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9.青い月の夜に


 そしてまた同じ時刻に、同じように月を見上げる者たちがいた。


 王宮の一室の開け放たれた窓から覗く青白い月を、アーサーは茫然と眺めていた。

 部屋はやはり薄暗く、ベッドの脇の小さなランプの赤い炎がちらちらと揺れるのみである。


 アーサーの頭はヴァイオレットの丸みを帯びた薔薇色の太ももに乗せられていた。

 そんな彼の銀色に輝く細い髪を、ヴァイオレットは白く美しい掌で優しく撫でている。


「アーサー様、本日は一段とお元気がありませんのね。みんな心配しておりましたよ」


 ヴァイオレットは囁く。けれどアーサーは答えない。

 その代わり、彼は寝返りを打ちヴァイオレットの下腹部に顔をうずめた。


「俺は……どうしたらいい。――なぜ、こんなことになった」


 アーサーの声は苦悶(くもん)に満ちている。

 そこにはいつもの飄々とした彼の面影は欠片もない。


 ヴァイオレットはそんなアーサーの頭をしばらく撫でてから、柔らかく微笑む。


「わたくし、当てて差し上げましょうか。ウィリアム様と喧嘩なさったのでしょう?」


 するとその言葉に反応したのか――ヴァイオレットの腰を抱くように回されている――アーサーの腕がピクリと震えた。


「さっさと謝ってしまえばいいのではないですか?」


 ヴァイオレットは微笑む。


 けれどアーサーは答えずに、ヴァイオレットの柔らかい身体に顔を沈めた。

 そしてしばらく沈黙した後、今度こそはっきりとした口調で告げる。


「……俺は何も悪くない。謝る必要があるのは俺ではなく……あいつの方だ」


 それは多分本心で……だからこそ彼は苦悩しているのだと、ヴァイオレットは理解した。

 ならば――と、彼女は続ける。


「よくお話しするしかないですわね。何も後ろめたいことがないのなら、相手の目を見てまっすぐに訴えれば良いのです。きっと、心は伝わりますわ」


 ヴァイオレットの声は、まるで母が子をあやすように柔らかで、愛に満ち溢れていた。

 その声音に、アーサーはヴァイオレットを仰ぎ見る。


 自分を軽蔑したように見つめるウィリアムの姿を思い出し――同時によぎる、ルイスと、そしてアメリアの顔。

 二人に騙され――自分を蔑む、ウィリアムの残酷な顔――。


「あぁ……ヴァイオレット。俺は……」


 アーサーは右手を宙に掲げ、ヴァイオレットの長い髪を指に絡めた。それは薄い月明かりに照らされ星のように輝いている。美しく、妖しく、そして艶やかに――。


 アーサーはゆっくりと身体を起こした。自分を見つめるヴァイオレットの背中に腕を回し、その薄紅色の唇に口付ける。


 何度も、何度も、全てを支配し奪うように、ヴァイオレットの肢体に唇を落としていった。


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