第1章 #6 『麗しき水面』
『二面奏』のカルマVS『美水の剣』アリス・シルヴァ。2人の戦闘は素人が追いつけるようなものではなかった。
「すげぇな……あれ…」
ミナトの目に映るのは剣のぶつかり合い火花散り、水しぶきが飛ぶ床は割れ壁は削れる光景
ルイはミナトの盾になる為ミナトの近くで戦いを見守り、ミナトはと言うと蹴られた脇腹、斬られた腕を庇い痛みで動くこともままならない。そして端で倒れているヴェル爺も心配だ。
「姉貴はすげぇさ。この国で最も大きい騎士団。アテナ騎士団の騎士団長だからな…あと、あそこで倒れてるジィさんだけど、姉貴が治癒を施してたみたいだから、多分大丈夫だと思うぜ…悪いな、今はこんな状況、あのまま放置は許してくれ」
治癒を……いつの間に…さすがに騎士団長と言ったところだろうか。だが…あのカルマという男。その騎士団長に引きを取らないどころかほぼ互角の打ち合いをしている。
「珍しい剣術だな……貴様…オルテナ流の使い手か?」
「……オルテナ流ねぇ…確かにぃ…今使ってる型はそれであってるけどぉ少し違うねぇ…」
「確かに…私の知らない動きが入ってる」
「元々ある型はあんまりねぇ…好きじゃぁないんだよなぁ…だからぁ型を知ったあとはぁ、自分の好きな動き加えて独自のものにしてるんだァ」
「オルテナ…そういうことだったのかよ…」
ルイが納得げにしている
「オルテナ流てなんだ?」
「オルテナ流つぅのは剣術のひとつで、他の流派に比べて独特な剣の扱い方をするんだ。」
ルイがそう言うとアリスが説明を繋ぐ
「そう。あの流派は基本的に『剣を振る』という行為を行わない。自身が舞のように動きそれに合わせて剣に魔力を込め斬撃が生じる。剣を構える、剣を振る動作がないことで相手は頃合を測れないなかなかめんどくさい流派だ…」
(道理でルイが反応できないわけだな…)
「騎士団長と戦うなんて滅多にないことで嬉しいことなのでぇ、ほんとあの人には感謝ですねぇ…。それでぇ今の私ぃ…とても興奮してるんですよォ…そのお礼と言ってはなぁんですがぁ…いいこと教えてあげまぁす!」
「いいこと?」
全員がその言葉に気を引かれる
「私の雇い主なんですがァ、魔罪組織の執行官…司る罪は「憤怒」……ナハト・ザルギオス・サタン……ですぅ…」
「ナハト………なるほど……だがいいのか?その情報……」
「?問題ないですよォ?だってぇ……貴方達はここで死ぬんですからァ!」
不敵な笑みと共にアリスの懐へ入らんと突っ込んでくるカルマ
それに対応する形で魔法を繰り出すアリス
「サージ・ウォール」
水の壁の生成。カルマの剣はその壁を易々と切り裂き勢いを衰えさせず突っ込む。
「その程度の壁でどうにか出来るわけないじァないですかぁ!」
「そうだな…だが剣を振ったことで体勢が変わったな……」
「!?」
壁を斬る時、どんなに強い者でも一瞬の隙ができる。アリスはそこを見逃さなかった。
「受けよ!我が最高の剣!」
その掛け声と共に剣を構え向かってくるカルマへと突き出す。
《ラグナ・ファルゼル》!!
その一撃は正確にカルマの心の臓へ向かっていき
ドスッ!
肉体を貫く生々しい音…
水を纏った剣は赤く染まりカルマの心の臓を貫く。滴る鮮血。カルマの身体は痙攣している。
「かはッ…!」
吐血…それも凄まじいほどの量。
ミナトは人を刺し殺すその生々しい光景を肉眼に初めて捉えた。
「…アニメや漫画で比較するのもあれだけども………実際見ると…グロいな……」
言葉が浮かばない。走る沈黙。
「……心の臓は貫いた…終わりだ…」
「…こんな呆気なく終わるなんてぇ……」
そう呟きカルマは倒れる。絶命と言ったところだろう。
「大した男ではなかったようだな。」
そう吐き捨て剣に付着した血を振り払いさやに収める。
そこへルイが駆け寄り
「やっぱ姉貴はすげぇぜ!」
騒ぎ散らかす。クリスはそれを宥め冷静に指示を出すその姿はまさに団長だった。
「喜ぶのはまだ早いぞ?けが人の手当等に回れ」
それを見てこれならもう大丈夫と思い、緊張が解けた…その時
ザシュ…!
「は?」
ミナトの目に映る新たな血の飛沫。それは目の前にいるルイとアリスから出たものだ。
「な……に?」
アリスが苦し紛れに後ろを振り返るそこには自分の死体を踏み付けるカルマが居る。
そこには『自身の死体』を踏みつけるカルマが居る
「油断ッ!慢心ッ!剣士として許すまじ行為ッ!心の臓を刺した程度で倒したと思い上がるなよッ!女ァ!実に不快ッ!不愉快ッ!極まれりッ!」
これまで飄々とはさていたのとは取って代わり血眼で怒りを口にするカルマ。自身の死体を何度も踏みつけるその光景は狂人そのものだ。
「はぁ……まぁ良い……貴様らはここで死ね…」
鬼の形相と携えた剣をこちらに向け斬り掛かるカルマ。死を悟る。
………あ、俺ここで死ぬんだ…………
「彼に手は出させない!」
負傷し倒れていたはずのアリスが迫る剣を弾く
「風魔法も使えるとはな……伊達に団長を務めている訳では無いようだな…」
「アリスさん!大丈夫なんですか!?」
「ふむ……風魔法で治癒を施した。問題は無い。」
風魔法は攻撃性の高い魔法である。その一方で回復魔法も担うことが出来る。
「私はな『天属の権能』を持っているんだ..」
「これまた厄介な…」
「『天属の権能』?」
「『陰』と『陽』属性以外の魔法属性が扱えるようになる権能だ…扱う魔法の強化も入る」
「ふむ……陰陽を除く五属性が扱えるとはな…まぁいい。貴様たちは何故我が生きているか不思議だろう?情報開示の返しとしてこちらも種を明かそう。『禁術』だ」
「あぁれ?あんたが種明かすってぇ…珍しいぃじゃないですかぁ…」
「!?」
「なんで……!?」
この短い時間の中で聞き馴染んだ声の主の方へ目を向ける。そこには心臓を貫かれ、もう1人現れたカルマに原型の無くなるほどに潰されたカルマがいるのだ。
「………人には喜び、悲しみ、怒り、幸福、緊張、不安といった感情が存在する。我が使ったのはそれらの感情を陰の感情と陽の感情のふたつに分ける術だ。」
感情を分ける。理屈は分からないが分けて無くなった方の感情は感じないのだろうか。
「この術は人の理を外れるものとして禁術になった……」
「まぁ…簡単に言えばァ……喜び、幸福、好奇心などのぉ陽の感情の僕とぉ…」
「怒り、悲しみ、焦燥などの陰の感情を我とで分けているのだ…」
陽の感情と陰の感情を分ける。これだけではあまり禁忌とは言えない気もするが……
「…その顔、あまりわかってないようだな。」
さすがアリスさん口に出さなくても分かる。勘のいい人だ。
「あれが禁忌な理由は人道を外れているからだ。人間とは陰と陽2つがあり始めて成り立つものとされている。それを切り離す行為は人として落ちた行為だ…」
なるほど人間性の欠如か
それならば納得がいく。さすが異世界することのスケールが違う
だが
「それはわかったけど…どうやって倒すんだ?」
「術をどうにかして解除する他ないが……生憎禁術を解く術を私は持ち合わせていない。」
面目ないと剣を引くアリス。
「………さて…どうする片我…」
「ん〜?あぁ時間かぁ」
「時間だァ?」
ルイが会話に噛み付く
「そろそろ切り上げないとナハト様もそうだけど、あの人もうるさいからねぇ」
「………ふむ…さっさと報酬を頂き撤退だな…やつにも礼をしなければな。命拾いというやつだ小娘、小僧、雑種」
「雑種って………」
俺のことだろう。確かにこのメンツじゃ1番弱いし……が少し酷い
「ふむ…逃がしはしないと言いたいところだが…今はそれが1番得策だろう…」
「あぁ?この2人……逃がすってのかよ姉貴ッ!」
「ルイの言いたいこともわかる。この場をめちゃくちゃにした張本人。それを逃がすというのだ。だがアリスの言い分もわかる。実力も確かな2人、しかも禁術を使ってる未知な輩…こちらは足でまといが1人…きついだろう」
「賢い人間でよかったよ。せいぜい立て直すことに専念するんだな……」
「楽しかったよぉ?またやろうねぇ…」
そう言って2人は消える。煮え切らない。
「………終わったのか…?」
「一旦はな。」
ヴェル爺を抱えそう答えるクリス。終わったとはいえあの終わり方ではさすがに煮え切らない。
「んで、この後はどうするんだ姉貴。」
「どうするもこうするもない。今は怪我人を王都中心まで運び治療する。やつらについてはまず破壊されたものと怪我人を対処してからだ。」
「なら、俺はもう行くぜ?姉貴はミナトの手当頼むわ」
「なら、このおじ様も頼む。今治療すればまだ間に合う。」
「ヴィル爺大丈夫なのか!良かったァァ…。」
「人の心配をしている場合ではないだろう?ほら、ミナト殿も腕を出すのだ。」
「いや俺は…」
斬られた箇所は腕、そして蹴られた脇腹が痛むが我慢できないわけではない。それなりに時間が経ちピークが過ぎたためでもある。
「いいや、目の前に怪我人がいるのだ。放置はできない。ほら腕を出せ。」
「お、おう」
緑色の光が怪我した腕を包む。温かみと心地良さそして目に見えて傷が治っていく。それを治しているクリスの横顔はほのかな光により一層美しく感じた。
「風魔法て…なんかこうイメージ的には攻撃的なイメージがするんだけど…やっぱすげぇや」
そよ風を受けるように心地よい
「よし、これで大丈夫だ。私ももう行くが、自分で王都まで来れるか?来れなければ私がおぶさって連れていくが…」
「いいや、さすがに大丈夫だ。そこまでは世話になれないよ。」
「ふむ。ならば気を付けてくれ建物も崩壊寸前のものもある。」
では。とその場を離れるクリス。それを見送り、戦いの痕を見ながら考える。
「あいつら…ここの情報欲しがってヴェル爺に突っかかったみたいだけど…一体何があるんだ…」
この世界に転移して3ヶ月弱。俺はこの世界について未だまだ知らないことが多すぎる。そして武力も。今回、ルイやクリスさんがいなければ恩人のヴェル爺は死んでいて。俺もまた死んでいただろう。そんな事を考えていると浮かぶもの
「…………強く…なりたい。」
その意思はクリスの強さ。自分の無力さ。今回訪れた災害のような不条理の中で確かに心の中で燃えていた。




