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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第四章 魔王

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水精姫とゴーレム

 冷たい石壁に反響する甲高い警報音が、研究所の地下廊下を容赦なく叩き続けている。

 赤く明滅する照明の光が、逃げ惑う白衣の研究員たちの引きつった顔を照らし出していた。


 マリエルは逆行する人の波を掻き分けるようにして、迷路のように入り組んだ通路を疾走する。


 床を蹴るたびに靴が硬い音を立てる。

 息はわずかに上がり始めているが、足を止めるわけにはいかない。


 何故100年以上も沈黙し、単なる巨大な石の塊として倉庫の肥やしになっていたはずの古代ゴーレムが今日このタイミングで突如として動き出したのか。


 その理由は、今のマリエルには全く見当もつかない。

 だが、このまま放置しておくわけにはいかない。


 あの巨大な質量兵器が、一直線にこの南棟――魔王研究部門の保管エリアを目指しているのだ。

 もし、あの場所が蹂躙され、保管されている資料の山が瓦礫の下敷きになってしまえばどうなるか。

 せっかく見つけ出した、神界への手掛かりが永遠に失われる。


 そして何より、先ほどその目で確認したばかりの神界通信機『天声の雫』も無残に破壊されてしまうだろう。


 それだけは、何としてでも阻止せねばならない。


 角を曲がり、広いメインコンコースへと飛び出した瞬間。

 マリエルの視界はそれを捉えた。


「いた!」


 思わず鋭い声が漏れる。

 分厚い耐爆扉を紙切れのように引き裂き、土煙と瓦礫を撒き散らしながら姿を現した『それ』。


 天井スレスレまである巨大な体躯は風化した灰色の石材と、赤黒く変色した未知の金属装甲によって覆われている。

 地響きを立てて一歩を踏み出すたびに研究所の強固な床板がひび割れていく。

 頭部には目や鼻といった人間らしい器官は一切存在せず、ただ無機質な一本の赤いスリットが不気味な明滅を繰り返していた。


 その異様な姿を正面から捉えた瞬間。

 マリエルの脳裏に強烈な『既視感』が貫いた。


 どこかで見たことがある。

 この下界の歴史書でも魔法学園の図書室でもない。

 もちろん実物を目の当たりにしたわけでもない。


 どこかの記録媒体にデータとして残されていた映像。

 とても古い時代の忌まわしい遺物としての記録。


 そう、あれは確か神界にいた頃。

 上位階級を目指すための『高位神人』の昇格試験に向けて膨大な歴史と法体系の勉強を詰め込んでいた、あの時の記憶――。


 マリエルの思考が過去の記憶を引きずり出すよりも早く、巨大ゴーレムの頭部にある赤いスリットがギョロリと動くように光の明滅を変化させた。

 その赤い光線が真っ直ぐにマリエルの小柄な身体を射抜く。


『――罪人発見』


 耳障りな金属を擦り合わせるような不快な機械音が、ゴーレムの内部から響き渡った。

 感情の欠片もない、ただプログラムされた命令を遂行するためだけの音声。


 ゴーレムの各関節から高い駆動音が鳴り響き、巨大な両腕が威嚇するように持ち上がる。

 明確な殺意と突進の構え。


『死刑執行』


「――ッ!」


 背筋が凍るような死の宣告と共に、ゴーレムが爆発的な推進力でマリエルへと襲いかかってきた。


 その巨体からは想像もつかないほどの恐るべき俊敏さ。

 丸太のような巨大な右腕が空気を引き裂きながら、マリエルの頭上へと振り下ろされる。


 マリエルは咄嗟に床を蹴り、横方向へと全力で跳躍した。


 彼女が一瞬前まで立っていた場所の床が粉々に砕け散り、巨大なクレーターが穿たれる。


 飛散する石の破片がマリエルの頬をかすめ、一筋の赤い線を描く。

 間一髪の回避。


「ひぃぃっ……!!」


「た、助けてくれぇっ!」


 周囲には逃げ後れた数名の職員たちが腰を抜かして震えている。


 マリエルは体勢を立て直しながら、彼らに向かって鋭く張り裂けるような声で呼びかけた。


「全員、今すぐ逃げて! ここは私が引き付けるから!」


「で、でも……」


「早く!! 死にたいの!?」


「ひっ……わ、わかりました!」


 マリエルの凄まじい剣幕に押されて職員たちは這うようにして立ち上がり、出口へ向かって一目散に逃げ出していく。


 職員たちの背中を見送りながら、マリエルは再び襲いかかってくるゴーレムの巨腕を、身を翻してギリギリで躱す。

 凄まじい風圧が髪を乱す。


 彼女の頭の中で先ほどのゴーレムの音声と過去の記憶がリンクし、先ほどまで抱いていた既視感の答えを導き出した。


(そうだ……思い出した。間違いない。高位神人試験の歴史問題集の挿絵で、これと全く同じ機体を見たことがある!)


 それは、まだ神界が今のような洗練された静謐な世界を気取るよりも前の、遥か昔の野蛮な時代の記録。


 神界の法に触れた重罪人を裁くため、コロッセオと呼ばれる巨大な闘技場の中央に罪人を引きずり出し、魔力駆動の殺戮兵器と戦わせて見世物にしていたという血塗られた時代の暗黒史。


(あれは、そのコロッセオで使われていた罪人処刑用のゴーレムだ!)


 神界の絶対的な力の象徴である『天輪』と『光翼』。


 その二つを物理的に剥奪され、ただの人間と同等の脆弱な肉体へと落とされた神人を逃げ場のない闘技場で徹底的になぶり殺しにする。


 観客席の神人たちは血に塗れるかつての同胞の姿を、極上の娯楽ショーとして楽しんでいたというのだ。


 後年になって流石にそれでは倫理観の観点から問題があるとされ「そのような下卑た野蛮な見世物は高位たる神人に相応しくない」という声によって、この悪趣味極まる処刑ショーは廃止された。


 そして現在のように『天輪と光翼を奪った上で、下界へ追放する』という、直接手を下さない形での重罪刑が定着するようになったのである。


(つまり、その制度変更の時に不要になって廃棄された個体が、これか! なんでもかんでも厄介なものを下界に棄てればいいってもんじゃないでしょうが、あの傲慢で身勝手な神人どもめえええ!)


 マリエルの胸の奥で激しい怒りの炎が燃え上がる。


 だが、怒りと同時に彼女は、この状況の最悪のカラクリに気付いてしまった。


 何故100年以上も研究所で魔力を注がれても起動しなかったのか。


 答えは簡単だ。

 このゴーレムの起動スイッチは「罪人の存在」だからである。


 この処刑用ゴーレムにおける『罪人』の定義とは神界の法に則り『天輪』と『光翼』を喪失している元神人のことだ。


 下界には普通の人間しか存在しない。

 神界のエネルギー器官を喪失しているという特殊な状態の生物は、当然ながら存在していないのだ。

 だから誰もこのゴーレムの起動条件を満たせなかった。


 だが今日、マリエルがここへやって来た。

 神界の理不尽な裁判によって、まさにその『天輪』と『光翼』をもぎ取られた、他ならぬ「最新の重罪人」がゴーレムの索敵範囲内に足を踏み入れてしまったのだ。


 ――罪人発見。


 あの無機質な音声は紛れもなくマリエルただ一人をターゲットとして認識し、処刑プログラムを再起動させた証左である。


 つまり。


(この研究所がぶっ壊されそうになってる絶体絶命の状況……全部、私のせいか!!)


 マリエルは迫り来る鉄拳を躱しながら内心で盛大に絶叫した。

 まさか自分が、この巨大な災厄の文字通りの引き金だったとは。


 この事実がルカやセリアに知れたら、どんな顔をされるだろうか。

 いや、それ以前に研究所にどれだけの賠償金を請求されるかわかったものではない。


 ゴーレムが不器用ながらも猛烈な速度で方向転換し、マリエルを執拗に追いかけてくる。


 マリエルは冷や汗を流しながら瓦礫の山を飛び越え、柱の陰へと滑り込む。


 焦燥感が胸を焼く。

 こいつは処刑用プログラムの塊だ。

 標的である自分が完全にミンチになるまで絶対に止まることはない。


(魔力切れまで逃げ回って粘るか? ……否、無理だ!)


 マリエルは即座にその考えを打ち消す。

 これは、神界が今よりもずっと野蛮で、血生臭い闘争に明け暮れていた時代の産物なのだ。


 娯楽ショーを長時間楽しむために、あるいは暴れる罪人を確実に仕留めるために内部には莫大なエネルギー源が搭載されているはずだ。

 数時間やそこら逃げ回った程度で機能停止して乗り切れるような甘い設計であるわけがない。


 逃げ切れないなら壊すしかない。


 マリエルは柱の陰から大きく身を乗り出し、右手の指先に己の持つ魔力を限界まで集中させる。

 神界の放出器官がない現状、彼女が安全に制御できる限界の魔法。


「アクアボール!!」


 圧縮、圧縮、さらに圧縮。

 マリエルの指先から手のひらサイズの水球の質量を湖一つ分に編集した、超高密度の水球が放たれる。

 空気を切り裂き、甲高い風切り音を立てて超速でゴーレムの胸部装甲へと真っ直ぐに射出される。


 大抵の魔獣や分厚い城壁程度であれば容易く粉砕・貫通することが可能な必殺の威力。

 五天星のローランドの最大火力すら一撃で消し飛ばした、彼女の切り札。


 だが。


 高圧縮された水球はゴーレムの赤黒い装甲に激突した瞬間、まるで強固な岩盤にぶつけられた水風船のように無残にも砕け散ってしまった。


 飛沫が周囲に飛び散るだけで装甲には傷一つ付いていない。


 ダメージはゼロ。

 損傷皆無である。


「……っ! そりゃ、魔法無効化装甲くらいにしてるよね!」


 マリエルは悪態をつく。


 相手は強力な魔法を使う神人を処刑するための兵器なのだ。

 罪人が最後の足掻きで放つであろう魔法攻撃を全て無力化する特殊な術式コーティングや、魔力吸収素材が装甲に施されているのは考えてみれば当たり前のことだった。


『処刑対象、抵抗ヲ確認。排除レベルヲ引き上げマス』


 ゴーレムの赤いスリットがさらに凶悪な光を放ち、その巨体が一段と沈み込む。

 次の瞬間、空気を爆発させるような轟音と共にゴーレムが跳躍した。


 巨大な質量がマリエルの頭上から隕石のように降り注いでくる。


「しまっ……!」


 マリエルは再び駆け出そうと足に力を込める。

 だが焦りからか、先ほどの回避で崩れていた床の瓦礫に靴のつま先が深く引っかかってしまった。


 体勢が大きく崩れ、前方の床へと無防備に倒れ込む。

 受け身を取ろうにも時間が圧倒的に足りない。


 マリエルに迫る死の影。

 見上げると、ゴーレムの丸太のような巨大な腕がマリエルの身体を押し潰そうと最高点から一気に振り下ろされるところだった。


(あ、これ、死ぬ)


 逃げ場はない。

 防御する魔法も通じない。


 マリエルの脳裏に氷のように冷たい恐怖が走る。

 結局、神界へ行くことも叶わず、こんな下界の地下で過去の遺物にミンチにされて終わるのか。

 瞳をギュッと固く閉じ、来るべき衝撃と痛みに備えて身体を丸めた。


 その時。


 ドンッ、と。

 背後から誰かの力強い腕がマリエルの腰を抱き寄せる感触があった。


「え?」


 思わず目を開いた次の瞬間、マリエルの視界が文字通り暗転した。

 光と音が消え、重力の感覚すら喪失する奇妙な浮遊感。


 直後、鼓膜を破るような凄まじい破壊音が少し離れた場所から響き渡った。

 ゴーレムの鉄拳が床を粉砕し、研究所の建物全体が地震のように激しく揺れる。


 マリエルがハッとして周囲を確認すると。

 いつの間にか彼女は自分が先ほどまで倒れ込んでいた場所――ゴーレムが床を粉砕している巨大なクレーターから、十メートル以上も離れた後方の空間に移動していた。


 何が起こったのか瞬時には理解できない。

 ただ、自分の身体が誰かの腕の中にしっかりと抱きかかえられていることだけは確かだ。

 鼻腔をくすぐる微かなインクと清潔な石鹸の香り。


 マリエルは恐る恐る、自分を抱きかかえている人物の顔を見上げた。


 そこには。


「ルカ君……?」


 銀糸の刺繍の制服。

 乱れた黒髪の間から覗く、彫りの深い端正な横顔。


『闇の貴公子』ルカ・レグナスが、片腕でマリエルをしっかりと抱きかかえながら立っていた。


 ルカはその漆黒の瞳を限界まで細め、土煙の向こうで体勢を立て直そうとしている巨大なゴーレムを射殺すような鋭い視線で静かに見据えていた――。

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