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4.街歩き――セントラル通りにて


「では行ってくる。夕食までには戻る」

「いってらっしゃいませ」


 ルイスは、アメリアとウィリアムを乗せた馬車をハンナと共に見送った。

 そして馬車が見えなくなると、ハンナの方を振り向いた。


「では……私たちも行きますか。どこか行きたい場所があれば……」


 ルイスはなるべく紳士を演じる。

 本音を言えば面倒なことこの上ないが、やると決めたからにはきちんとエスコートしなければ――そう思っていた。


 だがハンナから返ってきたのは、またも思わぬ反応だった。


「さっ! 行きますわよ、ルイス!」

「――は、はい?」

「早くしないと見失ってしまいますわ!」

「――!」


 その言葉にルイスは悟る。


「まさかとは思いますが、尾行するなどということは――」

「そのまさかでございます! だってお嬢様が殿方と私的にお出掛けになるなんて初めてのことですもの! 後を追わずしてどうすると!」


 彼女は早口でまくし立て、ルイスの腕をむんずと掴んで門の方へ歩き出す。

 その迷いのない言動に、ルイスは強い眩暈を覚えた。


「では、最初からそのつもりで私の誘いを受けたのですか?」

「あら、お嫌でございました? 本当は一人でこっそり付いていこうと考えていたのですけれど、意外にもウィリアム様があのように提案してくださったので、これを利用しない手はないなと思いましたの!」

「……利用、ですか」

「それに、男女二人の方がいろいろと怪しまれませんしね!」

「……なるほど」

「あっ! まさか私があなたに気があると? ふふっ、安心してください! 私あなたには興味ありませんから!」

「…………」


 ハンナの容赦ない言葉に、ルイスは自身の愚かさを痛感する。

 あのとき気付くべきだった――と。


 ルイスは朝食の後、ハンナから「先に着替えておいてほしい。すぐに出掛けられるように」と言われていたのだ。そのときは嫌に乗り気だな、と思っただけで終わってしまったが、あの言葉はアメリアらを尾行するためのものだった。

 そうと気付いていれば、こんな面倒事に付き合わされずとも済んだかもしれないのに――。


「……やはり私は遠慮しようかと……やり残した仕事があることを思い出しまして……」

「あら、可笑しなことを仰いますのね! あなたの仕事の速さは屋敷一! 帰ってからでも十分間に合いますからご心配なさらず! なんなら私もお手伝いしますから!」

「…………」


 ハンナはルイスの腕を掴んだまま通りに立つと、右手を上げて辻馬車を止める。

 そんな彼女の姿に、ルイスは逃げられないことを悟った。


「さあ、行きますわよ、ルイス!」


 ――なんと手際のよいことだろうか。これは尾行し慣れているな。


 ルイスは内心ため息をつく。――と同時に心から安堵した。ハンナに好意を持たれていたわけではなかったことに。


 ルイスは馬車に乗り込むハンナの背中を見つめ、考える。

 あの主人にこの侍女あり、と。お互い主人には苦労させられてきたというわけか、と。


「さぁ、早く乗って!」


 ルイスの目の前に差し出されるハンナの右手。


 普通は男女逆だろうと思いつつも、その手を無言で掴むルイス。


「さ! 前の黒い馬車を追ってくださいまし!」


 こうしてハンナのその言葉を合図に、二人の尾行劇が幕を開けたのだった。


 *


 その頃アメリアとウィリアムは最初の行き先を決めていた。


「君は私物が少ないからな、とりあえずは買い物か。欲しいものがあれば遠慮せずに言ってくれ。帽子でも扇子でも傘でも、もちろん装飾品(アクセサリー)でもいい。うちの馴染みの店でもいいし、君の通い慣れた店があればそれでもいい。……どうだ?」


 ウィリアムはアメリアに尋ねる。

すると、肯定の意を込めふわりと微笑み返すアメリア。

 彼女からすれば、行き先はどこだって構わなかった。ウィリアムと一緒ならそれだけで満足なのだ。


 アメリアの意図を汲んだウィリアムは、御者に伝える。


「セントラル通りに」


 こうして二人を乗せた馬車は、エターニア一栄え賑わうセントラル通りへと向かった。


 *


 馬車はセントラル通りの手前で停まった。アメリアが自分の足で歩きたいと希望したからだ。


 ウィリアムは御者に「迎えはいらない」と伝え、アメリアと馬車を降りた。

 二人は恋人らしく腕を組み、寄り添って歩き出す。


 セントラル通りは王都で最も店と人が集まる場所だ。客層は中産階級から特権階級のため治安がよく、おしゃれなカフェや劇場も多い。デートスポットとしても人気がある。

 その証拠に、通りを歩くのは家族連れよりも男女のカップルか、若者のグループが多い。


 通りにはありとあらゆる店が揃っていた。宝石、時計、仕立て屋、靴屋。それから雑貨屋、書店にお菓子屋、飲食店などが軒を連ねる。どの店も繁盛しているようだ。


 ――自分の足で歩くのは久しぶりだな……。たまにはこういうのも悪くない。


 ウィリアムは隣を歩くアメリアの存在に、そんなことを思う。


 二人がこの通りを訪れるのは当然初めてではなかった。けれど、普段は店の前に馬車で乗り付けるか、店の者を屋敷に呼びつけるのだ。そのためウィリアムに至っては、自分の足で歩いたのは片手で数えるほどしかない。(なお、アメリアは昼夜問わず屋敷を抜け出していた過去があるので、この通りに限らず慣れたものであるが……)


 ――軽装で来て正解だったな。これだけ店があると、見て回るだけで日が暮れそうだ。

ウィリアムはそんなことを考えながら、よさそうな店や品を見つけてはアメリアに勧めた。

 だがアメリアは微笑むばかりで、購入どころか触れようともしない。


 それを不思議に思ったウィリアムは、アメリアに問いかける。


「まさか遠慮しているわけではないだろう? ――思えば君が伯爵邸から持ってきた私物もごくわずかだったな。確かに倹約は美徳かもしれないが、着飾ることも必要だ。それとも俺が勧めた品が気に入らないのか?」


 するとアメリアは驚いた顔をする。


『そんなわけないじゃない。どれも素敵だったわ。ただ、見ているだけで十分楽しかったから。でも……そうよね、あなたの言うとおりだわ。じゃああの店に入らない?』


 そう筆談しアメリアが指差したのは、宝飾店だった。


 ウィリアムは意外に思う。帽子にも傘にも興味を示さなかったのに、まさかここで宝飾品とは――。


「君は宝石に興味があったのか?」

『いいえ。でも宝飾品(ジュエリー)なら手がふさがらないでしょう? 私、あなたとこうやって腕を組んで歩いていたいの』

「――っ」


 アメリアの直球すぎる告白に、ウィリアムは赤面する。まさか何も買おうとしない理由がそういうことだったとは、予想の斜め上を行く。

 ――と同時に、彼は内心とても不思議に思った。


 この婚約は形だけのものだったはずなのに、どうしてアメリアはまるで自分を愛しているような態度を取るのだろうか。過去に愛した男のために「自分を愛するな」と言ったのはアメリアの方なのに、と。


 それともこの態度すら演技なのか。――そう悩まざるを得ないほど、アメリアのウィリアムに対する接し方は恋人へのそれである。


「君は……どうして……」


 ルイスがアメリアの幸せを願わなければ、自分が彼女を気にかけることはなかっただろう。ルイスの言葉が無ければ、まだ結婚前のこの時期に、アメリアを侯爵邸に迎え入れることはなかったはずだ。


 ――ルイス。お前はなぜ彼女を俺に託した。俺が彼女を愛することはないと、誰よりも知っているはずのお前が……。


 ウィリアムはアメリアの顔を見つめ、考える。けれど答えなど出るはずもなく――。


『……?』


 突然立ち止まったウィリアムを、不思議そうに見上げるアメリア。


 その裏のない瞳に、ウィリアムは自身の雑念を振り払おうと息を吐く。


「……いや、荷物など気にする必要なかったのに、と思ってな。購入した品は全て屋敷に届けさせるつもりだった。だから君が心配する必要はないんだ。少しでも気に入ったものがあれば全て買えばいい。――さあ、中に入ろうか」


 ウィリアムは微笑むと、アメリアをエスコートし宝飾店へと入っていった。


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