婚約破棄から始まる三重デート地獄!
「――オリヴィア嬢との婚約は、破棄させてもらう」
社交界のど真ん中でそう宣言された日のことを、私は一生忘れないと思う。
いや、忘れられるはずがない。だって、婚約者のあの男、よりによってパーティの壇上でそれを言ったのだ。
音楽は止まり、貴婦人たちは息をのむ。
私はワイングラスを手に、ただ笑って言った。
「……ご自由にどうぞ」
華麗に一礼し、そのまま退場。
涙? あんな人に見せる涙なんて、一滴だってもったいない。
ただ――心の奥のどこかで、私はふと、あの人のことを思い出していた。
金色の午後、学園のカフェテリア。
窓際の席で、一人紅茶を飲んでいた私に声をかけてきた留学生。
黒髪に琥珀色の瞳。少し訛った言葉で、
「お砂糖、二つですか?」
と微笑んだ彼。
そのたった一度の会話が、やけに胸に残っていた。
婚約破棄の噂が広まって一週間。
屋敷にこもってお菓子を焼いていた私のもとに、密偵のアンヌが飛び込んできた。
「お嬢様! 三男さんの正体が分かりました!」
「……三男さん?」
「ほら、以前カフェでお話ししたという“留学生の三男さん”です! なんと、王国アルサラームの第三王子でした!」
「……えっ」
どういうこと?
庶民風の服を着ていたあの人が、王子? いや、それよりも。
「それで、王子様はいま……?」
「命を狙われており、護衛のために影武者が二人いるそうです」
「……影武者って、つまり――」
アンヌは力強く頷いた。
「三男さんが、三体います!!」
密かに届けた手紙に返事が来た。
『昼の十二時に、噴水広場で。君に会いたい』
署名は“三男”。
胸をときめかせながら向かったその日、私はまさか一日に三回、同じ顔の人と会うことになるなんて、夢にも思わなかった。
――午前十時。
最初に現れた三男さんは、穏やかで理知的。
「オリヴィア嬢の瞳は、空より澄んでいる」
とか言ってくれる人だった。
完璧に本物っぽい。私の心臓は跳ね上がる。
――正午。
次に現れた三男さんは、やけに軽い。
「いやー、姫さん、飯行こ!」
と肩を抱いてくる。
……この軽薄さ。絶対に影武者その1だ。
――午後三時。
三人目は、やけに寡黙で無口。
ただ、目だけはやたら熱くて。
ティーカップを持つ指が震えていた。
その緊張した仕草に、なぜか私の心がぎゅっと掴まれる。
「あなた……もしかして本物?」
「……どう思う?」
それだけ言って、彼は唇の端を上げた。
ああ、ずるい。そんな笑い方、反則。
その夜。
机の上には、三通の手紙が並んでいた。
差出人は――三男さん×3。
一人は「国に戻ったら正式に求婚したい」と書き、
一人は「次はもっと派手にデートしようぜ!」と書き、
もう一人は……何も書かず、ただ紅茶の葉を一枚、封に忍ばせていた。
私は手紙を見つめながら、呟く。
「私は……誰の“オリヴィア”になればいいの?」
窓の外、月が三つに割れたように見えた。
翌朝、私は決めた。
本物とか、影武者とか、そんなこともうどうでもいい。
あの人たちは、それぞれ違う“顔”で、私を支えてくれた。
――午前の知性。
――昼の陽気さ。
――午後の沈黙。
全部ひっくるめて、私は三男さんが好き。
だから、手紙を一通書いた。
「どのあなたでも構いません。けれど、次に会う時は――あなた自身として、来てください」
返事は、まだ来ていない。
けれど、どんな顔で現れても、私は笑って迎えるつもりだ。
だって――
三男さんが三体いようと、私の恋は、たったひとつだから。




