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6.ウィリアムの悩み


「――アム様……、ウィリアム様!」

「――っ」


 ルイスに名前を呼ばれ、ウィリアムはようやく意識を引き戻した。

 ウィリアムが顔を上げれば、ルイスが心配そうに自分を見つめている。


「まだ半分も来ていませんが……ご気分でも悪くされましたか? やはりもう少しいい馬車を用意するべきでしたね」


 ――二人はライオネルの屋敷までアメリアを迎えに行く道中であった。


 だがこの馬車は侯爵家のものでも伯爵家のものでもなく、目立たないようにと街で借りてきた一回り小さい二頭馬車である。それは屋根こそ付いているが、貴族の馬車に比べると揺れは激しく、お世辞にも乗り心地がいいとは言えないものであった。

 そのためルイスは、ウィリアムが乗り物酔いをしたのではないかと考えたのだ。


 けれどウィリアムは首を横に振る。


「いや、大丈夫だ。――ただ、彼女をこの馬車に乗せるのは問題な気がするが」


 そう言ってウィリアムは自嘲気味に笑った。するとルイスは悔しげに顔を歪める。


「……申し訳、ございませんでした」

「どうしてお前が謝る。馬車を用意させたのは俺だ」

「いえ、そうではありません」


 きっぱりと言い切るルイスの真剣な顔。そこに映る悲しげな色に、ウィリアムはルイスの言わんとすることを理解した。


「いいんだ。遅かれ早かれこうなるだろうと思っていた。アーサーとは……しばらく疎遠だったしな」


 ウィリアムの視線が――ゆっくりと足先へ落ちる。


「――だが、まさか本当に……」


 彼とて、安易にルイスの言葉を信じたわけではなかった。

 ルイスが嘘を言っているとは思っていなかったが、それでもアーサーを心のどこかで信じていた。何かの間違いだと、誤解なのだと、否定してくれることを願っていた。けれどアーサーは否定しなかった。それは即ち、非を認めたということだ。


 信じられなかった。信じたくなかった。アーサーがアメリアを(はずかし)めたなどと……。


 苦悩するウィリアムに、ルイスは懇願するように告げる。


「ウィリアム様、私が――私がアメリア様を推薦しなければ、こんなことにはならなかったのです。アメリア様の声が失われ、アーサー様と仲違いされてしまわれたのは全て私の責任でございます」

「……ルイス」

「アメリア様は今とてもお心を痛めていらっしゃいます。昨日、あの方は確かに私に微笑んでくださった。けれどそのご様子は、以前とはまるで別物でした」


 ルイスの漆黒の瞳が、切なげに揺れる。


「ウィリアム様はあの方をお愛しにはならないでしょう。それに、あの方もウィリアム様をお愛しにはならない。そういう契約でございましたよね。けれどそれでも、今あの方をお守りできるのは、ウィリアム様……あなたしかいないのです」

「……っ」


 刹那――ウィリアムは確信した。


 ルイスの心の奥に秘められたアメリアへの強い想いを。アメリアが川に落ちたとき、今までになく動揺していた、ルイスの様子を思い出すと共に――。


「……ルイス。お前は彼女を愛しているのだな」

「――ッ」


 ウィリアムの確信に満ちた問いに、ルイスは顔を強張らせる。


「いつからだ?」

「…………」

「いいんだ。責めてる訳じゃない」


 そう言ったウィリアムの眉間には深い皺が寄っていたが――それでも、主人に問われれば答えないわけにはいかない。――ルイスは呟く。


「十年前から……です」

「十年だと……⁉」

「……はい」

「それほど前から彼女を知っていたのか? では、彼女を婚約者に推した本当の理由は……」


 その可能性に思い当たったウィリアムは、困惑げに顔を歪めた。


「申し訳ございません。完全に……私情でございました」

「…………」

「……あの方のお傍に、どうしても近づきたかったのです」


 突然語られた真実に、ウィリアムは困惑を通り越して憤る。


「そのことを、彼女は――」

「お伝えしておりません」

「違う! そんなことは百も承知だ! 俺が聞きたいのは、お前の気持ちを彼女に悟られてはいないのかということだ!」

「――っ」

「全く……お前といいアーサーといい……なんと面倒なことを……」


 ウィリアムはいよいよ呆れかえった。力なく瞼を閉じて、必死に考えを巡らせる。

 いったいどうすればこの事態を収拾できるだろうか、と。


 ――そもそも、この婚約はただの契約だ。お互いがお互いを愛さないという条件で結ばれた、形だけの婚約とその先の婚姻。お互いに愛など欠片も望んではいない。――それなのに。


 こんな面倒な状況になってしまったら、彼女は婚約を白紙に戻す提案をしてくることだろう。アーサーとは二度と関わりたくないと思うだろうし、ルイスの気もちを知ればその思いはより強くなるはず。


 だがそれでは困るのだ。今さら破談など侯爵家の評判に関わってしまう。

 それにアメリアが声を無くした原因、それがアーサーだと周りに知られてはならない。そうしないためには――。


「アメリア嬢に……許しを請うしか――」


 ウィリアムはゆっくりと瞼を開いて馬車の天井を仰ぎ見ると、力無く呟いた。


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