水精姫と教皇
研究所の地下実験場での騒動の後。
マリエルは教皇アシュトルフの先導により、王都の中心にそびえ立つ大教会の中枢へと足を踏み入れていた。
通されたのは教皇個人の執務室だ。
重厚な机、壁一面を埋め尽くす年代物の蔵書、そして床に敷かれた毛足の長い絨毯。
装飾は最低限に抑えられているが、調度品の一つ一つから長い歴史と格式の高さが静かに伝わってくる。
「内密な話であれば人の出入りがある応接室よりも、こちらの方が落ち着くでしょう」
アシュトルフ教皇はそう言って、マリエルに上質な革張りのソファを勧めた。
どうやら気を使ってくれているらしい。
ルカとセリアは「教会の機密に関わる話になるかもしれない」という教皇の言葉により、別の控え室で待機してもらっている。
現在、この部屋にいるのはマリエルと教皇の二人だけだ。
「さあ、どうぞ」
カチャリと陶器の触れ合う上品な音が響く。
なんと教皇自らがティーポットを傾け、湯気を立てる紅茶をマリエルの前に差し出したのだ。
「紅茶は大丈夫ですかな?」
「あ、はい。どうも……ありがとうございます」
マリエルは恐縮しながらティーカップを両手で受け取り、一口啜る。
渋みのない、花のような華やかな香りが鼻腔を抜け、高ぶっていた神経が少しだけ落ち着くのを感じた。
「……教皇猊下も、ご自身でお茶を入れるんですね」
マリエルは極緊張を紛らわせるために、思わずそんな間の抜けたことを聞いてしまった。
一国の王にも匹敵する最高権力者なのだ。
指を鳴らせば、幾人もの従者が駆けつけてくるだろうに。
だがアシュトルフ教皇は気分を害する様子もなく、目尻の皺を深めて柔らかく笑った。
「ええ。こうして執務室で一人の時に、ふと飲みたくなることもありますからね。その度にわざわざ人を呼んでは彼らの仕事の邪魔になって申し訳ないでしょう?」
その言葉には、上に立つ者特有の傲慢さは微塵もない。
教皇自身も向かいのソファに腰を下ろし、ゆっくりと紅茶を口にする。
そしてカップをソーサーに置くと、それまでの柔和な空気を僅かに引き締め、真っ直ぐにマリエルを見つめた。
「……まずは私から謝罪を。申し訳ありませんでしたね、マリエルさん」
「え?」
「あなたの立場を考えれば、ご友人に自分の正体……『神人』であることを隠していることくらい想像できたはずなのに。久方ぶりに空からのお客様を迎えた喜びについ気が逸ってしまい、彼らの前で不用意な言葉を口にしてしまった」
教皇はそう言いながら、マリエルに対して深く頭を下げようとした。
「い、いえ! 頭を上げてください!」
マリエルは慌ててティーカップをテーブルに置き、身を乗り出して止める。
「それに……いずれ近いうちに、あの二人には言わねばならないと思っていたものですから……。きっかけを作っていただいたようなものです」
マリエルは少し寂しそうに微笑む。
隠し事を抱えたまま彼らの好意と信頼を受け取り続けることに限界を感じていたのも事実だ。
「そう言っていただけると、少し救われます」
教皇は顔を上げ、ホッとしたように息を吐いた。
「あの、どうしても聞きたいことがあります」
マリエルは姿勢を正し、核心を突く質問を投げかけた。
「なぜ、私が神人だと気付いたのですか? 私は外見上はただの人間と変わりません」
一部の魔法理論をうっかり漏らしたことはあるが、それが決定打とは思えない。
その問いに対し、教皇は静かに答えた。
「あの『巨神兵』が、あなたに反応したからです」
「……!」
「我々教会のトップ層は、あの古代兵器『巨神兵』の真の起動条件を知っておりましたからね」
教皇の言葉に、マリエルは息を呑む。
「え、でも……研究所の人たちは起動条件が全くの謎で、100年以上も動かなかったって……」
「ええ。末端の研究員たちには、その真実を固く秘しておりました」
アシュトルフ教皇は、その理由を語り始める。
「事実を隠匿したのには三つの理由がありましてね。まず一つ目は最も単純な理由です。この下界には起動条件である『罪人の神人』が存在していなかったこと。起動のトリガーとなる対象がいなければ、あれはただの巨大な石と鉄の置物に過ぎませんからね。無理に動かそうとするよりも謎の遺物として保管させておく方が安全でした」
マリエルは納得して頷く。
自分が堕とされるまで、この下界には起動条件を満たす存在がいなかったのだ。
「次に二つ目の理由。あの『巨神兵』が特定の条件、つまり『罪人の神人』という特定条件を満たせば動く兵器だと知られたくなかったからです。野心ある魔術師や国家が『術式を書き換えて条件を変更すれば、自分たちの意のままに動く強力な兵器になる』と判断してしまえばどうなるか」
教皇の表情が険しくなる。
「そして、その術式解析に成功し、万が一にもあれが量産でもされてしまえば……間違いなく愚かな人間同士の戦争に使われるでしょう。実際にあの兵器と対峙し、その絶大な力と魔法無効化装甲を体験したマリエルさんであれば、あれが量産されれば下界がどれほどの大惨事になるか、お分かりでは?」
「それは……はい。想像するだけで身の毛がよだちますね」
マリエルは研究所で大暴れしていた、あの圧倒的な質量の暴力を思い出して身震いする。
あんなものが軍隊として編成されれば、一国の戦力などひとたまりもない。
「では、最後の三つ目の理由はなんですか?」
マリエルの問いに教皇は少しだけ目を伏せ、ため息をつくように答えた。
「……次の『魔王』が出た時の教会が保有する切り札。特攻兵器とするためです」
「魔王、ですか」
「そうです」
教皇は再び顔を上げ、マリエルの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「……大教会の地下で、あの厳重に封印された『手記』を見たと、オーフェン司祭から報告を受けております。マリエルさん……あなたは、すでに薄々気が付いていらしたのでは?」
その言葉にマリエルの心臓がドクリと重い音を立てた。
神出鬼没に突然現れる魔王。
彼らが放つ、どす黒く強烈な『呪詛』。
全てが『人型』であるという共通点。
下界の人間には解読不能な『神界文字』で書かれた手記。
そして研究所に保管されている、魔王の拠点から発掘された通信機『天声の雫』を始めとする神界の遺物の数々。
これだけの材料が揃っていれば、導き出される結論は一つしかない。
「……では、やはり」
マリエルの震える声に教皇は静かに、しかし決定的な真実を告げた。
「ええ。――『魔王』とは遥か昔からこの下界に現れる災厄の正体とは。理不尽に天から追放され、憎しみに飲まれて狂気に堕ちた『元神人』のことなのです」
やはり。
その思いがマリエルの中で確定した瞬間だった。
(だから神界の文字と遺物があったんだ。だから手記にあんな呪詛のオーラを……私があの鍛冶屋で無意識に出してしまったのと同じ、あのドス黒い怨念を纏っていたんだ……!)
神界の掟によって翼をもがれ、力を奪われ、見知らぬ下界へと叩き落とされた者たち。
彼らが抱く神界への復讐心と下界への絶望。
それが極限まで煮詰まり、狂気となって爆発した姿が歴史上で『魔王』と呼ばれて恐れられてきた存在なのだ。
「しかし教皇猊下」
マリエルは一つの疑問を口にした。
「教会は、なぜその事実をそこまで確信できたのですか? 手記の文字が読めない下界の人間にとって魔王が神人であると断定できる証拠はそう多くないはずですが」
教皇は少しだけ悲しそうな微笑みを浮かべた。
「……歴代の教皇の中に神人と人間の間に生まれた混血……つまり、神人の血を引く子がいたからですね」
「えっ……」
「その者の父親こそが、かつて歴史に名を残した『魔王』の一人だったのです。彼の父は下界に堕とされた後で一人の人間の女性と愛し合い、家庭を築きました。しかし魔力を持たないその妻を無知な人間たちが『魔女』として迫害し、殺してしまった。……その絶望と憎悪によって父は狂気に飲まれ、魔王へと変貌してしまったのだと」
教皇の声が静寂の執務室に重く響く。
「その子は父が討伐された後で身分を隠して教会に入り、数奇な運命の末に教皇の座にまで上り詰めました。そして教会の最深部の秘密記録として『魔王の正体は憎しみに飲まれた神人である』と書き残していたのです」
(そんな悲劇が……)
マリエルは胸が締め付けられる思いだった。
神界から追放されただけでも絶望的なのに、下界でようやく見つけた愛する人まで奪われれば。
その悲しみと怒りがどれほどのものか、今のマリエルには痛いほどよくわかる。
「天から落ちた神聖なる存在が、実は世界を滅ぼそうとする魔王となる。……この事実が民衆に知られれば教会としては不都合が多すぎます。神への純粋な信仰は崩れ去り、教会の権威は失墜する。ゆえに、この真実は教皇とごく一部の高位聖職者のみに口伝され、厳重に秘匿されてきたのです」
教皇は紅茶を一口飲み、喉を潤す。
「それに忘れてはならない重要な事実があります。それは……下界に堕とされた全ての神人が必ずしも魔王になるわけではない、ということです」
教皇の優しい眼差しがマリエルに向けられる。
「魔王と落ちた神人がイコールで結ばれてしまえばどうなるか。……マリエルさん。もしその事実が公になっていれば今日、あの研究所であなたが神人だと判明した瞬間、あなたも無事では済まなかったでしょう」
「……」
マリエルは無言で頷いた。
その通りだ。
自分が魔王の予備軍だと判断されれば、研究所の魔術師たちや騎士団によって即座に処刑されていたかもしれない。
いや、それ以前に下界で平穏に暮らしている他の魔王にならなかった元神人たちへの恐ろしい迫害が始まるだろう。
「私たち歴代の教皇は世界をそのような疑心暗鬼に満ちた地獄にしたくはなかった。ただ、そういうことです」
教皇の言葉には信仰を守護する者としての、そして弱き者を守る者としての、深い慈愛と覚悟があった。
その慈愛と覚悟にマリエルは知らず助けられていたのだと悟る。
「では、なぜ魔法研究所に『魔王研究部門』を作らせて、教会の資料を貸与してまで魔王の研究を進めているのですか?」
マリエルの問いに、教皇は現実的な指導者としての顔に戻る。
「魔王が、この下界にとって無視できない『脅威』だからですね」
教皇は指を組む。
「先ほど言った通り、神人全てが敵ではない。あなたのように理性を保ち人々と共に歩もうとする者もいる。……しかし憎悪に飲まれて魔王と化した者は明確にこの世界の民を害する存在だ。次の魔王がいつ現れるかわからない以上、ただ恐れるのではなく対抗策は用意しておかなければならないでしょう?」
「だから、研究を……」
「ええ。教会の力だけでは限界があるため、国の最高研究機関である魔法研究所の力を借り、魔王の残した遺物から天の技術をできるだけ吸収し、魔法理論を発展させて魔王への対抗策を編み出したい。……そんなところですね」
教皇は少しだけ自嘲気味に笑った。
「あの『巨神兵』も発掘後にそれらしい仰々しい仮称を付け、手つかず同然の謎の遺物を装って倉庫の奥に保管しておき、いざ魔王が出た時に神人の魔力波長を放つ存在をターゲットにするその特性を利用して、ぶつける予定の切り札だったのですが……」
「……起動させた上に壊しちゃって、ごめんなさい……」
マリエルはソファの上で身を縮め、消え入りそうな声で謝罪した。
国の最高機密であり、対魔王用の最終兵器を自分のせいで破壊してしまったのだ。
罵倒されても文句は言えない。
だが、アシュトルフ教皇はふぉっふぉっと声を上げて笑った。
「構いませんよ。これも神の思し召しというものでしょう」
教皇は全く気にする様子もなく、むしろ嬉しそうに目を細める。
「あの強固な魔法無効化装甲を持つゴーレムを、いとも容易く破壊できるような……そんな優秀な人材がこの世界に育っていると思えば、対魔王兵器を失うことなど些細な問題です。頼もしいほどではありませんか」
「教皇猊下……恐縮です」
マリエルは、その器の大きさに深く感銘を受けた。
全てを包み込むような温かさを持つ人だ。
「さて、教会の秘密はあらかたお話ししました。次は……あなたの話をお聞きしたいですね」
教皇は居住まいを正し、静かに問いかけた。
「マリエルさん。なぜ、あなたは天を追われ、この下界に?」
「――」
マリエルは一瞬、言葉に詰まった。
自分が『混ざりもの』として迫害されてきたこと。
そして無実の罪を着せられ、見せしめとして翼を毟り取られたこと。
「……少し重い話になりますが。よろしいですか?」
「大丈夫ですよ。これでも長く人々の懺悔を聞いてきた聖職者ですので。重い話には聞き慣れております」
教皇の促しに従い、マリエルは静かに己の過去を語り始めた。
神界の美しいが冷酷な社会構造。
純血主義の神人たちによる自分への陰湿な迫害。
無実の罪を着せられた理不尽な裁判。
そして公開処刑のように『天輪』と『光翼』を物理的に引き剥がされ、下界へと突き落とされたあの日の絶望。
マリエルは感情を抑えながら、事実だけを淡々と語った。
話を聞き終えた教皇は長い間沈黙し、深くため息を吐く。
「――なるほど。純血を重んじるがゆえの差別、そして冤罪ですか。それは、さぞお辛かったでしょう」
教皇の瞳には、マリエルの痛みを共有するような深い悲しみが浮かんでいた。
「マリエルさん。一つ、お聞きしたい」
教皇の声音が再び真剣なものに変わる。
「あなたは、これからどうされるおつもりですか?」
「どう、とは……?」
「神界を滅ぼしますか? あなたの魂を焼く、その憎しみの赴くままに」
その問いはマリエルの本質を鋭く抉るものだった。
魔王のように狂気に飲まれ、復讐の悪魔と化すのか。
それとも。
マリエルは自身の内側にある感情と静かに向き合った。
「……いえ」
やがて彼女はゆっくりと首を横に振った。
「実を言うと……もう下界に堕とされた直後のような、あのドス黒い憎悪は……もう私の中にあまり残っていないんです」
「ほう」
教皇が少し驚いたように眉を上げる。
「もちろん無実の罪を着せて私を追放した連中を許すつもりはありませんし、恨む気持ちは確かにあります。私を『混ざりもの』と呼んで嘲笑してきた連中は今でも大嫌いです。一発殴ってやりたいくらいには」
マリエルは苦笑しながら、正直な気持ちを吐露する。
「でも……だからって、その憎しみに身を任せて神界を丸ごと滅ぼそうとしたり、魔王のように無差別に暴れ回ったりしたら……」
マリエルの脳裏に下界で出会った人々の顔が浮かぶ。
いつも明るく励ましてくれるセリア。
不器用ながらも自分を信頼し、共に魔法の深淵を探求してくれるルカ。
軽薄だけど真っ直ぐに恋に向き合うアラン。
高飛車だが面倒見のいいリーズリット。
集まりのたびに気遣ってくれるクリストフ殿下。
辺境の鍛冶屋で、自分を本当の娘のように可愛がってくれたバーバラ。
「……下界で知り合った皆が、きっと悲しむかなって、そう思うんです」
自分が復讐の悪魔になれば彼らの日常を壊してしまう。
彼らが自分に向けてくれた温かい笑顔を、自らの手で奪うことになってしまう。
「憎しみを飲み込み、許すという選択をすると?」
教皇が確認するように問う。
「いいえ。飲み込んで無かったことにする気はありません。私はそこまで人が良くはないですから」
マリエルはきっぱりと否定した。
「ただ、復讐という過去への執着よりも……もっと優先したい、大切にしたい未来や居場所が、この下界に多くできた。……ただ、それだけです」
マリエルの言葉は静かだが揺るぎない。
彼女はもう過去の憎悪に囚われた孤独な少女ではない。
教皇は、その答えを聞いて心底安堵したように目尻を下げ、深く頷いた。
「それは何よりです。あなたが魔王と同じ道を歩まないという事実。それだけで、私は今日、あなたにお会いできたことを神に感謝しなければなりませんね」
「ただ、そうですね……。一つだけ教皇猊下にお願いがあります」
マリエルは居住まいを正し、切り出した。
「あの魔法研究所に保管されていた神界の通信機……『天声の雫』を私に貸し出してはいただけないでしょうか」
「天の声を聞くという、あの壊れた遺物ですか。一体なぜ?」
教皇が不思議そうに首を傾げる。
神界を滅ぼす気がないのなら、なぜ通信機が必要なのか。
「大教会の地下で見た、あの魔王の手記。そこに私の恩師であり、私を唯一庇護してくれていた老神人長の名前がありました。なぜ彼が魔王の怨念の対象となっているのか。彼に何かあったのか。……その理由だけは神界に直接通信を繋いで、聞いておきたい。あの遺物は、その唯一の手段となるかもしれないのです」
マリエルは嘘偽りのない目的を告げた。
神界の連中には興味はないが、フーラースの安否だけはどうしても確認しなければならない。
「なるほど……。しかし、あの遺物は中枢の術式が破壊されており、研究所の者たちもお手上げの状態だと聞いておりますが。修繕の当てがあるのでしょうか?」
「一応、今の私は五天星の末席ですので、ひょっとしたら思いもよらないところから術式修復の当てができるかもしれません」
「ふむ……」
教皇は顎に手を当てて少し考えた後、パチンと指を鳴らした。
「まあ研究所に置いておいても、現状どうしようもないただのガラクタですからね。わかりました。私の名で研究所に術式の複写と遺物本体の貸し出しを許可する通達を出しましょう。……くれぐれも壊してしまわないように」
「ありがとうございます! 助かります!」
マリエルはソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。
これで、神界へのアクセス手段が手に入る。
あとは何とかして修理するだけだ。
全ての話が終わり、マリエルが控え室で待つ二人の元へ戻るため執務室のドアノブに手をかけた時、背後から教皇の穏やかな声が掛けられた。
「マリエルさん」
「はい?」
マリエルが振り返ると教皇は立ち上がり、祈るような仕草をした。
「あなたに、神の御加護がありますように」
マリエルは少しだけ困ったように眉を下げる。
「……教皇猊下。私は先ほどお話しした通り、冤罪とはいえ神界の法で裁かれた罪人で、天を追われた身ですよ? 神の加護など受けられるはずがありません」
自嘲気味に返すマリエルに対し、教皇は優しく首を横に振った。
「逆に聞きますがマリエルさん。他者から理不尽な罪を背負わされただけで、なぜあなた自身が神の御加護を諦める必要があるのですか?」
「え……」
「あなたがもし本当に悪事を働き、良心を失ったのであれば神は顔を背けるかもしれません。ですが、あなたは無実だ。冤罪ならばなおの事」
教皇は一歩歩み寄り、マリエルに語りかける。
「神は天という場所にあるのではありません。正しく生きようと足掻き、他者を思いやり、未来を信じる者の心の中にこそ宿るのです。……今のあなたは神界にいた頃よりも、ずっと神の愛にふさわしい魂を持っていると私は確信していますよ」
その温かい言葉はマリエルが心の奥底に封じ込めていた神人としての誇りを、別の形で優しく肯定してくれたような気がした。
マリエルは息を呑み。
そして今度こそ、心の底からのふわりとした美しい笑顔を咲かせた。
「……ありがとうございます」
「ええ。ではご友人たちの元へ。彼らもさぞ心配していることでしょう」
教皇はそんなマリエルの笑顔を見て満足そうに微笑みながら、彼女を廊下へと送り出すのであった――。




