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7.迫られる決断(前編)


「既に察していただけていると思いますが、僕はあなたと同じく過去の記憶を持つ人間です――と言っても、最初の頃の記憶はほとんど忘れてしまっておりますが」


 彼はそんな風に話を切り出した。


「それでも、初めて生まれ変わったときのことはよく覚えております。弓矢に当たって死んだと思ったら、赤子に戻っていたわけですから。はじめは死に際に夢でも見ているのかと思いました。けれどどうもそうではない。体の感覚も――痛みもある。自分の頭がおかしくなったのかと、酷く不安になったことを覚えています」


 ルイスのその言葉は、確かに彼が私と同類であることを示していた。

 彼が過去の記憶を引き継いでいる――紛れもない証拠だった。


「けれど驚きや困惑はすぐに歓喜に変わりました。前の人生の記憶があるということは、それを活かして人生をやり直せるということ。失敗を避け、前世の知恵を使い、僕はすぐに神童ともてはやされるようになりました。正直、(おご)りさえ感じていた。完璧な人生を歩むことができる――と。でもそんな未来は来ませんでした。結局僕は、病気であっけなく死んだんです」


 ――そのときの記憶が蘇るのか、ルイスの表情が暗く陰る。


「でもそれでは終わらなかった。僕はまた蘇った。身体こそ違うものの、何度死んでも蘇る。それも膨大な記憶を抱えて……。人間って本当に不思議で、幸せな記憶より辛い記憶の方が鮮明に残るんです。過去の痛みや過ち、自分の犯した罪、それを忘れられぬまま生きていかなければならない……その辛さといったらない……地獄ですよ。普通の人間はそれがないと思うと、それだけで心底羨ましくなることがあります。あなたもそうは思いませんか?」


 ――ああ、確かにそうだ。私だって何度も思った。彼と同じことを、何度も何度も考えた。

 忘れられたらどんなに楽か、それだけを願って死を迎えたこともあった。


「僕はね、アメリア様。昔話をするのは好きじゃないんです。僕にとって過去とは、忘れてしまいたいものだから」


 彼の瞳が、私を見つめて離さない。けれどその瞳は私ではなく、もっとずっと遠くを見ているように思えて――そう、それはきっと、彼の(いにしえ)の記憶……。


「僕の正体……それは僕自身にもわかりません。僕の方こそ教えてもらいたいくらいです。死んでも記憶が消えないのはなぜなのか……どうして、僕らだけこうなのか。残念ながら、今の僕には答えることができません」


 彼は寂しげに瞳を揺らし――話を続ける。


「ですが……それでも救いはありました。アメリア様――僕は……僕の力は消えない記憶だけではないんです。僕は、僕らのような不思議な力の存在を、誰がどのような力を持っているのかを感じ取ることができる。つまり、僕は今まで沢山の同族と出会ってきたんですよ。動物と話をする青年、歌で雨を呼ぶ少女、未来を予知する女性……そんな不思議な力を持った人間と、僕は何度も出会い、共に過ごしてきた。それは束の間の救いでした。彼らと共にいるときは、僕もただの人間になれたような気がした。――でもそんな時間は長くは続かない。人は必ず死にますから。死ねば、僕を忘れてしまうから……」


 それは彼の心の叫びに聞こえた。彼の心の奥底に秘められた、本当の気持ちに思えてならなかった。


「彼らとの出会いを、共に過ごした時間を後悔したことはありません。それは僕にとって幸福な時間に違いなかったから。けれどそれでも寂しさが消えることはなかった。むしろ増すばかりだった。理屈じゃない。あなたになら、わかるでしょう?」


 ――ああ、わからないはずがない。彼の気持ちを理解できないはずがない。


 私だからこそ理解できる。私だけが、理解できる。彼の気持ちを、痛いほどに……。


「あなたに出会えたのは奇跡だと思っています。正直、僕は諦めていた。僕と同じ力を持つ人はいないんだと、諦めてしまっていた。けれど今僕はこうして、あなたを前にしている」


 ルイスの切なる眼差し。


 その訴えるような瞳に、私は気付いてしまった。ルイスが私を探していた理由に。彼が私に執着する、その訳に……。


「僕がウィリアム様に出会ったのは偶然でした。いいえ――僕は無意識のうちに同族を探していましたから、偶然と言ったら語弊があるかもしれません。ウィリアム様を初めてお見かけしたとき、確かに何らかの力を感じました。けれどそれはあまりに微弱で、しかも彼自身の力ではなかった。もうおわかりでしょう? それはあなたの力だったのです」


 それはきっと、私がウィリアムを愛すと死ぬ――その繋がりのことを指しているのだろう。


「けれど当時、僕はあなたの素性を知りませんでしたし、ウィリアム様に尋ねるわけにもいかなかった。僕がわかるのは、ウィリアム様から感じるあなたの気配だけ。まだ子供だった僕には、あなたを探す術がなかった。――けれど五年の月日が経過したある日のこと、幸運なことに僕はあなたを見つけたのです」


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