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4.足止め


「そこを退け、コンラッド!」


 遡ること二十分前。


 ウィリアムはアメリアを見失った付近で、財布をすられた男性を見つけていた。


 ほどなくしてそこに現れたハンナの証言から、アメリアがスリの少年を追ったと断定――警備隊への通報はハンナに任せ、自らはアメリアの後を追おうとした。


 けれどそのとき、どこからともなく現れた五人の騎士に、行く手を阻まれたのである。



「いったい何の真似だ。どうやら見知った顔ばかりのようだが」



 ウィリアムは彼らのことをよく知っていた。

 真ん中の一人――コンラッドは言わずもがな、残りの四人はアーサーの護衛騎士である。それがいったいどうしてこんな場所に……?


 五人の中央の男――コンラッド・オルセン。彼は二年前まで王家直属の騎士団の団長を務めていた。彼はもともと平民だったが、軍に入って十年で騎士団長へと上り詰め、それから二十五年もの間団長を務めた。


 ここエターニアではしばらく戦争は起きていないが、和平協定を結んでいる諸国への援軍として数々の功績を残し、〝不敗のコンラッド〟とあだ名された男。


 だが、そんな彼も年齢による身体の衰えには勝てず、二年前に五十を迎えたのを機に、騎士団を引退したのである。


 ――そんな彼が、どうしてアーサーの護衛を率いている? なぜ俺の邪魔をする?



「説明しろ、コンラッド。なぜお前がここにいる? こんな街中を武装してうろつくなどと……市民を怯えさせて楽しいか?」



 この国にコンラッドの名を知らぬ者はいない。年齢を重ねようとその威厳は健在だ。


 屈強な戦士という体躯の彼は、存在そのものが威圧感の塊であり周りの者を怯えさせる。


 現に、街の人々はコンラッドに恐れをなして、逃げるように距離を取る。

 そんな人々と同じく、ウィリアムの後ろに立つハンナもまた、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。


 けれどウィリアムだけは違った。


「まさか、これはアーサーの命令か?」――そう問いかけて、コンラッドを睨みつける。


 ――アーサーの近衛騎士を動かせるのはアーサーのみだ。

 近衛騎士は国軍所属の騎士とは違い、国ではなく主人に忠誠を誓う。つまり、国王たりともアーサーの近衛騎士を動かすことはできない。


 だが、たとえこれがアーサーの指示だったとして、いったいその理由がなんなのか、なぜ騎士団を引退したコンラッドまでもがこの場にいるのか、ウィリアムにはわからなかった。


「彼がお前に何と指示したかは知らないが、俺は今すぐ行かなければならない。話なら後でいくらでも聞く。だからそこを退け、コンラッド」


 そう言って、ウィリアムはあからさまな敵意をコンラッドに向けた。

 けれどコンラッドはそんなウィリアムの視線など気にも留めず、穏やかな顔で答える。


「悪いが行かせるわけには参らんのだ。それが殿下のご命令なのでな」

「…………」


 コンラッドの返答に、ウィリアムは眉をひそめた。行かせられない、という言葉の真意を測りかねて。


「なぜだ、俺がここを離れると不味い理由でもあるのか?」


 ウィリアムは声を低くする。

 すると、コンラッドは肩をすくめた。


「貴殿をお守りせよ――と命じられている」

「なんだと?」


 守る? 俺を? いったい何から……? ――まさか。


「アメリアが追った少年がスリだと、知っていたのか⁉」

「まぁ、端的に言えばそういうことになる。――だから貴殿はここで待たれよ。アメリア嬢はこちらで捜し出して連れ帰る」

「――ッ」


 そう言ったコンラッドの瞳は、有無を言わせぬ重みを放っていた。


 ウィリアムは言葉をのみ込んで、瞼を伏せる。しかし――。


「駄目だ。協力には感謝するが、彼女は俺の婚約者。俺も共に探す」


 再び顔を上げ、はっきりと言い放った。――コンラッドの眉がピクリと震える。


「ハッ……! まったく、あの方のわがままにも困ったものだが、よもや貴殿までそのようなことを言い出すとはな! そのように冷静さを欠いた発言、貴殿の言葉とは思えんな。いやはや、貴殿も愛するご婦人の前では、一人の愚かな男だった、というわけか」

「だったら何だと言うんだ。彼女に何かあったらどう責任をとる。ただで済むとは思うなよ」

「まるで子供のようなことを仰いますな。アメリア嬢は自ら危険に飛び込んでいったようにお見受けしましたがね。そしてその手を掴まなかったのは貴殿でしょう。我らには何の責もございますまい」

「――ッ!」

「にしても、なるほど、悪女の名は伊達ではなかったということですかな。難攻不落と称される貴殿をこれほど夢中にさせるとは……殿下が興味を持たれるのも必然か」


 ふむ――と、まるで感心するかのように考え込むコンラッド。

 その発言に、ウィリアムの顔が歪む。


「……貴様、彼女を侮辱しているのか……?」


 ウィリアムの心に沸き上がる明確な怒り。それは彼自身、久しく感じていない感情だった。

 そしてその感情の正体に、ウィリアムは酷く困惑した。なぜ自分はこれほど心を乱しているのだろうか。そう思わずにはいられなかった。


 ――まさか俺が、彼女に情を抱いている……?


 それはウィリアムにとって、決して抱いてはいけない感情だった。それにその感情は、アメリアと結んだ契約以前に――それよりもずっと昔に――捨てたはずの感情だった。


「……っ」


 だからウィリアムは、どうにか気持ちを押し留めようとする。

 気付かなかったふりをして、なかったことにしようと――自身の心に言い聞かせる。


 ――すると、そのときだった。



「団長!」


 道の向こうから、若い下っ端団員が駆けてきた。

 団員は息を切らせながら、「問題が発生しました」とコンラッドに叫んでいる。


「俺はもう団長ではない。――で、問題とは? まさか見失ったと言うんじゃないだろうな」

「――ひっ……、あ……そ、その……実は、仰るとおりで……」

「…………」

「も、申し訳ありません! 道が入り組んでいるうえ、追跡対象の足が……想定以上に早く……。それに……」

「何だ、まだあるのか」


 コンラッドは忌々しげに舌打ちする。

 すると団員は再び悲鳴を上げ、どうにか言葉を絞り出した。


「そ……その……マ、マクリーンが……」

「マクリーン? あいつがどうした」

「気付いたら持ち場におらず……つまり、職務放棄かと……」

「ハッ! 戦場でもあるまいにこんな街中で職務放棄だと? 最近の若い奴はどうなってる」


 コンラッドの声が、怒りを通り越して呆れかえる。


 一方、そのやり取りを聞いたウィリアムは、ライオネルのことを思い出していた。


 ――マクリーンとはライオネルのことか? 確か彼には兄もいたはずだが……今、ここに彼がいるのは偶然か? ――いや、今はそんなことよりも……。


 ウィリアムはコンラッドの様子をうかがう。


 コンラッドは団員と地図を開き、アメリアを見失った場所を確認しているようだった。アーサーの護衛騎士たちも、今はそちらに気を取られている。


 ――ああ、今ならばここを抜け出せるかもしれない……。


 そう考えたウィリアムは、一歩、二歩と後退り、隙を見てその場から駆け出した。


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