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4.不可解な脅迫(後編)


 それは一瞬の変化だった。先ほどまで穏やかだったはずの彼の表情が、悪意あるものに変わっていたのだ。


 私は訳がわからずルイスを見やる――が、ルイスは少しも驚いていなくて……。


「つまり、どういうことでしょう?」などと、淡々と尋ねている。


 すると問われたウィリアムは、私と同じく驚きを隠せないライオネルをちらりと見て、平然と答える。


「皆まで言わねばわからないのか? これは厳密には礼ではなく、口止め料だということだ」

「口止め料? ですがウィリアム様、そういったものは必要ないと、私は申し上げたはず」

「確かにライオネル()はお前の言ったとおり信用に値する人間だろうな。だがそれはあくまで今の話だろう。今後はどうかわかったものではない。それに――」


 ウィリアムはライオネル(本人)を前にして、堂々と言い放つ。


「確かに、私は彼がアメリアを保護してくれたことについては感謝している。彼はどう見たって善良な青年だしな」

「でしたら……」

「だが、アメリアが無事だったのは彼のおかげではないだろう。現に私たちは、彼がアメリアを連れ去ったと思われるすぐ後に現場に到着していた。彼の助けが無くとも、アメリアを救うことは十分に可能だった。――つまり、だ」


 ウィリアムは数秒の間を空ける。その冷えた瞳を、ライオネルへ向けながら――。


「君の行いは果たして本当に人助けだったのか。一歩間違えば誘拐罪で訴えられていたかもしれない――そうは思わないか?」

「――っ」


 ウィリアムから向けられた突然の悪意に、ライオネルの顔が凍り付く。


「それに私は、周りから婚約者一人守れない男だと不名誉な烙印を押されるわけにはいかないんだ。つまり、君はこれを受け取らなければならない。そして今回のことは全て忘れるように。アメリア(彼女)の名の一文字ですら記憶に残してはならない。意味は――わかるな?」


 冷徹な眼差しで言い放つウィリアム。

 そんな彼の態度に、ライオネルのみならず私も困惑するしかなかった。


 ――何よ、これ。いったいウィリアムはどうしちゃったの……?


 再び険悪になる部屋の空気――それを破ったのは、やはりルイスだった。


「お言葉ですが――ウィリアム様、さすがに言葉が過ぎるというものです。ライオネル様は善意を以てアメリア様をお助けくださいました。どうか紳士的なご対応を」


 だがウィリアムは聞こうとしない。


「くどい。もとはと言えば全てお前の責任だろう。お前が彼女の側を離れるからこんなことになったんだぞ」

「ですが……」

「本来ならお前の首が飛ぶところ、私が温情をかけてやっているのがわからないのか。これ以上の口答えは許さんぞ」

「……っ」


 ウィリアムの横暴すぎる物言いに、ルイスは今度こそ押し黙る――が、私はなんとなく感じていた。

 この二人のやり取りは、大なり小なり決められた流れであるのだろうと。

 ウィリアムもルイスも、何らかの理由があってこんな芝居を打っているのだ――と。


 その理由まではわからないけれど……とにかく、このやり取りに一番肝を冷やしているのは私でもルイスでもなく、ライオネルであることは確かで……。


 その証拠に、ライオネルはウィリアムに責められるルイスを見て、酷く顔を青ざめさせていた。

 彼は自分の対応が生み出してしまったこの状況に、強い罪悪感を抱いているようだった。


 ――ウィリアムは更に続ける。


「これ以上のやり取りは時間の無駄だ。小切手(これ)は執事に預けておく」


 言いながら、彼は小切手をルイスに向かって差し出した。

 ルイスはそれを渋々受け取り、執事へと手渡す。――すると、礼儀正しく黙礼する執事。


 ライオネルは、執事のウィリアムに対する恭しい態度を、苦々しげに見つめていた。

 けれど異を唱えることなどできようはずもなく――。


「では我々は失礼するとしよう。ルイス、先に行って馬車を回しておけ」

「承知しました」

「ああ、見送りは結構だ」

「左様でございますか。お気をつけてお帰りくださいませ」


 ウィリアムは執事の返事を合図に立ち上がる。――が、私はすぐに動けなかった。


 だってライオネルの顔は引きつったままなのだ。このままではどう考えたってウィリアムが悪人ではないか。氷の女王と呼ばれるこのアメリアならいざ知らず、侯爵家の嫡男としてこの対応はまずいのではないのか?


 けれどそんな私の思いなど露知らず、ウィリアムは私ににこりと微笑みかけるだけ――。


 気付けばルイスはいなくなっていた。つまり、この場はこれでお開きということで――。


 私は思わずライオネルの方を振り返る。

 すると、彼は私の視線に気が付いて、今にも泣き出しそうな顔をした。それは自身の無力さを呪うかのようで――。


 けれど私は、そんな彼に何も言ってあげられなかった。声を出せない私には、もはやどうすることもできなかった。


「アメリア、行こう」


 ウィリアムが私の名前を呼ぶ。かつてのエリオットのような優しい眼差しで、私の手を取るウィリアム。――それに従い、席を立つ私……。


 結局私はライオネルに別れの言葉一つ伝えられぬまま、屋敷を後にした。


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