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第7話『9ホール、村に現る』

シーン1:芝の地に“希望の設計図”を

 村の南側に広がる、石混じりの荒地。草はまばらにしか生えておらず、地面は硬く、足元を崩せばすぐにガレ石が顔を覗かせる。作物の育たぬこの地を、村人は長らく「捨て野」と呼んでいた。


 だが、いまそこに――ひとりの少女が立っていた。


「……見てください、エミリア。この起伏。風の抜け方。地脈の流れ。すべてが……ホールに適している」


 少女――コーデリア・ヴァレンタインは、肩にクラブを担ぎ、真剣な眼差しで眼前の土地を見つめていた。


 その隣で、エミリアが分厚いスケッチ帳を広げ、ペンを走らせる。地形の起伏、湿地帯の位置、風向き――次々にメモが加えられていく。


「自然を壊さず、地形を活かす設計が理想ですわ。芝の上に、あるべき“風景”を描くのです」


 それは、建設でも、開拓でもない。調律だ。


 やがて、興味を引かれた村人たちが集まってくる。大工、猟師、元農夫に、釘職人。皆がこの土地を知る者たちだ。


「この丘、冬になると風が西から真っすぐ吹くんだ。ちょうどこの窪地を通ってな」


「この辺りは昔、水がたまって田んぼにしてたが、雨が続くとすぐぬかるむ。排水路が要るな」


「おう、あの石だけはどかすなよ。あれは“風返し石”って呼んでてな。近くの風向きが読めるんだ」


 村人たちの言葉に、コーデリアは深く頷く。


「素晴らしい……これこそ“土地の記憶”ですわ。設計に組み込みましょう」


 エミリアの魔法が起動する。掌に宿した緑色の光が、やがて地面に伝わり、芝が芽吹き、岩が溶け、緩やかな傾斜が整っていく。


 魔法だけでは到底できない仕事もある。岩を砕くのは鍛冶師たちの得意分野だし、水路の設計には老農夫の知識が光った。


 子どもたちも、魔法に浮かせてもらった土を運び、草を植え、石を拾い……。


「ほら見て! この芝、気持ちいい!」


「ボール、転がるかな!? 試してみよう!」


 笑顔と笑い声が、いつの間にか村中に広がっていた。


 エミリアが空を見上げながら、ぽつりと呟く。


「……まるで、みんなで“詩”を作ってるみたいですね」


 コーデリアは微笑み、一本のクラブで大地を指す。


「詩ではありませんわ。これは――“設計図”ですのよ。希望を打ち出す、最初の一打目……ですわ」


シーン2:設計哲学のプレゼンテーション

 日差しの差し込む広場の一角。簡素な木製の長椅子に村人たちがずらりと並ぶ中、コーデリアは一本のクラブを手に、手製の模型の前に立った。


 粗く削られた木板に、芝で表現された起伏。土と石で形成されたミニチュアの丘や川。その中心には、木炭で手描きされた地形図が広がっている。


 そして、その図面の上に――白亜のチョークで、9つの数字が書き込まれていた。


「これが、私たちの“9ホール構想”ですわ」


 コーデリアが真っ直ぐに言うと、村人たちが思わず顔を見合わせた。


「まず、第1ホール。ここは初心者向けの“まっすぐな希望”コース。地形は緩やか、風も穏やか。ただし、右側に小川が流れています」


 そう言いながら、模型の上をクラブで指し示す。


「続いて第3ホール。こちらは……“逆風と傾斜”を読み切る、知略の戦場ですわ」


 ごくり、と誰かが喉を鳴らした。


「この丘を越えるには、高弾道か、右へのドローショット。ですが風は左から吹きますので、逆回転の魔力を込めたスピンが必要となりますの」


「逆回転の……なんだって?」


「風を読んで撃つ……まるで狩りみたいだな」


 元猟師の初老の男がぽつりと呟くと、周囲がざわめく。


「ただ打てばいいだけじゃないのか?」


「いや、こりゃ頭使うな……」


 コーデリアは頷く。


「ええ。ゴルフとは、精神と計算の競技。自然と対話し、風と語らい、自分と向き合う――まるで瞑想にも似た、思考の旅ですわ」


 その言葉のあとに、エミリアが小さく魔法陣を展開し、模型の上に小さな風を起こした。模型の芝の上に置かれた魔力製のミニボールが、傾斜と風に沿ってゆっくりと転がり、思わぬ方向へそれていく。


「……魔力の流れ、気の揺らぎ、風圧、傾斜。これらが複雑に絡み合って、同じ一打は二度と再現されない……」


 若者のひとりがぽつりと呟いた。


 その瞬間、空気が変わった。


 もはや村人たちの目に、ゴルフはただの遊戯ではなかった。狩りでもあり、戦でもあり、学びでもある――それは知性の競技だった。


「……風を読むって、弓術にも似てるな」


「魔力量で球の伸びが変わるんだな。剣技の“気”と同じだ」


「これ、訓練に使えるんじゃないか?」


 ざわつきのなかで、コーデリアは静かにクラブを肩に担ぎ、言った。


「さあ、皆さん。“芝の上の戦場”へ、ようこそですわ」



シーン3:村内ゴルフ大会、開幕!

 その朝、村の南から、澄んだ鐘の音が空を駆けた。


「開会の時刻です! 参加者はティーグラウンドへ集合してください!」


 エミリアの魔法強化された声が、村中に響き渡る。


 ――ついに始まった。「第一回・辺境村ゴルフ大会」。


 クラブを肩に担いだコーデリアが、芝に整備された第1ホールに立つと、そこには老若男女、さまざまな村人たちが集まっていた。


 前線で鍬を振るっていた農夫。釘を打ち続ける鍛冶師ランバルト。道具を担いだ旅の商人。そして、無邪気にクラブを構える子どもたち――。


「おお、なんか……思ってたより、祭りっぽいな」


「俺、ゴルフとか初めてなんだけどな。まあ、球を打つだけならできるか」


「うちの子、昨日から“パー! バーディー!”って叫びながら走り回ってたぞ」


 村人たちの表情は、すでにどこか誇らしげだった。


 


 ◆


 


「さあ、トップバッターは……フィリオくん、10歳!」


 エミリアが魔法で展開した簡易ホログラムに、フィリオ少年の姿が浮かぶ。木製のクラブをぎこちなく構える様子に、観客席から「がんばれー!」の声が飛ぶ。


 第1ホールは、シンプルな直線芝。初心者でも気持ちよくプレイできる入門ホール。


 ――コンッ!


 小気味よい音とともに、フィリオのボールが空を舞った。


 まっすぐ、まっすぐ、真芯を突いて――。


「おおおおお!! いったいったー!」


 歓声があがり、フィリオがクラブを掲げて飛び跳ねた。


「ナイスショットですわ!」


 コーデリアが満足げに微笑む。


 


 ◆


 


 第3ホールでは、一転して難関が待ち受けていた。


 このホールには、風向きが渦を巻く“魔力乱流”が仕込まれている。


「次はランバルトさん。鍛冶屋魂、見せてください!」


 エミリアの実況に、ゴツい体格の男が唸った。


「ふん、鉄を打つのと同じだ。芯を読めばいいんだろう!」


 豪快なスイング。火花のように魔力が弾け、風を切る一打。


 だが――風が読めなかった。


 ボールは空中でふらつき、予想外の角度に流されて……水たまりにポチャン。


「ぬぉおお!? 風が反抗してやがる!!」


「風もホールの一部ですわ、ランバルトさん」


「クソッ、なんて頭のいい球技だ……!」


 


 ◆


 


 第6ホールは、地形の罠。


 微妙な傾斜が連続する“ジグザグ丘陵”コース。まっすぐ打つだけではボールが滑って戻ってしまう。


「ここは……力だけじゃどうにもならない……!」


 そう呟いたのは、元傭兵の若者。かつては剣しか知らなかった男が、芝の上で額に汗を浮かべ、風と斜面を読む。


「……狙うは、傾斜の頂点。インパクトの魔力を抑えて……今だ!」


 彼の放ったボールが、丘のてっぺんにピタリと止まり、じわりと目標に向かって転がる。


 その精密な軌道に、周囲から拍手が巻き起こった。


「こいつ……頭使えるじゃねぇか」


 


 ◆


 


 そして、第9ホール。


 大会のラストを飾るのは、“池越えロングホール”。


 しかも水面には、魔力で作られた小さな浮島がぽつぽつと点在しているという、トリッキーな設計だ。


「ここでチップインできたら、伝説になりますね!」

「おお、誰が英雄になるんだ?」


 そんな中――小さな少女が、一歩前に出た。


「ミーアちゃん!? 本当に打つのか?」


 小さな手にクラブを握ったミーアが、何かを思い出すように目を閉じ、深呼吸。


「えいっ!」


 放たれたボールは……池を越え、小さな浮島を奇跡的に跳ね、最後の島からバウンドして、芝の上へ――。


「止まったァァァ!! すごい! ミーアちゃん、ナイスショットです!!」


 ホログラムに映るリプレイが魔法で空に投影される中、村人たちは総立ちで拍手を送った。


「まるで……村中が、ひとつになってる……」


 エミリアがつぶやいた言葉に、コーデリアも微笑んだ。


「ええ。これが“芝の力”ですわ」


 


 ◆


 


 こうして、第一回・辺境村ゴルフ大会は、歓声と笑顔に包まれながら幕を閉じた。




シーン4:優勝とウッドクラブの授与式

 ――夕暮れ。西の空に赤が差し、芝生の上に柔らかな影が伸びていた。


 村の中心に設けられた表彰台。周囲をぐるりと囲んだ村人たちの顔には、興奮の余韻と、どこか尊敬のような光が宿っていた。


「さあ……発表しますわ」


 コーデリアが前に出て、優雅に口を開く。


「第一回・辺境村ゴルフ大会の優勝者は――」


 一拍の沈黙。


「ミラ・グレン爺!」


「……わし……?」


 よろりと前に出てきたのは、足を引きずる老農夫、ミラ爺だった。年齢は七十を超え、普段は畑仕事もままならぬ身体。それが今日、誰よりも確実なストロークを重ね、正確無比なショットで全ホールを攻略したのだ。


「見たか? あの第六ホール、あの傾斜を一撃で越えたぞ」


「第九ホールの池越え、まるで水面に吸い込まれていくような球だったな……!」


「魔力も最小で……気流を読むように打っていた……」


 ざわめく村人たちの間を、ミラ爺はゆっくりと歩く。


「ミラさん、すごいじゃないか……!」


「……へへ、いやあ……」


 照れ笑いを浮かべながら、それでも誇らしげに胸を張るその姿には、かつての猟師の風格があった。


 


 ◆


 


「ミラ・グレンさん」


 壇上に立ったコーデリアが、彼の前で膝を折った。


「あなたの打球には、魔力でも技術でもなく、“意志”がこもっていましたわ」


 その言葉に、会場が静まり返る。


「ゴルフとは、ただの遊戯ではありません。スコアのために振るのではなく――己の魂を、球に込める行為です」


 静かな声。けれど、それは誰の胸にも、確かに届いた。


「ですから私は、あなたを讃えたい。“ゴルファー”としての姿を」


 


 ◆


 


 コーデリアが手を掲げると、エミリアが持ってきた桐箱が開かれた。


 そこには――一本のクラブが収められていた。


 美しく研磨された木のシャフト。ランバルトの手で精巧に打ち込まれた鉄のヘッドには、炎と風を象った彫刻が刻まれている。


「これは……木と鉄の……」


「ランバルトさんとの合作ですわ。自然の温もりと、人の技が融合した、“ウッドクラブ・アーティファクト”」


 その一本は、もう単なる道具ではなかった。象徴だった。


 ――新たな文化の、誇りの、始まりの。


「……こんな、ええもん……わしに?」


 ミラ爺が震える手でクラブを受け取ると、村人たちから自然と拍手が沸き起こる。


 


 ◆


 


 その光景を見つめながら、誰かがぽつりと呟いた。


「これは……遊びじゃないな」


 そして、別の誰かが答える。


「違ぇねぇ。あれは、魂を打つ競技だ」


 言葉はやがて波紋のように広がり、村の空気に溶け込んでいく。


 農夫も、鍛冶師も、子どもたちも、それぞれの胸に静かな火を灯して。


 


 ◆


 


「……お嬢様」


 その様子を見ながら、エミリアがそっと声をかける。


「村の価値観が……変わり始めています」


 コーデリアは風に髪をなびかせ、静かに頷いた。


「ええ。この芝の上に、“文化”が根を張り始めたのですわ」


 空には夕焼け。芝の緑が赤く染まり、風がどこか誇らしげに吹いていた。



シーン5:夕暮れと村長の独白

 辺境の村に、ゆっくりと夜が訪れようとしていた。


 空は茜に染まり、芝の上には今日一日の記憶が、まだ温もりを残していた。


 ホールのあちこちには、踏みしめられた足跡。打ち込まれた跡。転がる球筋の線。そして、子どもたちが楽しげにスコアを言い合う声。


「ぼく、七打だった!」「でも第六ホール、すっごい良かったよ!」


「母ちゃん、また来週もやろうね!」


 そんな声を聞きながら、村人たちはホール脇のテントをたたみ、道具を片付け、焚き火を囲んで今日の話に花を咲かせていた。


 


 ◆


 


 そのすべてを、少し離れた丘の上から眺めていた男がいた。


 村長――白髪混じりの口ひげを撫で、年季の入った杖をついた、古老の男。


 彼は、一歩だけ芝へと足を踏み入れる。踏み締めるその感触を、ゆっくりと確かめるように。


 そして、目を閉じ、静かに呟いた。


 


 「……村の誇りが……芝に生まれたな」


 


 その言葉を、偶然近くにいたコーデリアとエミリアが耳にする。


「……村長さま……?」


 エミリアが小さく声を上げる。


 コーデリアは、言葉を失い、ただ村長の背中を見つめる。


 風が、静かに芝を撫でる。


 それはまるで、この土地そのものが――今日、新たな何かを産み落としたのだと、祝福しているようだった。


 


 村長は振り返らず、ただそのまま前を向いたまま、続けた。


「忘れかけていたよ。土地を耕すこと……風を読むこと……何かを受け継ぐということ……。それは全部、戦でも、祭でもない……文化というやつだったんだな」


 


 沈黙。


 だがそれは、言葉よりも深く、響くものだった。


 


「……文化、ですのね」


 コーデリアがそっと呟く。


「芝の上に、それが生まれたなら……私たちの旅は、間違っていなかったということですわ」


 彼女の頬には、今日初めて見せる、どこか素直で穏やかな微笑みが浮かんでいた。


 


 ◆


 


 そして、夜が降りる。


 村の灯火のひとつひとつが、まるで星のようにまたたきながら、今日という一日を宝石のように閉じ込めて――。


 


 風の音の中に、コーデリアの声が優しく重なった。


 


「――さあ。次は、“風のホール”を、作りましょうか」


 


 その一言とともに、物語は静かに、しかし確かに、次なる章へと歩を進めていった。



夜空は、まるで墨をこぼしたように深く、そこに無数の星が瞬いていた。


 村の南に広がる新生ゴルフコース――簡易ながらも、魂を込めて作り上げた9ホールが、月光に照らされて静かに輝いている。


 


 その中心に立つ、ふたりの少女。


 コーデリアは肩にクラブを担ぎ、エミリアはその隣で星を見上げながら、ぽつりと呟いた。


 


 「……でも、お嬢様。クラブが、足りませんね」


 


 その声は、満足と達成感の余韻に浸るには、わずかに鋭い。先を見据えた者の声だった。


 


 コーデリアは、少しの間だけ視線を前方に留め――そして、静かに頷いた。


 


 「ええ」


 月明かりが、彼女の横顔を柔らかく照らす。


 


 「ならば――クラブ職人を口説きに行きましょうか」


 


 その一言は、まるでティーショットのように風を切り裂いた。


 次なる旅の予感。


 そして、“芝の文化”を広げていくための、新たな挑戦の始まりを告げる鐘の音のように――。


 


 ゴルフと魔法が交錯する世界で、ふたりの少女の物語は、まだまだ続いていく。


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