第31話『帰ってきた悪役令嬢』
――その日、王国の城門前は、まるでゴルフ場のフェアウェイが町中に広がったかのようだった。
沿道には鮮やかなゴルフ旗がはためき、花飾りが風に揺れ、街の空気そのものが祝福で満ちている。
白馬に引かれた馬車がゆっくりと門をくぐる。
中から姿を現したのは、今や世界を救った英雄――いや、王国民がこぞってそう呼ぶ**「ゴルフの女神」コーデリア**だ。
「女神様ーっ!」
「ドライバー、見せてー!」
子供たちの甲高い声が響き、色とりどりの花びらが舞い落ちる。
かつて「悪役令嬢」と囁かれ、社交界で煙たがられた日々はもう遠い過去。
今では、その名はフェアウェイの風のように爽やかに、人々の口から口へと伝わっていた。
コーデリアは片手を軽く振り、やや照れくさそうに笑った。
「……女神はやめて。普通のゴルファーでいいわ」
だが、その微笑みには――世界を救った者だけが持つ、どこまでも穏やかな輝きがあった。
――あの決戦から、仲間たちもそれぞれの新しいフェアウェイを歩み始めていた。
エミリアは、王都に設立されたばかりの「キャディー育成学院」の初代校長に就任。
講義では両手を腰に当て、熱く語る。
「歩測とは……心を測ることです!グリーンを読むのは、相手の心を読むことと同じ!」
学生たちは感嘆のため息を漏らしつつ、必死にメモを取っていた。
フィリップは国王の命で「ゴルフ外務卿」という新たな役職に任命され、各国との国際試合や交流戦を取り仕切る日々。
外交会議の席で、得意げに言う。
「外交はパターより繊細なんだぞ。ラインを外せば全部水の泡だからな!」
周囲の役人たちは苦笑しつつも、その手腕に一目置いていた。
ランバルトは例の金床を元にした「ゴルフ練習器具」を開発し、特許を取得。
重みと反発を調整できる謎の器具はプロ・アマ問わず人気となり、一財産築くことに成功する。
「ほら見ろ、鍛冶屋だって世界を変えられるんだ!」と、鼻高々に宣伝ポスターに写っていた。
ザラドは戦場での活躍が子供たちに伝説として語られ、今や人気マスコット扱い。
広場では尾でティーアップする芸を披露し、歓声と笑い声を浴びる。
「次はトリプルアクセル・ティーアップだ!」と叫び、観客から大喝采を受けていた。
王都の夜は、勝利と平和を祝う盛大な宴で彩られていた。
城の大広間では、グラスの音と笑い声が響き、長い戦いを乗り越えた者たちが思い思いに杯を傾けている。
その最中――扉が勢いよく開き、一人の天文学者が息を切らしながら飛び込んできた。
「女神コーデリア様! 月面に……“旗竿”のようなものが立っているのを観測しました!」
場が静まり返る。
フィリップは手にしていたワイングラスを置き、目を細めて低くつぶやく。
「……宇宙ホールだと?」
エミリアは真顔のまま顎に手を当て、さらりと言う。
「キャディー、防護服が必要ですね。真空でも歩測はできます」
注がれる視線を受け、コーデリアは一瞬だけ呆れたように笑い、肩をすくめる。
「……行くしかないわね」
小声でそうつぶやくと、彼女の目にはまたあの日のような光が宿っていた。
月明かりに照らされた城のバルコニーは、宴の喧騒から少し離れた静けさに包まれていた。
コーデリアは手すりにもたれ、ワイングラスを片手に夜空を見上げる。
そこに――薄く霞んだ月の表面に、確かに旗竿のような影が浮かんでいた。
思わず小さく息を吐き、肩の力を抜いて笑みをこぼす。
「芝がある限り、私たちのラウンドは終わらない」
遠くの月面から吹くかのような風が、そっと髪を揺らす。
その風は、また新しい物語の予感を運んでいた。




