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5.縁談の裏側(前編)


 エターニア王国の王都であるここエターニアは、言わずと知れた国一番の(みやこ)である。


 国中から人と産物が集まるここは年中通して栄え、政治と経済の中心地であると同時に芸術や教育、福祉においても最も重要な都市だ。街並みも美しく、レンガ調の建物が規則正しくずらりと建ち並ぶ。また交通に不便がないよう、道路は石畳で舗装されていた。


 今はまだ日の高い時間帯――当然街は賑わいを見せ、通りには沢山の人々と多様な馬車が行き交っている。その中でも貴族の馬車は一層豪華であり、ファルマス伯爵――ウィリアムの乗る馬車ももちろんその例外ではない。


 キャリッジと呼ばれる上流階級の者が所有する馬車の車体はつるりとした黒塗りで、美しい装飾が施されている。窓枠や縁の色は金で統一され、車体側面の中央にはウィンチェスター侯爵の紋である獅子(しし)が描かれていた。馬車を引く二頭の馬はたくましく毛並みは(つや)やかで、その馬の値だけでも相当な財力の(あかし)である。


 サウスウェル家のタウンハウスを出たウィリアムの馬車は自邸へと戻るところだった。

 その馬車に乗るのは二人。ウィリアムとその付き人――ルイスである。


 ルイスは馬車が大通りに出たタイミングで、先ほどからずっと不機嫌な様子を見せる主人、ウィリアムへと問いかけた。


「それで……いかがでしたか、サウスウェル家のご令嬢は」


 この国では通常目にすることはない漆黒の髪と瞳――それに加えてウィリアムに負けず劣らず整った容姿。お仕着せを身に着けていなければ貴族と間違われるほどの見た目のルイスは、付き人らしからぬ探るような目をウィリアムへと向ける。

 するとウィリアムはそんなルイスの視線を知ってか知らずか、外の景色を眺めたまま落胆の声を漏らした。


「噂どおりのお方だったよ」


 その瞳には明らかに嫌悪の色が揺れている。通常、ウィリアムがここまで感情を表に出すのは珍しい。

 ルイスは主人の横顔に、ふむ、と考える仕草をした。


 ――噂どおり。つまりアメリアはレディらしからぬ無粋かつ冷酷な女性であったということ。加えてウィリアムがここまで嫌悪するということは、アメリアはウィリアムにではなく下働きの者にでも辛く当たったのであろう。ウィリアムは自分の扱いについては存外無頓着であるのだから。

 しかしそうであったならば……。


「やはりおかしいですね」

「何がだ」


 ウィリアムは顔をしかめる。

 いつだってルイスの言葉には確かな理由と裏付けがある。ルイスがおかしいと言うのならおかしいのだろう。


 だが自分の言葉の何が――アメリアが冷酷である事実をこの目で確認した、そのことについていったい何がおかしいというのか、ウィリアムにはわからなかった。


「ウィリアム様、先ほどアメリア嬢と何があったのか、詳しく教えていただけませんか?」

「まぁ、それはかまわないが」


 ウィリアムはルイスに説明した。アメリアがメイドにお茶をかけたこと、そしてそれに至った理由を見たままに――。


 その最中(さなか)、嫌な記憶が蘇るからか、ウィリアムは次第に表情を歪ませていく。

 ルイスはそんな主人の横顔を冷静に観察していた。

 そしてウィリアムの言葉を聞き終えると、全てを理解したような笑みを浮かべた。


「なるほど……、確かにアメリア嬢は聞きしに勝る人間嫌いのようですね」

「最初からそう言っているだろう」

「いいえ、人間嫌いとは言いましたが、冷酷であるとは申しておりません」

「――は? それはいったいどういう意味だ」


 困惑するウィリアムを、ルイスの黒い瞳が見据える。


「お聞きになりたいですか? 聞けば後悔なさるかもしれませんよ?」

「――っ」


 ルイスの笑みに、ウィリアムは言葉をのみ込んだ。


 ――悪い笑みだ。けれどこの顔をしているときのルイスはウィリアムの意志に関係なく、したいことをし、言いたいことだけを言う。――ウィリアムは意を決す。


「これ以上後悔することなどないだろう」

「確かにそうでございますね」


 ルイスは満足げに頷くと、そもそもは――と、アメリアへの縁談を申し込むに至った経緯から話し始めた。


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