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3.不可解な脅迫(前編)


「先ほどは差し出がましい発言をし、本当に申し訳ありませんでした」


 今――私とウィリアムの目の前には、最敬礼の角度に腰を折るライオネルの姿があった。


 ここは客間である。今しがた執事が呼んだ医者により本格的な手当てを受けた私は、ウィリアムとルイス、そしてライオネルと共にこの客間へと移動した。

 するとライオネルが、ウィリアムと私がソファに腰を下ろすと同時に、どういうわけか、私たちに向かって勢いよく頭を下げたのである。


「伯爵閣下に対する私の失言、申し開きのしようもございません。深く反省しております。どうかお許しくださいませ」


 つむじがはっきりと見えるほどのライオネルの敬礼と謝罪。


 これはおそらく先ほどの客室でのことを言っているのだろう。確かに、普通に考えたら騎士が貴族にあのような態度を取るのは失礼どころか不敬罪に問われても仕方がない。けれどあのときはウィリアムに非があったといえるわけで……。


 私は少々不安に思いながら、隣に座るウィリアムの様子をうかがう。


 だが、私の心配は杞憂だったようだ。

 ライオネルを前にするウィリアムの表情に怒りはなく――それどころか彼は、いつも以上の優雅な笑みを見せた。


「顔を上げてくれ。私の方こそ取り乱してすまなかった。みっともないところを見せてしまったと……反省している」


 それは中身のない言葉だった。彼はライオネルに怒りこそ感じてはいないが、けれど反省もしていない。申し訳ないなんてこれっぽっちも思っていない。


 けれどそれでも、彼の微笑むその横顔は美しくて……エリオットとは違う表情だけれど、やっぱりときめかずにはいられなくて……。


 ドキドキ……する。身体が火照って、熱い。

 ああ、それはきっと彼のこの腕のせい。客室を出る前からずっと、私の腰に回されたままの、彼の腕の熱のせい。


 でも――私はちゃんと理解している。これは全てルイスの策略のうちである、と。


 ルイスがどのようにしてウィリアムをその気にさせたのかはわからない。

 けれど、私を愛すると言ったウィリアムの言葉は本心ではないだろう。だってルイスの目が、そう言っているのだから。部屋の入り口で一人立っているルイスの瞳は、ただひたすらに(わら)っているのだから。


 でもそれがわかったところで、私にはもうどうしようもない。どうすることもできない。

 たとえ彼が、そして私が、ルイスの(てのひら)の上で踊らされているのだとしても。ウィリアムがルイスに騙されているのだとしても。


 だって私は思い出してしまったのだから。

 かつて私がエリオットから貰っていた腕の温かさを。抱きしめられたときの、この胸の高鳴りを……。


 ――ウィリアムは、ライオネルが顔を上げたのを確認して笑みを深くする。


「こちらこそ君には礼を言わねばならない立場だ。私の婚約者を――アメリアの命を救ってくれて本当に感謝している。何と礼を言ったらいいか」


 そう言って、今度は私を見つめるウィリアム。

 その視線は優しくて、温かくて……。彼の気持ちが偽りのものだったとしても、少しも構わないと……そう思ってしまう。


 私がウィリアムを見つめ返せば、優しく微笑み返してくれるウィリアム。それはまるで、かつてのエリオットのようで――。


 ウィリアムはしばらく私を見つめた後、再びライオネルに向き直る。


「そうだ、君にこれを」


 そう言って彼が胸の内ポケットから取り出したのは、一枚の小切手だった。


 そこにはウィリアムのサインと共に、高額な値が記載されている。金額は――そう、私ならば一年は暮らすのに困らないほどの額。


 私は驚いたが、ライオネルはもっと驚いたようだ。

 彼は顔を強張らせ、首を大きく横に振る。


「そ――そんな! やめてください、受け取れません!」

「何だ、額に不満が?」

「いえ、そうではなく……」

「確かに金銭で礼をするのは無礼だろうが……。しかし今の私にはこれ以外に用意できるものがないんだ。なんなら君の言い値でもいいのだが……」


 大真面目な顔で白紙の小切手を取り出すウィリアムに、ライオネルの顔が蒼くなる。


「本当に受け取れませんから!」


 ライオネルは拒絶する。けれどウィリアムは一歩も引かない。


「なぜだ? あって困るというものでもないだろう」

「それは……そうですが」

「ならばこちらの顔を立てて受け取ってはくれないだろうか」

「ですが、こんな大金、僕の一存では……」


 二人の間で押し問答が繰り返される。


 それを止めに入ったのは、ルイスだった。


「ウィリアム様、お(たわむ)れはそれぐらいになさってください」

「戯れな訳ないだろう」

「それならば尚、悪うございます」


 ルイスの言葉に、ウィリアムは眉を寄せる。

 そして今度は私に尋ねた。「君もそう思うか?」――と。


 その瞳は驚くほどに真剣で、返答が躊躇われるほどだった。

 それでも、小切手はさすがにないだろうと頷くと、彼はフッと瞼を細める。


「君が割った窓ガラスと、君の血で汚れた絨毯を張り替えるのに、いったいいくらかかるかな」

「――!」


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