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8.迫られる決断(中編)


 ――うちの執事の情報によれば、確かルイスとウィリアムが出会ったのはウィリアムが七歳、ルイスが九歳のときだったはず。当時、私はまだ三歳。五年後でさえ八歳だ。外出すらほとんどしない年齢であるから、見つけられなかったのも無理はない。


「アーサー様の十二歳の誕生日パーティーでのことでした。アーサー様と年の近い、国中の貴族のご子息、ご息女が集められたそのパーティーに、僕はウィリアム様の側仕えとして出席していました。あなたを見つけたのはそのときです。けれど遠目だったため、素性を知るまでは叶わなかった。せめて肖像画の一枚でもあれば探しやすかったのですが……」


 ルイスはかなり苦労したのだろう。人との接触を避け、友人のひとりだって作らなかった私を見つけるのは、至難の業だったはず。


 アーサー様の誕生日パーティーのときでさえ、私は開始直後に抜け出したのだ。

 そんな短時間で私を見つけるほど、彼は私に執着している……それはきっと本当だ。


 でも、だとしたら疑問が残る。ルイスが私の力に気付いていたというのなら、私とウィリアムの間の良くない因縁についても気付いているはず。それなのに、私とウィリアムを結婚させるというのはおかしいのではないか。


 私がそう思案していると、ルイスは心を読んだようで……。


「あなたの考えはわかります。確かに、僕はあなたとウィリアム様の間に何か良からぬ縁があると気付いている。ですが、だからこそ僕はウィリアム様にあなたとの婚約を勧めたのです。あなたとウィリアム様の縁を完全に断ち切り……あの方のお命……()いては魂そのものを、お救いするために――」

「……?」


 私は困惑する。どういう意味かわからずに……。


「アメリア様、あなたもお気付きなのではありませんか? あの方の魂は非常に不安定な状態です。お二人の縁はあまりに強く、けれどそれは決して好ましいものではない。このまま何もせず放っておいて、改善されることはまずないでしょう。――ですから」


 刹那――ルイスの眼差しが鋭くなる。

 射るように、どこか責めるように……私を見据える。


「僕はあなたがたの縁を完全に断ち切りたいと考えている。僕になら、それが可能です」

「――っ」


 ルイスのその言葉に――その真剣すぎる瞳に――私の心臓が大きく跳ねた。


 なぜならそれは、私が長きに渡り望んできたことだったから。彼との縁を断ち切り、彼の命を守る。それこそが私の悲願であるのだから。


 ああ、ルイスならそれが可能だと? だが、いったいどのような方法で……?


 私の問いに答えるように、ルイスはゆっくりとまばたきをする。そして言った。


「当然、いくつか条件がございますが」――と、試すように。私の想いを、推し量るように。


 ――私に彼の真意などわかるはずがない。その条件が何なのか、想像一つつきはしない。


 それでも一つだけ確かなこと。それはルイスの提案を受け入れる以外、選択肢はないのだということ。

 それにもはや私には、失うものは何もない。――私は、頷く。


 するとルイスは満足げに口角を上げた。

「覚悟はできているというわけですね」そう言って指を二本立てる。


「ウィリアム様をお救いするため、あなたにのんでもらわねばならない条件は二つ。――まず一つ目、ウィリアム様とあなたの繋がりを断ち切るそのときが来るまで、決して僕の命令に背かないこと」


 それは当然の条件だろう。何の問題もない。私は再び頷く。


「では二つ目。晴れてあなたがその呪縛から解放された(あかつき)には、僕と共に生きること。これから先、未来永劫(みらいえいごう)、共にその魂が尽き果てるまで」

「――っ」


 真剣な顔で私を見つめる漆黒の瞳。その色が、微かに揺らめく。

 それは多分――彼の深い孤独と、寂しさを秘めた色。


「誓ってください。全てを捨てて僕と共にここを去ることを」

「――ッ」


 ルイスのその眼差しに――言葉に、私の思考は今にも停止しそうになる。


 ルイスと共に生きる。その言葉の意味がわからないほど、馬鹿なつもりはない。


 彼の瞳に映る、私への期待と不安。それは、とても人間らしい色をしていた。


「アメリア様……僕をどうか、受け入れてください」


 切なげに揺れる彼の瞳。それがあまりに切なくて、私は答えられなかった。


 ――だってあまりにも突然で。それに千年経った今でさえ、私はエリオットのことを忘れられていないのだから。今聞かされた話以外、ルイスのことを何一つ知らないのだから。


 確かにルイスの気持ちは理解できる。忘れたくても忘れられない記憶に苦しめられ、過去に縛られ、いつだって心の中は孤独で満たされている。

 その辛さを、苦しみを、誰かと分かち合えたらどんなにいいか。――私だって何度もそう思った。


 別の相手を見つけても、必ず訪れる死が再び私を孤独へといざなう。それに堪えられず、いつしか誰も愛することができなくなった。

 そんな自分が嫌で、気付けば独りきりで過ごすようになった。


 寂しかった。本当に寂しかった。涙さえ枯れるほどに。――ルイスもそうだったのかもしれない。きっとそうだったのだ。


 けれど私はまだこの男の言葉を信用したわけではない。


 確かに、ルイスが過去の記憶を持っていて、ウィリアムを助ける方法を知っているのは事実だろう。けれどアーサーは言っていたではないか。ルイスには気をつけろ、と。


 ――ああ、だけど。それでも……。


 ここで私が頷けばウィリアムはきっと助かる。それが意味するものが、彼との永遠の別れだったとしても……その先の未来、二度と彼の傍にいられなくなろうとも……。

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