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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第三章 五天星

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水精姫と二人の思惑

 王都の中心部から少し離れた、静寂が支配する特別区。

 そこに天を衝くような白亜の尖塔を複数備えた、巨大で荘厳な建造物がそびえ立っていた。


 大教会。

 天上の神々を信仰する、この国の宗教の総本山である。


 近年の魔法技術の発達により人々の信仰心は薄れ、かつてほどの絶対的な権力や勢いは失われていると噂されているが、それでもなお、この建物の放つ圧倒的な威容と神聖な空気は訪れる者の歩みを自然と止めさせるほどの力を持っていた。


 精緻な彫刻が施された巨大な門扉。

 壁面を彩る色鮮やかなステンドグラスは、差し込む陽光を複雑な色彩に変換し、石畳の上に神秘的な光の絨毯を描き出している。


『外部見学』の行事としてこの地を訪れたマリエルは、その威圧感すら覚える巨大な建築物を前に思わず足を止めて首が痛くなるほど高く見上げていた。


(すごい……。下界の人間たちだけで、これほど巨大で精密なものを造り上げたのか)


 神界の建築物は、そのほとんどが魔力による物質創造と自動構築によって成されている。


 だが、この大教会は違う。

 数え切れないほどの石工や職人たちが、長い年月と血の滲むような労力を注ぎ込んで積み上げた信仰の結晶だ。


 権威が衰えていると聞くが、見上げるほどに大きな教会は流石だと、マリエルは素直に感心していた。


「マリエル嬢。あまり上ばかり見ていると転ぶぞ」


 ふと、隣から静かで落ち着いた声が掛けられた。


「あ、ごめん。つい」


 マリエルが慌てて視線を戻すと、そこには見慣れた銀糸の刺繍の制服を隙なく着こなした少年の姿があった。

 五天星の第三位『闇の貴公子』ルカ・レグナスである。


 彼は腕を組み、マリエルと同じように大教会の威容を静かに見つめている。


 本来であれば学園の生徒たちが将来の進路を見定めるためのこの行事において、由緒正しき魔法伯家の嫡男であり、闇魔法の研究に没頭している彼が、光と信仰の象徴である大教会を希望するなど、どう考えても不自然極まりない。


 そう、何故か。

 何故かルカ・レグナスまで大教会を外部見学の行き先に希望し、こうしてマリエルの隣に並び立っているのである。


 その原因は、マリエルの預かり知らぬところにあった。

 マリエル自身ではなくルカ本人と、彼女の同室である親友のセリアに起因しているのだ。



 ◆◆◆◆



 場面は、大教会を訪れる数日前の平民用食堂へと遡る。


 昼休みの喧騒に包まれた食堂の窓際。


 いつの間にかマリエルとセリア、そしてルカの三人は、すっかり気の置けない三人組として定着しつつあった。


 身分や階級に全く頓着しないルカは貴族専用の優雅な食堂を離れ、普通に平民用の食堂に顔を出すようになっている。


 最初は遠巻きに見ていた平民の生徒たちも、彼がただ真面目にマリエルと魔法理論の議論を交わしているだけだと理解し、今では奇妙な日常風景の一つとして受け入れていた。


「じゃあ、ちょっと飲み物のおかわりをもらってくるね」


 マリエルがそう言って席を立ち、配膳カウンターの方へと歩いていく。


 その小さな背中が人混みに紛れて見えなくなったのを確認すると、セリアは「よし」と小さく呟き、向かいの席に座るルカへと身を乗り出した。


「ねえ、ルカ君」


「なんだ、セリア嬢」


 食後のコーヒーを静かに啜っていたルカが、訝しげに視線を上げる。


「ルカ君って今度の外部見学、どこにする予定なの?」


 セリアの問いに、ルカは少し思案するように目を伏せた。


「……決めていないな。卒業後は実家のレグナス家で闇魔法の独自研究を続けるつもりだし、すぐにどこかの機関に就職するとかは考えていないんだ。だから、どこを見学してもあまり意味がないというか」


「ふむふむ。それはある意味、好都合だね」


 セリアがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「なんて?」


 聞き返したルカに対し、セリアは声を一段階落とし、真っ直ぐに彼の漆黒の瞳を覗き込んだ。


「ルカ君。ぶっちゃけマリエルの事、どう思ってる?」


「……どう、とは?」


「とぼけないでよ。以前言ってた『嫁候補』にマリエルはどうかって話!」


 ブフッ。


 ルカは危うく口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。

 かろうじて飲み込み、激しく咳き込む。


「は? な、何を突然……」


「いいからいいから。マリエルはいいぞ……?」


 セリアは、まるで熟練の商人が最高級の品を売り込むかのように滑らかな口調で語り始める。


「まず、ちっこくて可愛い。これは間違いない。そして、知っての通り筆記も実技も学年一位の圧倒的実力。魔力も底が見えないくらいなんか凄い量があるっぽいし、何より魔法知識がとんでもない。ルカ君の難しい研究にもバッチリついていける頭脳を持ってる」


 そこまで一気に並べ立てた後、セリアは周囲の様子をサッと窺い、さらに声を潜めて、とんでもない爆弾を投下した。


「ついでに言うと、おっぱいも大きいです。普段の制服だと小柄だからわかりにくいけど意外とトランジスタグラマーなんだよ。一緒にお風呂入って実際に直で見てるから間違いない」


「なっ……!?」


 ルカの顔が耳の先まで一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まった。


「そこまでは聞いていない……ッ!」


 彼は抗議の声を上げようとするが、声が裏返って上手く言葉にならない。


 冷静沈着な『闇の貴公子』の面影はどこへやら、彼は動揺のあまり視線を宙に泳がせ、あろうことかカウンターの列に並んでいるマリエルの後ろ姿を無意識にチラリと目で追ってしまった。


 胸元は確認できないが、その後ろ姿を想像してしまい、さらに顔が熱くなる。

 彼もまた年相応の健全な男の子であったのだ。


「ごほんっ……!」


 ルカは必死に咳払いをして、どうにか理性のタガを締め直す。


「言っただろう。うちは婚約者の条件に極めて厳しくてな。身分は俺が押し切るとしても最低条件として強力な魔力量を持っていること。そして何より魔法という技術に対して深い知識があり、俺の研究に理解を示してくれる女性でなければ……」


 ルカは早口で実家の厳しい条件を並べ立てて、セリアの提案を否定しようとした。


 だが。

 言葉を口に出していくうちに、彼自身の脳内で、恐ろしいほどの速度で論理的な演算が行われていく。


(強力な魔力量……満たしている。深い魔法知識と理解……満たしているどころか俺の想像の遥か上を行く理論を提示してくれた。俺の研究への理解……俺の闇魔法の新たな可能性を切り開いてくれたのは他でもない彼女だ)


 ルカはピタリと言葉を止めた。


(あれ……。マリエル嬢、実家が求める条件を完璧に満たしているな……?)


 それどころか魔法に向き合う真摯な姿勢や決して驕らない性格、そして時折見せる年相応の無防備な笑顔。


 少なくともルカ自身は彼女に対して深い尊敬と共に、明確な好感を抱いていることを自覚した。


 もし彼女が自分の隣にいて、ずっと一緒に魔法の深淵を探求できたら、それはどれほど素晴らしいことだろうか。

 いや、さらに言えばずっと自分の隣で笑顔でいてくれれば、それはどんなに――。


 ルカの脳内で「マリエル・レグナス」という文字が浮かび上がる。


 だが、彼はそこで思考を強引に打ち切った。

 これ以上考えを進めるのは今の自分には危険すぎる。


「……そもそも、マリエル嬢本人にその気が無いなら話にならないだろう」


 ルカは努めて冷静なトーンを作り、コーヒーカップを両手で包み込んだ。


「こういうのは家同士の都合や俺の希望だけではなく、互いの気持ちが一番大事だ。そうだろう」


(お、話の前提条件が変わったな)


 セリアは内心でガッツポーズをした。


「身分が違うからダメ」とか「そういう対象として見ていない」という明確な拒絶の言葉が出てこなかった。


 それはつまり、ルカの中でマリエルを嫁候補として検討した結果「拒否する理由がどこにもない」という結論に至ったことを如実に示している。

 セリアは勘の良い女であった。


「まあまあ聞いてよ。私としてはルカ君の方からマリエルを落としてもらいたいのさ」


 セリアはニヤリと笑い、さらに踏み込んでいく。


「何故セリア嬢がそこまでマリエル嬢の婚姻……いや、将来を気にするんだ?」


 ルカが不思議そうに尋ねる。

 ただの同室の友人にしては、あまりにもお節介が過ぎるのではないか。


 その問いに対し、セリアの表情から先ほどまでの軽薄な笑みが消え、真剣でどこか痛ましげな色に変わった。


「なんつーか、ねえ」


 セリアはテーブルの上で両手を組み、その手を見つめながらぽつりと言う。


「マリエルは、危ういんだよ」


「危うい?」


 ルカが眉を寄せる。


 あのローランドを一撃で沈め、五天星にまで上り詰めた規格外の少女が危ういとはどういうことか。


「ルカ君も気づいてるでしょ? マリエルって、あの圧倒的なスペックを持っていながら自己評価が異常なまでに低いんだよ。おかしくない? 私が毎日『可愛い』とか『美人だね』って何度言っても本気で冗談だと思って軽く流すの」


 セリアの指摘にルカも頷く。

 確かに彼女は自身の容姿はおろか、その魔法の実力についてさえ、どこか他人事のように冷めた評価を下している節があった。


「あれは多分なんだけど……周囲が絶世の美人だらけすぎる特殊な環境で育ったせいで自分の魅力に全く気付いていないか――」


 セリアは一度言葉を区切り、より一層声を潜めた。


「――長い間、周囲から酷い誹謗中傷をされ続けて、その悪意に満ちた言葉を『自分にとっての真実』だと思い込まされているか。……私は後者だと睨んでるね」


「……根拠は?」


 ルカの声も自然と低く、真剣なものになる。


「半分は女の勘。もう半分は……マリエルって、たまにすっごい昏い目をする時があるんだよね。何もない虚空を睨みつけて世界の全てを憎んでいるような、ゾッとするような目を。理由はわかんないけど」


 セリアは同室であるがゆえに気づいてしまった、マリエルの奥底に潜む闇の片鱗を語る。

 普段の柔らかな笑顔の下に隠された、深い傷の存在。


「それに……一緒にお風呂入った時、見ちゃったんだ。マリエルの背中に焼けたような酷い傷跡があるのを」


「傷跡……」


 ルカの表情が険しくなる。


 魔法による治癒が発達したこの世界で消えないほどの傷跡が残っているということは、よほど特殊な呪いを受けたか、あるいは意図的に治療を施されなかったかのどちらかだ。


「虐待……にしては腕とか脚とか、他のところは傷一つなく綺麗だしなあ。だから、どういう事情なのかは私にはちょっとわからんけど。でも彼女の過去に『何か酷いこと』があったのは間違いないと思う。あの魔力と優秀さを誰かに強く妬まれたとかかなあ」


 セリアの推測はある意味で的を射ていた。


 神界での『混ざりもの』としての迫害。

 その中に高位神人を目指した彼女自身の優秀さへの妬みが、全く無かったわけではないだろう。


「…………」


 ルカは沈黙し、拳を強く握りしめた。

 彼の内側に静かな、だが確かな怒りが湧き上がる。


 あの才気溢れ、真摯に魔法と向き合い、自分に道を示してくれた優しい彼女を、そんな目に遭わせた者がいるという事実に対して。


「ともあれ私としては、マリエルには絶対に幸せになってもらいたいわけですよ」


 セリアは顔を上げ、ルカを真っ直ぐに見据えた。


「それで俺のところに嫁入りしろ、と?」


「そーそー。ルカ君は家柄も実力もスペック高いし、何より真面目で誠実じゃん? お互いに魔法を通して好感持ってるっぽいし? ルカ君に拒否感が無いなら私のお節介ながら二人にくっついてほしいなーって。マリエルって実力があって目立つから変な悪い貴族の男とかに騙されたり、利用されたりする前に、ね?」


 セリアの言葉には親友を心から案じ、彼女が安心できる絶対的な「安全地帯」を用意してあげたいという深い愛情が感じられた。

 決して面白半分につつこうという理由ではないのだ。


「……なるほど。それで外部見学の話に繋がるのか。俺にマリエル嬢と一緒に行けと?」


 ルカはセリアの意図を理解した。

 セリアが親指を立ててウインクする。


「そのとーり。マリエルは教会に行くらしいんだけど教会ってなんかこう、厳かで意味深なシチュエーションじゃない? ステンドグラスの光が差し込む静謐な雰囲気の中で二人きりで魔法の歴史について語り合ったりして、良い感じに……ね?」


「……それで君も来れば、会話に詰まった時などのフォローも期待できるというわけだな」


 ルカが確認するように言うと、セリアは少しだけバツが悪そうに肩をすくめた。


「あ、ごめん。私は教会には行けないんだ」


「何故だ?」


 ルカが不思議そうに問い返した、その時。


「お待たせー。あ、ごめん。何の話をしてたの?」


 マリエルがカップを二つ乗せたトレイを持って席に戻ってきた。

 ルカは咄嗟に表情を引き締め、言葉に詰まる。


「……えーと」


「外部見学の話だよ!」


 セリアが間髪入れずに明るい声で誤魔化した。


「私はもう行くところ決まってるけど、ルカ君はどうするのかなーって聞いてたの!」


「ふーん。そうなんだ」


 マリエルは特に疑う様子もなく席に座り、セリアにカップを手渡す。


「セリア、ちゃんと私の言ったところにした? 手続きの締め切り、今日までだからね」


「もちもち! マリエルの言ったところにちゃんと希望出して、しっかり学んできますって!」


 セリアは元気よく答えながら、チラリとルカの方へ視線を送った。


(なるほど……)


 ルカは合点がいった。


 セリアが同行できない理由。

 それはマリエルがセリアの魔法特性――『身体能力強化』を最も活かし、将来のためになるような見学先をあらかじめ厳選し、そこへ行くように強く勧めていたからだ。


 セリアは親友であるマリエルの厚意と助言を無下にはできない。

 だから、彼女の指定した場所に行かなければならないのだ。


「ところでルカ君はどこに行くの?」


 マリエルがコーヒーを一口飲みながら何気なく尋ねる。


 ルカはマリエルのその飾り気のない瞳を見つめ返した。


 彼女の背負っているかもしれない深い傷。

 そして、彼女の持つ魔法への探求心。

 自分が彼女のためにできること。


 ルカは静かに息を吸い込み、明確な意志を持って答えた。


「俺は――大教会へ行くつもりだ。古い文献が残っていると聞くからな。君も、そこへ行くのだろう?」


「え、本当? じゃあ一緒に行こうか」


「ああ。よろしく頼む」


 マリエルが嬉しそうに微笑み、ルカもまた僅かに口角を上げて頷き返した。


 そして冒頭の通り。

 ルカ・レグナスは自身の研究という名目と、一人の少女への不器用な歩み寄りを胸に秘め、マリエルと一緒の大教会を選択するのであった――。

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