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5.ルイスの秘密と交わした契約


 ウィリアムはどうにか追手を()き、路地裏を駆け抜けていた。


 彼には入り組んだ路地の道などわからなかった。けれど、いつだったか双子とこの辺りを通ったときに教えられたことを思い出していた。


「この先には入るなよ。浮浪者のたまり場があるからな。お前みたいなのはいいカモにされるぞ」――と。


 つまり、スリの子供はその一味ということだ。アメリアはきっとそこに向かったはず。

だがその情報だけでアメリアを見つけ出すのは難しいということも、彼はよく理解していた。



 それでもウィリアムは走り続ける。それはなぜか。――勝算があったからだ。


 ウィリアムは確信していた。ルイスは必ずアメリアを見つけ出す、と。


 二ヵ月前、アメリアが湖に落ちたときもそうだった。


 ルイスは川岸でアメリアの痕跡を見つけ、情報を持ち帰った。アメリアがライオネルの屋敷にいることを突き止めたこともそうだ。


 つまり、アメリアを探したければルイスを見つけ出せばいい……否、ルイスに自分を見つけてもらえさえすればいいのである。


 物陰に隠れ兵士をやり過ごしながら、ウィリアムは心の中で繰り返しルイスの名を呼んだ。



 ――ルイス。俺はここにいる。聞こえたら合図を寄こせ……!



 ウィリアムにはルイスの声は聞こえない。ルイスの居場所もわからない。


 けれど、ルイスはウィリアムの居場所を知ることができた。ウィリアムが許しさえすれば、ルイスはウィリアムの心の内を読み取ることができた。


 それはあくまで一方通行のものだったが、ウィリアムが呼べばルイスは必ずそれに答える。ウィリアムに困ったことが起きたら、ルイスがすぐさま助けに入る。

 二人はこれまでずっとそうやって生きてきた。


 それが、二人がかつて結んだ契約のうちの一つだった。



 その声が届いたのか、しばらくすると、ウィリアムの視界の先を白い鳥が横切った。――それはべネスだった。


 ――ルイスはそっちか……!


 ウィリアムは再び走り出す。べネスの後を追い、ルイスの元へとひた走る。


 するとほどなくして、路地裏からルイスが姿を現し、手招きする。


 ウィリアムは路地に滑り込み、そして真っ先に問いかけた。


「――ルイス! アメリアは⁉ 無事なんだろうな⁉」


 だがルイスはすぐに答えずに、顔の前で人差し指を立てる。


「お静かに」

「……っ」

「アメリア様はご無事ですから、ご安心を」

「そうか。なら……よかった」


 ルイスの声は、いつもと変わらず淡々としている。表情にも、何の感情も映っていないように見えた。


 けれど、確かに感じる微かな違和感。その正体を確かめようと、ウィリアムはルイスの顔を覗き込む。


「……なあ、ルイス。お前、何か変じゃないか?」


 そうして気が付いた。

 苦しげに肩を上下させるルイスの横顔に――額から汗を垂らし、何かに耐えるように唇を結ぶ、ルイスの青白い顔に――。


 それはいまだかつて見たことがないほど体調が悪そうな、ルイスの姿……。


「お前、怪我をしたのか⁉」


 ウィリアムは狼狽える。

 だが、ルイスはゆっくりと首を横に振った。


「怪我はしておりません。ただ、少し力を使いすぎただけのこと」

「使いすぎた? アメリアの居場所を探るのにか? だが、今までは一度だってそんなことなかったじゃないか」

「確かに仰るとおりですが、この力にも制限があるのです。まぁ、少しタイミングが悪かったと申しますか……」

「……お前」


 何かを隠したがっているように、口角を上げるルイス。

 その苦しげな横顔に、ウィリアムの表情が罪悪感でいっぱいになる。


「……すまなかった。俺がちゃんと彼女を引き留めていれば、お前に負担をかけることはなかったのに」

「あなたが謝るなんて珍しいですね。ですが、謝罪は不要。あなたは十分すぎるほどよくやっている。それはこの僕が保証しますよ。――それに、約束したでしょう? 僕があなたをお守りする、と。そのためならこの程度のこと、なんでもありませんよ」

「……ルイス」

「とにかく、今は急ぎましょう。どういうわけか先ほどからやたら騎士や兵士がうろついていますし……何やら嫌な予感がします」

「そのことなんだが、どうやらあの騎士らはアーサーの指示らしい。俺がアメリアを追おうとしたら、コンラッドに阻まれたんだ。……隙を見て逃げ出してきたが」

「アーサー様の指示?」


 ルイスの眉がピクリと震える。

 その意味深な横顔に、ウィリアムはごくりと唾をのみ込んだ。


「なあ、ルイス。お前はこの状況の理由を知っているんじゃないのか? なぜアーサーがこんなことをするのか、何か心当たりがあるんじゃないのか?」

「…………」

「知っていることがあるなら教えてくれないか。なぜアーサーが俺たちを監視しているのか、なぜあいつが俺を守ろうとするのか……」

「守る? あなたを?」

「そうだ。コンラッドが言っていた。〝俺を守る〟ように、アーサーから命を受けたと」

「…………」

「お前は俺に隠していることがあるんじゃないのか? その秘密に、俺やアメリア……そしてアーサーがどう関わっている? 今回、俺たちの前にスリの子供が現れたことは、偶然か?」

「…………」


 ウィリアムの問いかけに、ルイスはとうとう黙り込んだ。

 何も知らないはずがない。全ての元凶は自分なのだから。


 けれど、それをウィリアムに知られるわけにはいかなかった。――ルイスは微笑む。


「……そうですね。心当たりは大いにあります。僕はアーサー様に喧嘩を売ってしまいましたから。彼は僕を恨んでいるんでしょう」

「喧嘩を売った? ……いったい、どんな――」

「僕があなたをそそのかし、アーサー様の名誉を汚した、ということです。きっとそのことをお怒りなのでしょう」

「――っ⁉」


 告げられた内容に、ウィリアムは困惑する。


「お前が俺をそそのかし、アーサーの名誉を汚した? それはいったいどういうことだ、もっとわかるように説明しろ」

「……わかりました、説明致します。――が、少々長くなりますので、屋敷に戻ってからでもよろしいでしょうか?」

「…………」


 そう言ったルイスの瞳はどこか悲しげで、ウィリアムはそれ以上何も言えなくなった。

 本当は今すぐ説明させたいと、そう思っていたにもかかわらず、それ以上言葉が出てこなかった。


 ――あぁ、自分のあずかり知らぬところでいったい何が起きている? アーサーとルイスの間に、いったい何があったというのか。


 ウィリアムはルイスの視線を受け止め、唇を結ぶ。アメリアを無事連れ戻し屋敷に戻ったら全てをはっきりさせよう――そう心に決め、頷いた。


「わかった。屋敷に戻ったら全て話してもらう」

「ご理解いただけて何よりです。――では、そろそろ路地を出ましょう。人の気配がなくなった、移動するなら今です」


 ルイスはそれだけ言い、踵を返し走り出す。


 ウィリアムはそんなルイスの背中を追って、一拍遅れて駆け出した。


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