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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第五章 学園祭

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水精姫と武器の処理

 翌朝。


 鍛冶屋『スーパーアックスボンバー』にて、客間として使われているこぢんまりとした部屋に、朝日が差し込んでいた。


「うーむ……頭が痛い……」


 備え付けのベッドの上でルカは顔をしかめながら重い頭を押さえていた。


 ドワーフ特製の火酒の威力を、彼は身をもって味わうこととなったのだ。

 普段は規則正しい生活と節制を心がけている彼にとって、これほどの二日酔いは初めての経験である。


「昨日、バーバラさんに酒を勧められてからの記憶が……全くない……」


 ズキズキと痛むこめかみを揉み解しながらルカは呻くように呟いた。


 断片的な映像すら残っていない。

 見事なまでの記憶の空白。

 昨日何があったのだろうかとルカは首を傾げた。


「ルカ君は、記憶が無くなるタイプかあ。お酒の席では気を付けないとねー」


 部屋の入り口に寄りかかり、セリアが楽しそうに笑いながら口を挟む。


 彼女は早起きして、すでに外で軽いランニングと素振りを終えてきたらしく、額には爽やかな汗が光っていた。


「どうやらそうらしいな……」


 ルカはベッドから身を起こし、深く息を吐き出す。


 貴族の付き合いにおいて酒の席での失態は致命傷になりかねない。

 今回は気心の知れた仲間たちの前だったから良いものの、これが公式な場であったらと思うと背筋が凍る。


「……俺は昨日、何か失礼なことをしなかっただろうか。暴れたり、暴言を吐いたり……」


「してないよー。暴れたりなんか全然。……ねえ、マリエル?」


 セリアの視線の先。

 部屋の隅に置かれた小さな木製の椅子の前で、マリエルが壁の方を向いて座っていた。

 彼女は背中を丸め、膝を抱え込むようにして小さくなっている。


「えっと、マリエル嬢?」


 ルカが声をかけるが、マリエルは振り返ろうとしない。

 ただ、その耳の先まで真っ赤に染まっているのが、ルカの位置からでもはっきりと見て取れた。


 彼女はぷくっと頬を膨らませ、明らかにへそを曲げている。

 壁に向かったまま、マリエルの口からポツリと拗ねたような声が漏れた。


「……知らない」


「え?」


「ルカ君なんて、知らない。あと私のいるところでお酒禁止」


 マリエルはさらに顔を真っ赤にしてギュッと身体を縮ませ、顔を背けてしまった。


「ええ!?」


 ルカは慌ててベッドから立ち上がり、セリアの方を振り返る。


 普段のマリエルはどれほど面倒なことが起きても、あんなに感情を露わにして拗ねるようなことはない。

 少なくとも彼が知る限りでは常に冷静か、あるいは少し呆れたような態度をとるのが常だ。

 それが、まるで怒った子猫のように顔を背けている。


 ルカの顔からサッと血の気が引いた。


「……俺は、何をしたんだ?」


「んー、そうだねえ。強いて言えば……」


 セリアが天井を見上げ、わざとらしく顎に指を当てて考える素振りを見せる。


「……恋人でもあんまりしないこと?」


「恋人でもあんまりしないこと!?」


 ルカの頭の中で、その言葉が強烈なエコーを伴って反響した。


 確かに人目のある場所――しかも友人とその知人の目の前で懸想する相手をがっちりと抱きしめ、エンドレスでスリスリと頬ずりを繰り返すなど分別のある大人の恋人同士でもそうそうやらない行為である。


 セリアの証言は的確であり、一切間違ってはいない。


 だが、記憶を失っているルカの脳内で、その言葉は最悪の方向へと変換されていった。


「待ってくれ! 昨日の俺は一体何をしたんだ!?」


 ルカはセリアにすがりつくようにして問い詰める。

 声が裏返り、彼らしからぬ狼狽ぶりだ。


「マリエルー? 昨日、ルカ君は何をしたんだっけー?」


 セリアはルカの質問には直接答えず、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべてマリエルの方へ話を振る。


「…………ッ!」


 マリエルは答えず、さらに顔を真っ赤にして膝の間に顔を埋めてうつむいてしまった。

 昨夜のあの尋常ではない密着と甘い言葉の数々、そして限界を突破した羞恥心を思い出して言葉にするのも恥ずかしいのだ。


 そのマリエルの様子を見て、ルカは茫然と立ち尽くす。


(なんだ!? 俺は一体何をやってしまったんだ!?)


 ルカの脳内でパニックに陥った思考が猛烈な勢いで空回りし始める。


(マリエル嬢があそこまで顔を赤くして、俺の顔を見ようともしない。セリア嬢が『恋人でもあんまりしないこと』と言うほどの行為……。まさか、いや、まさか……!)


 彼の頭に絶対にあり得ない、しかし状況証拠から導き出されてしまう最悪のシナリオが浮かび上がる。


(一線は越えてないよな!? いや、でもバーバラさんとセリア嬢が同じ部屋にいたんだもんな!? 流石の俺でも、いくら酔っていたとしても人前でそ、そそそそんな破廉恥な真似をするはずが……!)


 ただの頬ずりである。


 恋人ではない相手に人前で強引に抱き着いて頬ずりをする行為が「ただの」で済まされるかは疑問の余地があるが。

 少なくとも彼が今想像しているような法に触れるレベルの暴挙には及んでいない。


 だが、ルカの混乱はすでにピークに達しており、一人で勝手に罪悪感の底なし沼へと沈んでいく。


 そんな針のむしろのような空気が部屋に充満していた時、バーバラの太くよく通る声が掛けられた。


「おーい。ちょっと来てくれんかねー?」


「あ、はーい! 今行きます!」


 セリアが元気よく返事をし、マリエルもそそくさと立ち上がってルカの顔を見ないように早足で部屋を出ていく。


 取り残されたルカは重い足取りで二人の後を追いながら、心の中で「俺はどうやってお詫びをしなければならないのだろうか」と本気で思い悩んでいた。



 ◆◆◆◆



 三人が鍛冶屋の奥、バーバラの寝室兼、物置きとして使われている部屋へと向かうと、そこには腕を組んで待っている女ドワーフの姿があった。


「おはようさん。よく眠れたかい?」


 バーバラが挨拶を交わすが、すぐに彼女の視線は三人の微妙な立ち位置の違いに釘付けになった。


「……なんで、そんなに露骨に距離を取ってるんだい?」


 マリエルはバーバラの斜め後ろに隠れるように立ち、ルカは部屋の入り口付近で、この世の終わりのような顔をしてうなだれている。

 昨日までの微笑ましくも騒がしい距離感が嘘のようだ。


「まあ、ちょっと。色々とありまして……」


 マリエルが顔を赤くしたまま、もごもごと口ごもる。

 バーバラは詮索を諦め、部屋の隅に置かれた重厚な鉄の箱へと視線を向けた。


「まあいいや。それよりこれだよ」


「これ?」


 マリエルが箱を覗き込む。


 目の前にあるのは錠が幾重にも掛けられた頑丈な武具箱だ。

 だが、その箱の隙間からは、ただ事ではない気配が漏れ出している。


 陽炎のようにゆらゆらと揺れる、どす黒く不吉な靄。

 近づくだけで肌が粟立ち、部屋の空気が数度下がったかのような錯覚を覚える。


「これって……」


 セリアが眉をひそめ、一歩後ずさる。


 そしてバーバラが箱をコンコンと軽く叩いて言った。


「以前、マリエルちゃんが夜な夜な鍜治場でカンカンやって作った、裏在庫……『呪いの武器』さ」


「あ、やっぱり……」


 マリエルはバツが悪そうに視線を逸らす。


 あのサラマンドロスの群れが襲来した際に冒険者たちに配り、その後に回収したものだ。

 一本でも誰かに持ち去られると大事件になりかねないので、キッチリ数も確認済みである。


「あんたたち、魔法学園の生徒なんだろう? これ、どうにかできないもんかねえ」


 バーバラが困ったような顔で三人を見る。


「領主の旦那には不問にしてもらったとはいえ、こんな物騒な代物をいつまでも店に置いておくわけにもいかないからね」


「武具の処分、ですか……」


 セリアが腕を組み、うむむと唸る。


「うーん、学園でやってくれるかなあ。教師に相談すれば、危険物として引き取って浄化儀式くらいはしてくれるかもしれないけど……」


「一応持って帰ってみようか。ここにあるよりは魔法の知識が集まる学園の近くに置いておく方が、まだ安全かもしれないし」


 マリエルが提案し、そして。

 部屋の入り口でまだ落ち込んでいるルカの方をチラリと見た。


「ルカ君。これ『闇の収納術』に入れてくれる?」


 マリエルは、あえて少しだけ冷たい声を作って頼み事をする。

 昨夜の恨みを、ほんの少しだけ込めて。


「……これを俺の収納の中に入れるのか? ここからでも凄まじい呪詛を感じるんだが」


 ルカが箱を見て顔を引きつらせる。


 空間を切り取る魔法とはいえ、術者の魔力と繋がっている収納空間にこれほど強力な呪物を入れるのは心理的な抵抗が大きい。


 だが、マリエルが、じっとルカの目を見つめる。

 その瞳には有無を言わせぬ圧があった。


「入れてくれるよね?」


「…………はい」


 記憶を失い、自分がどんな大罪を犯したのかと怯えきっているルカにマリエルの要求を断る選択肢など残されていなかった。


 ルカは静かに右手をかざし、武具箱の足元に黒い闇の渦を発生させる。

 箱はゆっくりと闇の中に沈み込み、やがて空間の奥底へと飲み込まれて消え去った。


「おー、助かるよ。流石にこいつが盗まれたら一大事だからさあ。これでようやく枕を高くして眠れるよ」


 バーバラがホッと息を吐き出し、肩の荷が下りたような顔をする。


「よくこんな物騒なものを、寝室に置いておけましたね、コレ……」


「盗まれないようにするには、自分の目の届くところに置いておくのが一番確実だしねえ。それに慣れたらなんとかなるもんさ」


「慣れって凄いな……」


 セリアは彼女の胆力の太さに感心するしかなかったのだった――。

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