水精姫と真実の告白
大教会の厳かな門を抜け、王都の石畳の道を魔法学園へと向かって歩く三人。
夕暮れ時の街並みは、長く伸びた影と魔力灯の柔らかな光に包まれ、家路を急ぐ人々の生活の匂いに満ちていた。
「はー! 疲れたー!」
先頭を歩くセリアが大きく両腕を天に向かって伸ばし、肩の関節をコキコキと鳴らした。
巨大なゴーレムとの肉弾戦、そして教皇という雲の上の存在との対面。
肉体的にも精神的にもは怒涛の一日であった。
セリアが勢いよく振り返り、後ろを歩く二人に明るい声をかける。
「帰りにどこかで、美味しいものでも食べてく? 二人とも!」
「あ、ああ。そうだな……」
ルカの返事は、彼らしくないほどに歯切れが悪く、視線は宙を泳いでいる。
マリエルが横目で観察すると、ルカは顔を耳の先まで真っ赤に染め、さっきからマリエルに対して微妙に近づいたり離れたりを不自然に繰り返していた。
歩幅も合っておらず、何か言葉をかけようとしては飲み込み、また距離を空ける。
そんな姿を見てセリアはため息を吐いた。
(ルカ君相当テンパってるじゃん)
無理もない。
彼は研究所の実験場で、極限状態とはいえ「俺が好きなのはマリエル嬢だが」と、あろうことかストレートに告白してしまったのだ。
その上、直後に現れた教皇の口からマリエルが『神人』とかいう存在であると突きつけられたのである。
告白の気恥ずかしさと想い人が人間ではなさそうであるという事実の重さ。
その二つの情報の波状攻撃に処理能力が追いつかず、マリエルとの距離感を測りかねてショートしている状態なのだ。
セリアはそんな不審者さながらの挙動不審を繰り返すルカの様子を見て再び大げさにため息をついた。
そしてツカツカと彼の横に歩み寄るなり、その背中を容赦なくバンッ! と叩いた。
ルカが素っ頓狂な声を上げて前のめりになる。
「うおっ!?」
「ちょっとルカ君」
セリアがルカの服の袖を引き、マリエルから後ろに少しだけ距離を空けた位置で周囲に聞こえないように小声を潜める。
「……マリエルに、そんなよそよそしくしちゃダメでしょ? 変に意識しすぎ!」
二人はヒソヒソと内緒話の態勢に入っているが。
(……あの、丸聞こえなんですけど)
マリエルは前を向いて歩きながら内心で苦笑を漏らした。
二人のヒソヒソ話は声が大きく、普通に耳に届く音量だ。
「さっき大教会の控室でマリエルを待ってる間、二人で話してたでしょ?」
セリアの小声が、遠慮なくルカを責め立てる。
「マリエルの正体が神人とかいう存在であれ、今まで私たちにすごく優しくしてくれた事実は変わらないんだから、私たちだけは絶対にマリエルの味方でいようって! 秘密の同盟を結んだの、もう忘れたの?」
「わ、忘れていない! 決してそんなことはない!」
ルカも小声で必死に反論するが、焦りから声が少し裏返っている。
「ただ……その前に俺がうっかりやらかした……あの重大な事実の直後だからだな……どうしても、どう顔を合わせればいいのか……」
「いいじゃん、別に!」
セリアがルカの背中をさらに強く叩く。
「全面的にマリエルの味方になるってことでしょ? それとも何、今更あの告白を撤回するの? 『やっぱり人間じゃなかったんで、実は好きじゃありませんでした』って?」
「て、撤回などするものか!!」
ルカの小声が一瞬だけ本来の熱を帯びて大きくなった。
「ただマリエル嬢が俺のあの一言をどう思っているか……。もし迷惑に思われていたら、このまま一緒に研究会を続けるのも難しくなるのではないかと……」
真面目な彼らしい真剣な悩みだ。
しかし、それを本人の後ろでヒソヒソと丸聞こえで相談している図は、なんとも滑稽で微笑ましい。
マリエルは二人の不器用なやり取りを聞きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
神人であると知っても彼らは自分を恐れたり、遠ざけたりしようとはしなかった。
むしろ「味方でいよう」と控室で二人きりで同盟まで結んでくれていたようだ。
その事実だけで、マリエルの抱えていた不安の大部分は消えていった。
(……よし)
マリエルは小さく息を吸い込み、明確な決意と共に足を止めた。
そしてゆっくりと振り返り、まだヒソヒソ話を続けている二人に向かって明るい声で呼びかけた。
「ねえ、二人とも」
「ひゃっ!?」
「な、何かなマリエル嬢!」
セリアが不自然に背筋を伸ばし、ルカは肩をビクッと跳ねさせて慌てて取り繕う。
「へ、返事か!?」
ルカは顔を真っ赤にして、両手を前に突き出して激しく首を振った。
「すまない、もし告白の返事なら今されるのは困る! 悪い結果なら俺は緊張とショックで王都のど真ん中で倒れてしまいそうだから、どうかまた後日に……心の準備ができてからにしてくれ……!」
マリエルは極度に怯える『闇の貴公子』の姿に思わず吹き出しそうになりながら柔らかく微笑んだ。
「……二人に聞いてほしいんだ」
マリエルは二人の目を真っ直ぐに見つめ返す。
もう隠し事はしない。
この温かい繋がりを守るために、自分が何者であるのか全てを打ち明ける。
「私が何なのかを、ね。そして……なぜ、魔王の秘密を追っているのかも」
少しだけ重い響きを含んだその宣言に二人は一瞬だけ顔を見合わせ。
そして互いの瞳に宿る同じ決意を確認し合うと、同時にふっと緊張を解いて優しく笑い合った。
セリアがいつもの快活な調子で胸をドンと叩く。
「ようし、聞いてあげようじゃないか!」
「もちろんだ。俺たちはもう同盟を組んだ身だからな。君の口からどんな話が飛び出しても、絶対に驚かないぞ」
ルカも、いつもの冷静な、しかし温かみのある表情を取り戻して頷いた。
「本当に? 絶対に驚かないって言ったね?」
マリエルが少しだけ悪戯っぽく目を細める。
「じゃあ何としても驚かせないとなあ。覚悟してよね、結構信じられないような話なんだから」
「望むところだよ! じゃあ今から急いで部室に戻ろう!」
セリアが飛び跳ねるようにして提案する。
「帰りに街でお菓子やジュースもたくさん買ってさ、プチパーティーしながら聞こうぜ! 深刻な話も美味しいもの食べながらなら案外すんなり受け止められるもんだよ!」
「いいね、それ。私も甘いものが食べたい気分だったしケーキとかも買っちゃおうか」
教皇の淹れてくれた紅茶も美味しかったが、やはり気心の知れた友人たちと囲むジャンクな菓子の方が今の自分には合っている気がする。
「甘いものは嫌いじゃないが、俺は塩気もほしいな」
ルカが真面目な顔でリクエストを入れる。
「じゃあ向こうの屋台で串焼きと、そこの角のケーキ屋さんに寄って――」
三人は重苦しい空気や緊張を払拭し、夕暮れの街を連れ立って歩き出した。
マリエルは隣で笑い合う二人の横顔を見つめながら、確かな温もりを噛み締めていた。
きっと、この関係は。
自分の過去や目的を知った後でも決して変わることはないのだろう。
彼らなら、ありのままの自分を受け入れ、そして共に歩んでくれる。
そう、マリエルは心の底から確信していた。
◆◆◆◆
王都の華やかな喧騒から遠く離れた、貧民街のさらに奥深く。
陽の光すら満足に届かない、じめじめとした路地裏にひっそりと佇む廃屋のような古い家屋の一室。
窓のカーテンは分厚く閉め切られ、室内は昼間でも薄暗い。
床には空の酒瓶や得体の知れないガラクタが散乱し、壁紙は剥がれ落ちてカビが生え、淀んだ空気が澱んでいる。
その劣悪な環境の中に二つの人影があった。
「あぁ……くそ、くそっ……!」
部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいる一人はボロボロのローブを纏い、焦点の定まらない目で虚空を睨みつけながら、己の指の爪をガリガリと血が滲むまで噛み続けていた。
その全身からは微量だが明らかに不吉な、ドス黒い魔力の残滓が立ち上っている。
そして部屋の中央の傾いた机に向かっているもう一人の人影。
「……」
その人物は薄暗いランプの光の下、狂ったように羽ペンを動かし、古びた羊皮紙に何事かを書き殴り続けていた。
インクが飛び散り、紙が破れるほどの異常な筆圧。
何度も何度も、同じ文字を。
書き殴られているのは下界の人間には解読不可能な、あの奇妙な象形文字――神界文字だ。
羊皮紙を埋め尽くすように狂気の呪詛が刻み込まれていく。
その文字が意味するものは、たった二つの『名前』。
『フーラース』
そして。
『マリエル』
「フーラース……フーラース……フーラース……」
ペンを握る手が小刻みに震え、枯れ木のように細い喉から掠れた怨嗟の声が漏れ出す。
「マリエルゥゥゥ……! 許さない……全て、奪ってやる……!」
薄暗い部屋の中で、その呪いの言葉は次第に明確な狂気となって膨れ上がり、彼らの頭の中を、そして周囲の空間そのものをドス黒く蝕んでいくのであった――。
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