力こそ落ちているものの、その内側に秘められたエネルギーの総量は依然として規格外なのだ。

 それが怒りや憎悪という方向性を持った時、周囲の物質に致命的な影響を与えてしまう。


「そのような予測不能な魔力の持ち主を、このまま何の対策もなく野放しにしておくことは領主として無理だ」


「……では、私をこの街から追い出すということですか」


 マリエルの声から温度が消える。


 まただ。

 また、自分は危険な異物として居場所を奪われ、追い出されるのか。


「違う。追い出すのではない。選択肢を与えようと言っているのだ」


 子爵は真剣な眼差しでマリエルを見据え、二つの道を提示した。


「一つ。国が管理する専門の機関に行き、そなたの魔力を完全に封印、あるいは消去する処置を受けること。そうすれば二度とこのような危険なものは作成できなくなり、普通の人間として平穏に暮らすことができるだろう」


「……ッ」


 マリエルの背筋が凍りついた。


 魔力の完全封印。消去。

 それは神界でユーバフたちに『天輪』と『光翼』を引き剥がされたあの瞬間の、魂をえぐられるような喪失感と激痛のフラッシュバックを呼び起こす。


「……もう一つの選択肢は?」


 マリエルは湧き上がる拒絶感を必死に抑え込み、努めて冷静な声で尋ねた。


「もう一つは、王都にある『魔法学園』へ行くことだ」


「魔法学園……」


「そうだ。そなたの魔力は極めて特異で強大だ。その力を制御する手段を専門的な環境で学び、正しい使い道を模索する。無意識に漏れ出す魔力をコントロールできるようになれば不本意な呪物を生み出すこともなくなるだろう」


 子爵は顎をさすりながら、少しだけ声のトーンを柔らかくした。


「私としては、できれば学園で学び、その力を国や人々の何かの役に立ててもらいたいところだな。強大な魔力の持ち主は、それだけで貴重なのだ。よほど危険な性質や悪意を持つ者ならともかく、基本的にはその才能を役立てる方向へ導くのが望ましいと考えている」


 それは領主としての、そして大人としての若き才能に対する真っ当な配慮である。


「王都、ですか……」


 マリエルは呟く。


「王都に拒否感は無いのだろう?」


「まあ……ありませんね」


 そもそも王都に行ったことすらないのだ。

 このモーリスの街の周辺しか、下界の地理を知らない。


 魔力封印という最悪の選択肢を避けるためには学園に行くしかないのは明白だ。

 だが、見知らぬ土地の、見知らぬ人間たちが集まる学園という閉鎖環境に飛び込むことには少なからず抵抗があった。

 神界での集団生活の記憶が、どうしても足枷となる。


 いまいち踏ん切りがつかず、沈黙してしまうマリエルの様子を見て、子爵が少しだけ口元を緩めて補足する。


「王都は面白いぞ。辺境のこの街とは比べ物にならないほど広く、活気がある。魔法学園だけでなく、壮麗な王城や、日夜様々な演目が催される大劇場、そして何より――大教会もある」


「大教会?」


 マリエルがピクリと反応した。


「ん? ああ。天上の神々を信仰する、この国の宗教の総本山だな。壮大なステンドグラスと高い尖塔を持つ、美しい建築物だ。……まあ、最近は人々の信仰心も薄れ、少々勢いを失っているようだが」


 子爵は少し残念そうに付け加えるが、マリエルにとって後半の言葉はどうでもよかった。


(天上の神々を信仰する、宗教の総本山……)


 マリエルの脳内で、思考が高速で回転し始める。


 下界の人間たちが神界に祈りを捧げる場所。

 もしかすると、そこには神界と下界を繋ぐ何らかの儀式や、失われた通信手段、あるいは神界に関する古い文献や知識が眠っているのではないか。


(大教会に行けば、神界に行く方法が見つかる……?)


 現状、この辺境の街でいくら鉄に呪詛を叩き込んだところで、遥か上空の神界にいるユーバフやアミアンたちに一矢報いることはできない。

 復讐を果たすためには、まず奴らのいる場所に辿り着かなければ話にならないのだ。


 少なくとも、このまま鍛冶屋で燻っているよりは王都の大教会に潜り込む方が、遥かに「芽」がある。


 マリエルの瞳の奥で、復讐という明確な目標に向けた暗い炎が確かな熱を持って燃え上がった。


「……わかりました」


 マリエルは顔を上げ、今度は営業用ではない自らの意志を持った真っ直ぐな瞳で子爵を見据えた。


「学園へ行く方向で、お願いします」


「おお、そうか。それは助かる」


 子爵はホッとしたように表情を崩し、深く頷いた。

 有望な若者が道を外さず、正道に進むことを選んでくれたことに安堵しているのだ。


「では、私が責任を持って魔法学園の学園長宛てに推薦状を書こう。私の口利きがあれば、時期外れであっても編入扱いでの入学が可能になるはずだ。準備が整い次第、王都へ向かう手配をさせよう」


「ありがとうございます。ベイナード子爵様」


 マリエルは優雅に、まるで貴族の令嬢のように美しい所作で一礼した。

 その頭の中で渦巻いているのが、神界への逆襲という物騒極まりない計画であることなど、子爵は知る由もない。



 ◆◆◆◆



 それから数日後。

 マリエルが王都へ向けて旅立つ日の朝。


 鍛冶屋『スーパーアックスボンバー』の店先には、いつもの埃っぽい風と共に、どこか少しだけ寂しげな空気が漂っていた。

 マリエルは少ない荷物を詰めたトランクを手に、店の入り口でバーバラと向かい合っている。


「一ヶ月と少しの短い間でしたが、本当にお世話になりました。バーバラさん」


 マリエルが深く頭を下げる。


 偽りのない、心からの感謝だ。

 行き倒れ同然だった自分を拾い、温かい食事と風呂を与え、居場所を作ってくれた。

 彼女の豪快で裏表のない優しさがなければ、マリエルは憎悪に飲まれて本当に狂ってしまっていたかもしれない。


「寂しくなるねえ……。あんたがいなくなると、またこの店もむさ苦しくなっちまうよ。王都の学園に行っても元気でおやりよ」


 バーバラは少しだけ目を赤くしながら、分厚い手でマリエルの肩をポンポンと叩く。


 その時、店の周囲に集まっていた男たちの群れから悲痛な叫び声が上がった。


「うおおおおおん! マリエルちゃぁぁぁん!!」


「行かないでくれええええ!!」


 集まっているのはマリエル目当てに足繁く店に通っていた冒険者や傭兵たちだ。

 彼らはマリエルの旅立ちを聞きつけ、見送りに集まってきたのである。


「またこの鍛冶屋の店員が、ドワーフのおばさんだけになっちまうのか……」


「俺たちの荒んだ日常を癒やしてくれた、一輪の花が……」


「おばさんじゃ、店にいても全然楽しくねえよおおお……」


 むさ苦しい男たちが、ボロボロと涙を流しながら嘆き悲しんでいる。

 その言葉の数々にバーバラの額にピキピキと青筋が浮かんだ。


「誰がおばさんだ! ぶっ飛ばすよ!!」


 バーバラが愛用の大槌を振り上げ、轟音と共に地面を叩きつける。


 地響きとドワーフの怒声に、冒険者たちは「ヒィッ!」と悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように後ずさった。

 相変わらずの光景にマリエルは思わずクスリと笑みをこぼす。


「まったく、どいつもこいつも……。ともあれ、だ」


 バーバラはハンマーを下ろし、再びマリエルに向き直った。

 その顔には先ほどの怒りとは違う、まるで母親のような温かい眼差しが浮かんでいる。


「学園から出たら、いや、休みの日でもいい。いつでも一度、帰っておいでよ」


「……え」


 マリエルは目を瞬かせた。


「帰って、きていいんですか」


「当たり前だろ。見ず知らずのあんたを拾ったんだから最後まで面倒見るさ。あんたが使ってたあの部屋はそのままにしておくからね」


 バーバラは照れ隠しのように鼻の頭をこすり、周囲で様子を窺っている男たちを顎でしゃくった。


「それに、あんたがたまに顔を見せてくれないと、こいつら男連中もうるさいしねえ。売上にも響くってもんさ」


「バーバラさん……」


 マリエルの胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。


 神界では自分を気にかけてくれるのはフーラースだけだった。

 それ以外の者は皆、血筋や能力だけで他者を判断し、少しでも異物であれば容赦なく切り捨てる冷酷な世界。

 そこから追い出され、全てを失ったと思っていた。


 だが、この埃っぽくて騒がしくて、時折魔獣が襲ってくるような危険な辺境の街で。

 彼女は確かに自分を必要としてくれる人々と出会い、受け入れられていたのだ。


 彼女の背中の『光翼』の色を、あるいは彼女が作った呪いの武器の異常性を知ってもなおバーバラは彼女を恐れて拒絶するのではなく、学園への道を後押しし、帰る場所まで残してくれた。


(ああ……)


 マリエルは出て行く今になって初めて、このモーリスという土地を、そしてこの鍛冶屋を、自分の『第二の故郷』だと心から思えるようになっていた。

 復讐の炎とは全く別の、穏やかな光が彼女の心に灯る。


「はい!」


 マリエルは神界での作り笑いでも、営業用のスマイルでもない、心からの満面の笑顔を咲かせた。


「お休みができたら絶対に帰ってきますね! 皆さんも、お元気で!」


「おう! 待ってるぞマリエルちゃぁぁぁん!!」


「王都の都会の男に騙されんなよおお!!」


 冒険者たちが再び涙ながらに叫ぶ中、領主の館から手配された馬車がマリエルの前にゆっくりと到着した。


 マリエルはトランクを持って馬車に乗り込み、窓から顔を出す。


「――いってきます!」


 元気な声が朝の清々しい空気に響き渡る。

 馬車がゆっくりと動き出し、バーバラや冒険者たちの姿が少しずつ小さくなっていく。


 マリエルは彼らの姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。


 馬車は街道を進み、一路、王都へと向かう。


 彼女の胸の内に渦巻くのは神界への復讐の糸口を掴むという暗い野望と、新しい世界で自分の力を制御し、未来を切り拓くという前向きな希望。


 交錯する二つの思いを乗せて、少女を乗せた馬車は走り続ける。

 次なる舞台は、様々な才能と野望が交差する王都の魔法学園へ――。

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