4.思い出――聖なる夜(前編)
雪がしんしんと降り積もっている。
窓の外に広がる森の景色はいつもと違い、あたり一面白銀の世界だった。
木々の梢に雪が咲き、地面に厚く積もる雪には動物たちの可愛らしい足跡が点々として、それはまるで真っ白なキャンパスに絵を描いたよう。
わたしは景色を直接見ようと窓を開け、そこから顔を覗かせる。
「……きれい」
――ああ、なんて幻想的なのかしら。
はぁ――と息を吐けば、それは薄い雲になって森の景色に溶けていく。
わたしは寒さも忘れ、雪景色を眺める。もうすぐ来るはずのあの人に、思いを馳せながら。
「あぁ、早く来ないかしら」
わたしは浮かれていた。
なぜって今日はクリスマス。これから彼とささやかなお祝いをすることになっている。
昨日のうちから部屋を飾り付け、今朝はいつもより二時間早く起きて料理をした。
いつもは暖炉とテーブル、そして小さなソファーが二つあるだけの、お世辞にも素敵とは言えない部屋。
けれど今日だけは違う。森で伐ってきたモミの木と、木の枝で作ったクリスマスリース。そこにわたしが毛糸で編んだ、色とりどりのオーナメントを飾り付けた。サンタやトナカイや天使、キャンディケインと黄色いベル、それから赤い実のたくさん付いたヒイラギも。
テーブルの上には焼きたてのバゲットと、彼が前に美味しいと言ってくれたナッツと干しぶどうのカンパーニュ、もちろん七面鳥も外せない。デザートにはりんごとはちみつをたっぷり使ったタルトタタンを焼いた。あとはじゃがいものスープを温めなおすだけ。
そして、クリスマスプレゼントには――。
「……喜んでくれるかしら」
この日のためにコツコツ編んだ赤いマフラー。彼の栗色の髪によく映えるだろうと思って選んだ色。
わたしは彼がこのマフラーを巻いているところを想像し、ひとり口元を緩ませる。
すると、ちょうどそのとき――。
「ユリア、僕だよ」
扉を叩く音と同時に聞こえる、優しい彼の声。
わたしはマフラーをソファーのクッションの下に隠して、玄関へと走った。
ドアを開け放ち、彼の胸の中へと飛び込む。
「――待ってたわ!」
「ははっ、ユリアは相変わらずだね、僕も早く君に会いたかったよ」
彼はわたしを抱きしめて、柔らかに微笑んだ。
*
「わぁ、すごいね! これ全部ユリアが一人で作ったの?」
彼は身体から雪を落として部屋に入ると、テーブルに並んだ料理に目を丸くした。
期待どおりの反応に、わたしは鼻を高くする。
「もちろんよ、今日のためにおばあさまに習ってたくさん練習したんだから! 味は保証するわよ!」
わたしがそう言うと、どういうわけか彼はぷはっと吹き出した。
「ははははっ! 確かに、去年君に初めて貰ったジャム、帰って開けてみたらすっかり固まってて、どうやって食べようかと思ったもんな!」
「そっ、それはもう言わない約束よ! あれからは一度も失敗してないわ!」
「はは、ごめんごめん。いやでも、あれだって味は良かったよ。それにこの前のパンもすごく美味しかった。ユリア、料理の才能あるよ」
笑いをこらえながらそんなことを言う彼に、わたしは口を尖らせる。
「もう、そんなに笑いながら言われても嬉しくないわよ」
「ごめんって! ユリアがあんまり可愛いから、ついからかいたくなるんだよ」
「――ん、……もう」
お互いの気持ちを知ってから一年以上が経ち、わかったこと。
彼は思っていたより、いじわるだということ。でも、彼のそんなところも、たまらなく好き。
わたしが去年のことを思い出していると、いつの間にやら椅子に腰かけていた彼から尋ねられる。
「ねぇ、ユリア。料理が二人分しかないみたいなんだけど、君のおばあさまはいないのかい?」
その問いに、わたしははたと思い出した。
「ごめんなさい、言うのを忘れていたわ。おばあさまは昔の友人に用事があるからって、昨日の朝から出掛けているの。帰ってくるのは明日の夕方になるって言ってたわ。――何かおばあさまに用事があったの?」
この言葉に、彼が一瞬狼狽える。何か大事な用事でもあったのだろうか。
「もし急ぎなら、明日おばあさまが帰ってきたらわたしから伝えておきましょうか?」
わたしはそう提案した。けれど彼は言葉を濁す。
「いや。別に、そういう訳じゃないんだ」
「どうしたの? 何かあるなら言って」
「いや、……だから」
「……?」
「……その、二人きりなんだな、って」
「――っ!」
刹那――一瞬で顔が熱くなる。
そんなわたしに釣られてか、心なしか彼の顔も赤くなったように見えた。
彼は気まずそうに視線を逸らす。
「ご、ごめん! 深い意味はないんだ。さ、食べようか! 僕もうお腹ペコペコだよ」
誤魔化すように笑って、耳まで赤くする彼。
そんな彼に、わたしは何と返したらいいかわからなくて――。
「そうだわ! わたし、スープを温めなおしてこなくちゃ!」
彼をテーブルに一人残し、慌てて台所に駆け込んだ。




