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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第二章 魔法学園

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編入生と神界の魔法

 白く立ち込めていた水蒸気が、演習場を吹き抜ける風に乗ってゆっくりと晴れていく。

 その向こう側に姿を現したマリエルの冷徹な言葉に、ローランドの顔が怒りで朱に染まった。


「代わりに相手になるだァ……? てめェがかァ?」


「ええ」


 マリエルは一歩も引かず、ただ静かに凪いだ湖面のような瞳で男を見据える。

 その涼しげな態度はローランドのプライドをこれでもかと逆撫でした。


「正気かよてめえ。俺は五天星の第五位――」


「なんだ」


 ローランドが己の権威を振りかざそうとした言葉を、マリエルが容赦なく遮る。


「負けるのが怖いから僕は偉いんだ、凄いんだから退け、というアピールですか。みっともないですね」


 微塵の感情も交えない、事実だけを述べるような淡々とした口調。

 それが逆に最強を自負する者の自尊心をズタズタに引き裂く鋭利な刃となる。


「……ッ!! てめェ、言わせておけば……!」


 ローランドの全身から、ゆらゆらと陽炎のように熱を帯びた魔力が立ち上り始める。

 彼は怒りのあまり口端を歪め、主審を務める教師の方へと乱暴に振り返った。


「おい先公よォ! 対戦相手の交代はできるかァ!?」


「む、うーむ……」


 教師は困惑したように唸る。


 原則として試験の組み合わせは事前に決められたものである。

 しかし目の前で怪我を負った生徒の代わりに、別の生徒が名乗りを上げるという事態は学園の規則において明確に禁止されているわけでもなかった。


 マリエルが静かに、しかし有無を言わせぬ圧を伴って教師に視線を向ける。


「私からもお願いします、先生」


「……まあ、双方で合意が取れているならいいでしょう。特例として対戦相手の変更を認めます」


 教師が苦渋の決断を下すと同時、待機していた治癒術師たちが駆け寄り、倒れ込んでいるセリアを担架に乗せ始めた。


「ごめんねセリア。しゃしゃり出ちゃって」


 マリエルは担架の横にしゃがみ込み、火傷を負った級友の顔を覗き込む。

 痛みに顔をしかめながらもセリアは弱々しく首を振った。


「ううん、いいの。それよりマリエル……」


「大丈夫、勝つよ」


 マリエルが安心させるように微笑むが、セリアの瞳には別の感情が浮かんでいた。


「……ううん、そうじゃなくて」


「?」


「……負けてもいいから怪我はしないで。お願い」


 それは己の順位や名誉よりも、同室の友人の身を案じる祈り。

 神界では決して向けられることのなかった、ただ純粋な他者への思いやり。


 マリエルは少しだけ目を丸くし、そして心の底から柔らかく微笑んだ。


「……うん、わかった」


 その返事を聞いて、セリアは安心したようにへにゃりと笑う。

 そのまま治癒術師たちによって彼女は演習場の外へと運ばれていった。


 マリエルがゆっくりと立ち上がり、ローランドの方へと向き直る。


「よお、お友達とのおしゃべりは終わったかァ?」


 ローランドが杖を肩に担ぎ下卑た笑みを浮かべて挑発する。


「ええ。彼女となんて話したか、聞きたいですか?」


「は? 知るかよ。どうせ負け犬の遠吠えだろ、どうでもいい――」


「『怪我しないで』と言われました。なので」


 マリエルは言葉を切り、そして薄くゾッとするほど冷たい笑みを口元に浮かべた。


「無傷で勝たせていただきます」


 その宣言は、もはや挑発という枠を超え、ローランドという存在そのものを否定する絶対的な自信の表れだ。


「……てめェ、ぶっ殺す!!」


 ローランドの忍耐が限界を突破する。

 彼の杖の先端に嵌め込まれた紅蓮の魔石が、限界まで魔力を吸い上げて赤熱していく。


「マリエル対ローランド・ベルディア! はじめ!」


 教師の合図が響き渡った瞬間。


「死にくされェェェェェッ!!」


 ローランドの咆哮と共に、先ほどセリアに向けたものとは比較にならないほど巨大な火球が放たれた。


 大気を焼き焦がし、周囲の酸素を奪い尽くしながら巨大な熱の塊がマリエルへと殺到する。


 その圧倒的な火力に、結界の外で見守る生徒たちから悲鳴が上がる。


 だが、マリエルは慌てることなく右手の指先を軽く立てた。


「アクアボール」


 ポワァッ、と。

 彼女の手の上に、ソフトボール大の澄んだ水球が生成される。

 魔法学園で最初に習う初歩の初級魔法。


 マリエルが指先を弾くと、その小さな水球は押し寄せる巨大な火球に向かって真っ直ぐに飛んでいった。


「バカが! いくら水でも、この火力差で消しきれるかよ!」


 ローランドが勝利を確信して高笑いする。


 体積比にして数十倍。

 段違いの質量差だ。

 あの程度の水など、火球に触れる前に蒸発してしまうのが物理法則というもの。


 だが。


 マリエルの放った水球が火球の中心に激突した瞬間。

 小さな水球が巨大な炎の塊を撃ち抜き、まるで初めから存在しなかったかのように炎が一瞬にして霧散したのだ。


 熱も、水蒸気すらも一切発生させず、巨大な火球が空間から消え去っていた。


「……は?」


 ローランドの口から、間の抜けた声が漏れる。


 火球を消し去った水球は軌道を少しも変えることなく空中で静止し、そして、まるで手品のように逆再生の軌道を描いて、再びマリエルの手のひらの上へと戻ってきた。

 水球の大きさも透明度も、先ほどと何一つ変わっていない。


「なんだ……? てめェ、何をした!?」


 未知の現象を前にローランドの声が震える。


 観客席の生徒たちも、そして審判である教師でさえも何が起きたのか理解できずに言葉を失っていた。


「初歩の初歩ですよ。さっき、ルカ君も言っていたでしょう」


 マリエルは手元の水球を弄びながら、平然と答える。


「密度を高めたんです」


「は?」


「密度を高くすればするほど質量は上がり、破壊されにくくなる。そして極めて低温かつ極限まで圧縮された水は、周囲の熱エネルギーを一瞬で奪い去る。当然ですよね?」


 マリエルはまるで算数の初歩を教えるように、事もなげに言い放つ。


「バカな! あの火球を撃ち抜くほどの密度なんて、そうそう簡単に作れるわけが……」


「私の水球は、湖一つ分の密度にしています」


「……は?」


 ローランドの思考が停止した。


「わかりませんか? 湖一つ分の水量をこの形と大きさに圧縮しているんです。そして完全に制御しているので、あれだけの炎に触れても蒸発すらしない。熱を奪うという物理現象だけを起こして、そのまま戻ってくるんです」


「ば、バカ言ってんじゃねえ! ここはグラウンドだぞ! どこにそんな湖一つ分の水があるってんだ!」


 ローランドが半狂乱になって叫ぶ。


 通常の水魔法は大気中の水分を集めるか、術者の魔力を水に変換して発動する。

 湖一つ分などという莫大な魔力を一介の生徒が持っているはずがない。


 マリエルは、やれやれと首を横に振った。


「ああ、基礎から教えた方が良いのかな」


 彼女は水球を指先でくるくると回しながら、教鞭をとる教師のように語り出す。


「これは魔法ですよ? 実際に周囲に水があるかどうかも、湖一つ分の魔力があるかどうかすらも関係ない。魔力を水に変換し、水球を作って、さらに魔力で内部の密度を書き換えればいいんです。質量保存の法則? そんなものは魔力による事象の書き換えでどうにでもなる」


 神界の魔法理論。


 それは世界を構成する法則そのものを魔力によって「編集」する技術だ。

 下界のように物質をただ生み出して飛ばすだけの稚拙なものとは次元が違う。


「魔法はイメージだと言いますが一般的なそれとは少し違いますかね。イメージで魔法を作るんじゃない。作った魔法をイメージ通りに編集して性質を決定づける。それができて初めて一人前というものです」


 マリエルが指先を僅かに動かす。


 水球が瞬きする間にローランドの目前まで飛翔し、彼が杖を握っている右手を、手袋のようにすっぽりと包み込んだ。


「ひっ!?」


 ローランドが身をすくめる。

 だが、その瞬間。


「ぐああああああ!?」


 ボコボコボコッ! とローランドの手を包んでいた水球が突然激しく煮立ち始めた。

 常温だった水が一瞬にして沸騰し、彼の皮膚を容赦なく熱する。


「あちぃッ! 離れろッ!」


 熱さに耐えきれず、ローランドは杖を手放した。


 カラン、と杖が足元に転がり落ちると同時に水球は彼の手から離れ、再びマリエルの手元へとふわりと戻っていく。


「完全に制御できていれば、このように一瞬で常温から沸騰させることもできます」


 マリエルがローランドを冷ややかに見下ろす。


「くそっ……ふざけやがって……!」


 ローランドは火傷を負った右手を庇いながら、もう片方の左手で足元の杖を拾い上げようと手を伸ばす。

 だが、彼の指先が濡れた杖の柄に触れた瞬間。


 濡れていた杖の表面とローランドの左手が一瞬にして白く凍り付き、完全に張り付いてしまった。

 無理に引き剥がそうとすれば、皮膚ごと持っていかれるほどの強力な凍結。


「なっ……」


「付着した水も当然操作できますよ? 当たり前じゃないですか。私が生み出した水球の魔法の水なんだから。私の魔力の支配下にあります」


 マリエルが視線を向けると、彼女の手元にあった水球が再びローランドの目の前へと移動する。


 そして。


 シュワァァァァァァッ!!


 水球が一瞬にして膨張し、超高温の水蒸気へと変化してローランドの全身をすっぽりと包み込んだ。


「熱い! あついいいいい!!」


 視界を奪われ、全身を灼熱の蒸気に焼かれるローランドの悲鳴が上がる。


「このように水を扱うのなら気体、液体、固体に加えて、温度変化まで自在に操作できて当然ですね。水なんだから、このくらいはできないと」


 マリエルが指を鳴らすと水蒸気は再び元の水球の姿に戻り、彼女の手の中へと帰還した。

 そこには全身を軽く火傷し、息も絶え絶えになっているローランドの姿が残される。


「く、そ……がァァァァ!!」


 ローランドのプライドが粉砕されようとしていた。


 平民の編入生に、手も足も出ずに弄ばれている。

 五天星の肩書きが泣いている。


 彼は凍りついた左手で杖を握りしめたまま残された全ての魔力、自身の生命力すらも削り取るような勢いで、杖の魔石へと注ぎ込んだ。


「死ねェェェェッ!!」


 先ほどの火球とは次元が違う、極限まで圧縮された白熱する炎の槍。

 ローランドの全魔力が込められた、彼の最大火力の魔法だ。

 それがマリエルを貫かんと猛烈な速度で放たれる。


「おっと」


 流石のマリエルも、これには余裕を見せるわけにはいかなかった。

 彼女は手元の水球を前方に展開し、炎の槍を受け止める盾とする。


 炎の槍と超高密度の水球が激突し、凄まじい魔力の摩擦音と閃光が迸る。

 演習場の大気が震え、結界がミシミシと軋む。


 ローランドが血を吐くような声で叫ぶ。


「いけぇぇぇぇぇ!!」


 拮抗。

 数秒間、炎と水が激しくぶつかり合い、やがて。


 パァァァァンッ!!


 マリエルの水球が、ついに限界を超えて消し飛んだ。

 そして勢いを僅かに殺されながらも、炎の槍はマリエルの横をすり抜け、彼女の後方遥か遠くの結界に直撃し、凄まじい爆炎を巻き起こした。


 訓練場が大きく揺れ、爆風が吹き荒れる。


「はは、ははは、ははははは!」


 ローランドは肩で息をしながら、狂ったように高笑いした。


「どうだ! これでてめえの厄介な水球も消し飛ん……」


 勝利の余韻に浸りかけた彼の言葉は、途中で不自然に途切れた。


「……え?」


 土煙が晴れた先。

 マリエルは無傷のまま立っていた。

 そして彼女の右手の上には。


 ポワァッ。


 先ほど全く同じソフトボール大の澄んだ水球が、何事もなかったかのように出現していたのだ。


「何を喜んでいるのか、知らないですけど」


 マリエルは心底不思議そうな顔をして首を傾げる。


「これ、初級魔法のアクアボールですよ? 一個壊されて、それで終わりなわけないでしょう。再生産なんて息をするようにいくらでもできます」


 彼女が指先を軽く振るう。


 ポワァッ、ポワァッ、ポワァッ、ポワァッ……!


 マリエルの周囲の空間に一つ、また一つと水球が出現していく。


 十、二十、五十、百……。

 最終的に数百個もの湖の質量を圧縮した水球が、マリエルを取り囲むように空中に浮かび上がる。


 中級魔法以上の複雑な術式は今の『天輪』と『光翼』を失ったマリエルには制御しきれない。


 だが、構造が単純な初級魔法のアクアボールであれば。

 彼女の持つ底なしの魔力が許す限り、無尽蔵かつ同時にいくつでも展開することができるのだ。


「まさか、天下の『五天星』の第五位様が」


 数百の水球を従えたマリエルが、冷徹な声で宣告する。


「全力を尽くして初級魔法をたったひとつ壊すのがやっとだとか……そんな冗談みたいなこと、ありませんよね?」


「あ……あ、ああ……」


 ローランドの膝から力が抜け落ちた。


 圧倒的すぎる力の差。

 己の全てを注ぎ込んだ一撃が、相手にとっては何の価値もない石ころ同然だったという事実。


 彼は凍りついた杖を握ったまま、そのまま地面にへたり込んだ。

 もはや立ち上がる気力すら残っていない。


 マリエルが呆然と立ち尽くしている主審の教師に向かって声をかける。


「先生。勝負はついたと思うんですけど」


「お、おお……。そう、ですね」


 教師は我に返り、震える手で拡声魔道具を口元に寄せた。


「しょ、勝者! マリエル!」


 その宣告が響き渡ると同時、演習場を包んでいた沈黙が破られ、生徒たちの間から爆発的なざわめきが巻き起こった。


「おい、見たかよ今の……!」


「五天星のローランドが、一歩も動けずに……!」


「あんな水魔法、見たことないぞ! 編入生、バケモノか!?」


 平民たちは驚愕と貴族に一矢報いた歓喜に沸き立ち、貴族たちは信じられない現実を前に青ざめている。


「じゃあ自分の試験は終わったし、私はセリアのお見舞いに行きますね」


 マリエルは周囲の騒ぎなど全く気にする様子もなく、周囲に浮かべていた数百の水球をスッと霧散させると踵を返して演習場の出口へと歩き出した。


 だが、その時。


「ふざ……けるなぁぁぁぁぁぁっ!!」


 背後から獣のような奇声が上がった。

 へたり込んでいたローランドが屈辱に発狂し、最後の力を振り絞って立ち上がったのだ。

 彼は握ったままの杖を前に突き出し、残された魔力を変換して巨大な火球を作り出そうとする。


「俺は五天星だ! 負けてたまるかァァァッ!!」


 不意打ち。

 背を向けたマリエルに向けて狂気の炎が放たれようとした、その瞬間。


 マリエルは振り返ることすらなく、歩みを止めずに指を鳴らした。


 ローランドの頭上に、いつの間にか一つの水球が出現していた。

 それは彼が火球を放つよりも早く、バシャンと彼の頭をすっぽりと覆い尽くす。


「ごぼっ!?」


 次の瞬間。


 パキィィィィンッ!!


 ローランドの頭部を覆った水が、一瞬にして氷へと変化した。


「…………」


 火球は霧散し、ローランドは頭を氷塊で覆われたまま白目を剥いてその場にドタリと倒れ込んだ。

 完全に気絶している。


「うるさいな、もう終わったでしょうに」


 マリエルは小さくため息をつき、一度も振り返ることなく悠々と訓練場のゲートを抜けていくのであった――。

マリエルさん、魔力も凄いけどどちらかというと技量チート。

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