5.思い出――聖なる夜(中編)
「……はぁ」
わたしは台所の隅にしゃがみこみ、大きく息を吐いた。
本当にびっくりした。いきなりあんなこと言うなんて。まだ心臓がドキドキしている。
「……二人きり、か」
確かにわたしだって、そういうことを考えたことがないと言えば嘘になる。
手をつなぐだけで恥ずかしくて、キスをすれば顔を見られなくて――そんな初々しい時期もあった。
けれども最近は、もっと彼に触れたい、あの人のもっと深くを知りたいと、そんなどうしようもない想いに駆られてしまう。
わたしだけかと思っていた。でも違ったのだ。彼も同じだったのだ。
「あぁー、もう」
どうしよう。嬉しい。どうしようもなく嬉しい。今すぐにあの人を抱きしめたい。あの人に、抱きしめられたい。
わたしは膝を抱えてうずくまる。すると、頭上から聞こえる彼の声。
「ユリア?」と――わたしを呼ぶ、すっかり声変わりした、愛しい愛しい彼の声。
優しくて、温かくて、その声に呼ばれるだけで、わたしの心は羽根のようにふわりと宙を舞う。わたしの愛しい……わたし、だけの……。
「ユリア。ごめん、僕が変なこと言ったから……嫌いに、なった?」
不安げな彼の声。
顔を見なくたってわかる。彼が今どんな顔をしているのか。
彼がどれほどわたしを愛してくれているか。
「ユリア。ねぇ……ユリア」
あぁ、だめだ。早く振り向かなくちゃ。早くこの人を安心させてあげなくちゃ。
でもなぜだろう。身体が言うことを聞いてくれない。想いが込み上げて、上手く言葉が出てこない。
「……ユリア、こっちを向いて。お願いだ」
彼の声が――痛い。
あぁ、早く、早く何か言わなくちゃ……。
わたしは必死に声を振り絞る。
「好き、なの」
「……え?」
「――好き」
わたしはようやく立ち上がり、振り向いた。そのまま彼の胸に飛び込み、顔をうずめる。
「あなたが――好きなの」
「――っ」
彼の瞳が見開かれ――同時にわたしを抱きしめる、たくましい腕。
わたしを包み込む、彼の熱い身体。
「僕も、好きだよ」
強く、強く――彼の腕に力がこもる。
彼の鼓動が、吐息が、わたしの全てを支配する。彼から伝わる体温に、全身を侵されているような――そんな感覚。
耳元で囁かれる、彼の切なげな、愛しげな声――。
「ユリア。本当は僕たちが十六になってから言おうと思っていたんだけど……今、言うよ」
熱を帯びた彼の瞳。わたしだけを見つめる、熱い視線――。
「君を愛している。どうか僕と、結婚してください」
「……え? けっ……こん?」
わたしと、あなたが?
少しも予想していなかった言葉に、わたしは驚きのあまり放心する。
「そうだよ。結婚しよう」
「え、でも……わたしたち、まだ……」
「うん。だから、来年の君の誕生日が来たら、すぐにでも」
いつになく真面目な顔をして、わたしを強く抱きしめる彼。
でもわたしにはそれが信じられなくて、思わず尋ね返す。
「本当……に?」
「もちろんだよ。嘘なんてついてどうするんだ」
「…………」
――あまりの急展開に、わたしの頭はついていけない。
「……夢、見てるのかしら」
茫然と呟くと、彼は困ったように眉を寄せた。
「おいおい、僕の決死のプロポーズを夢にしないでくれよ」
「……そう。夢じゃ……ないのね」
「夢じゃないよ。もしかして……嬉しすぎて言葉が出てこない?」
彼はいじわるな笑みを浮かべる。
そんな彼の表情に――わたしは彼がいつもどおりの彼であることを悟り――ようやくこれが現実であるのだと理解した。
「……嬉しい、わ。わたし、とてもとても嬉しいわ!」
彼の首に腕を回し、力いっぱい抱きしめる。
「わたし、本当にあなたを愛しているわ、エリオット!」
「僕もだよ、ユリア」




