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5.そのとき、ルイスとハンナは


 そこには多種多様な宝飾品が並んでいた。


 指輪、ネックレス、髪飾りに始まり、イヤリングや時計、男性用のカフスボタンまである。

 使われている宝石の種類も豊富で、比較的安価な天然石や原石を使用したものから四大宝石を使ったものまで、幅広いランクのものが揃っている。が、並ぶ品を見るに、客層は貴族メインではないということだろう。


 現に、店内にいる客は中産階級らしき夫婦から、お供をつけた子爵程度の令息令嬢まで。高位貴族は宝石商を屋敷に呼ぶのが普通なので、当然とも言えるが……。


 ――この姿じゃなければ目立って仕方なかっただろうな。


 ウィリアムはそんなことを考えながら、アメリアと共に店内を見て回った。

 どれもウィリアムには安価過ぎたが、ショーケースにずらりと並ぶ光景を見る経験があまりないウィリアムには、興味深い時間だった。


 そうして半分ほど見たところで、ふとアメリアが足を止めた。


「――アメリア?」


 ウィリアムがアメリアの視線を追うと、そこにあるのは銀の土台にラピスラズリが散りばめられた、美しい髪飾り。


「ラピスラズリ……君の瞳と同じ色だな。それが気に入ったのか?」


 尋ねると、こくりと頷くアメリア。――ウィリアムは店員を呼びつける。


「そこの君」

「はい。御用でしょうか、旦那さま」

「この髪飾りをいただこう。あとは……そうだな。サファイアやアウイナイトを使った品があれば出してくれ。他にも彼女に似合いそうなものがあれば。――値段は問わない」


 すると店員は、軽装かつまだ若いウィリアムに支払い能力があるのかと、ほんの一瞬不安そうな顔をした。けれど次の瞬間には、ウィリアムの履く靴を見て目の色を変える。


「かしこまりました。どうぞ、奥の部屋へ――」


 こうして二人は店の奥へと案内された。


 

 そんな二人の様子を、ルイスとハンナは道を挟んだ反対側の雑貨店からうかがっていた。


 雑貨店は宝飾店とは客層が違い、主に中産階級の若い女性や恋人達で賑わっている。



「あぁ、お嬢様ったら! なんて可愛らしい笑顔なのでございましょう! あの方の可憐な微笑みには、どんな高価な宝石も見劣りするというものですわ!」


 ハンナはガラス窓に両手を当て、うっとりとした顔で主人の姿を見つめている。


 一方のルイスは、アメリアに陶酔しきったようなハンナの横顔にため息をついた。


「もう充分でしょう。そろそろ出ませんか? 先ほどから店主がずっとこちらを睨んでくるんです。いい加減視線が痛いんですが」

「待ってください! あともう少しですから!」

「その台詞、二十回目ですからね。自覚ありますか?」

「もう! 黙っててくださいます? 朝に申したでしょう? お嬢様が殿方と二人きりで出掛けるなんて私の知る限り初めてのことなんです! しかもあんなに幸せそうに……! 見守るのが侍女として当然の役目ですわ!」

「……見守る、ですか。……これが」

「ええ、それ以外にどう見えまして?」

「いえ……もう結構です」


 ハンナの言葉に根負けしたルイスは、再び息をつく。


 まだまだ時間がかかりそうだ――そう判断し、ハンナと同じく宝飾店内の主人らに探るような目を向け考える。


 ――二人とも本当にいい顔をしているな、と。


「……まるで別人ですね」


 特にアメリアに至っては、二ヵ月前までと比べると別人のように思える。表情も、仕草も、ウィリアムを見つめるあの眼差しも――以前のアメリアを知る者が今の彼女を見たら、他人の空似だと思うかもしれない。それくらい以前とは違っているのだ。


 それは当然ルイスが仕向けた結果であり、彼自身が望んだことに違いなかった。

 けれどだからこそ、今の彼女を見ていると心が痛むのもまた事実だった。


 愛する者と離れなければならないことをわかっていながらも笑顔を見せるアメリアの健気さに、多少の罪悪感を覚えてしまうのは仕方のないことだった。


「……ハンナ、あなたにお尋ねしたいのですが」


 ふと、ルイスが問いかける。

 するとハンナは、視線は店の外に向けたまま声だけで答える。


「はい、何でしょうか?」

「アメリア様に仕えて、今年で何年になりますか」

「突然なんですか? 十年ですけど」

「ではその間に、あの方があのような顔をされたことは?」

「あのような? あの、幸せそうなお顔をってことですか?」

「ええ」

「そうですね……多分、ありません。でもどうしてそんなことを?」


 ハンナが問い返すと、ルイスは淡々と答える。


「あの表情が本心から来るものなのか、演技なのか気になりまして。あなたになら判断がつくものかと」

「…………」


 すると、ハンナは不思議そうな顔をする。


「意味がわかりませんわ。確かにあれほどの笑顔は初めてですが、お嬢様は昔からずっとお優しくて、お可愛らしい方でございます。あの笑顔が本心だろうと演技だろうと、お嬢様であることに変わりありません。私には、その事実だけで十分でございます」


 ハンナはいつもより大人びた笑みを浮かべ、さらに続ける。


「でも、私はあの笑顔は本心である方に、一生分の給金を賭けてもよろしいですわ!」


 その瞳には何の迷いも疑いもない。つまり、彼女は心からアメリアを慕い、信頼しているということだろう。


 けれどルイスは知っている。アメリアは、ここを去る覚悟をとっくに決めていることを。アメリアにとってウィリアム以外の存在は、簡単に捨て去ってしまえるものであることを――。


 ――そのときが来たら、ハンナ……あなたはどんな顔をするのでしょうね。


 ルイスは無意味にもそんなことを考えながら、顔に笑みを張り付ける。


「あなたの忠誠心、感服致しました。私も見習いたいと思います」

「ええ、ぜひ見習っていただきたいですわ! ――って、見てください! 買い物が終わったみたいですよ!」


 ハンナが指差す先には、店の奥から出てくるアメリアとウィリアムの姿。


 ほくほく顔のウィリアムに、満面の笑みを浮かべる店員。どことなく困ったような顔のアメリア。――手ぶらではあるが、どうやらずいぶん多くの品を買ったようだ。


「……いったいいくら使ったんでしょうね、あれ」


 ルイスが呆れたように呟くと、ハンナは店員と同じく満足げな笑みを浮かべる。


「侯爵家ともなれば、財産は底知らずでしょう?」

「まぁ……否定はしませんが」

「なら問題ありませんわ! さあ、尾行再開ですわよ、ルイス!」

「はぁ。わかりましたから、腕を引っ張るのはやめてください。袖が伸びます」

「あら、組んだ方が良かったですか? それとも手をつなぎます?」


 ハンナのからかうような声に、一瞬硬直するルイス。

 彼は数秒考えて答える。


「……組む方で」


 こうして二人は腕を組みカップルに擬態すると、再び主人らの後を追いかけた。

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