12.アメリアの行方
ルイスがウィリアムらの元へと戻った時には、既に日が傾き始めていた。
「ルイス!」
「彼女は⁉」
森から一人で出てきたルイスに、エドワードとブライアンが詰め寄る。
焦りを隠しきれない様子の二人に、けれどルイスはどこまでも冷静だ。
「アメリア様はご無事です。――ウィリアム様はどちらに」
「あ――あぁ、あいつなら馬車の中だ。カーラに付いててくれてる」
「無事なら良かった。けど、彼女はいったいどこに」
「それをこれから説明致します」
こうしてルイスはカーラだけを馬車に残し、ウィリアム、アーサー、そしてエドワードとブライアンを前に、話し始めた。
「結論から申し上げます。アメリア様はご無事です。が――何者かに連れ去られました」
「何⁉」
「連れ去られたって、なんで⁉」
「そもそもなんでそんなことわかるんだよ!」
エドワードとブライアンは取り乱す。
その一方で、ウィリアムとアーサーは眉をピクリと寄せるのみ。
二人はルイスの態度から感じ取っていたのだ。ルイスは既に、アメリアの居所に大凡の検討がついているのだろう、と。
「お前たち、しばらくそのうるさい口を閉じていろ」
「な――なんだよ、アーサー」
「俺たちはただ、彼女を心配して」
不満を隠せない二人に、今度はウィリアムが続ける。
「ルイスはもう全てわかっているのだろう。――話せ、ルイス」
するとようやく二人は口を噤み、ルイスは話を再開した。
「私はアメリア様が流れ着くであろう場所を地形から推測し、そこへ向かいました。結果それは正しかった。けれど私は一足遅く――。そこに残されていたものは、川岸から土手の上まで続く水跡と、真新しい一頭の馬の蹄の跡でした。つまり、彼女が何者かに助け出され、馬で連れ去られたことを意味している」
ルイスは眉一つ動かさず告げる。それが大した問題でもないと言うように。
「アメリア様を連れ去った者はおそらく、騎士かそれに準ずる者でしょう」
ルイスの瞳は揺るがない。確信を得ていると言わんばかりに。
けれどさすがのウィリアムも、これには疑問を持たずにいられなかった。
「なぜそう思う?」
するとアーサーが、ルイスより先に答える。
「意識のない人間を抱えたまま馬に乗れる人間はそういない。そういうことだろう?」
ルイスは頷く。
するとブライアンがようやく思い当たったと声を上げた。
「そうか、手綱を片手で引かなきゃならないから……!」
通常、ただ馬に乗るだけなら片手で手綱を引く必要はない。つまり人を抱えたまま馬に乗れるのは、それ相応の訓練を積んだ者に限られるということだ。
けれどエドワードの方は、まだ納得がいかない様子である。
「でも片手手綱なら俺たちだってできるよな? 狩猟するし。なんで騎士に断定できるんだよ。貴族って可能性もあるだろ」
「それはほら、狩猟って一人じゃしないからだろ? 馬の足跡が一頭だって言うなら、俺たちみたいな貴族じゃない」
「ああ……確かに」
皆が納得したところで、ルイスは再び口を開く。
「ですからエドワード様。私に馬を一頭お貸しください」
「――え?」
「なんでお前に?」
エドワードとブライアンは困惑する。
同時に、ウィリアムも眉をひそめた。
「一人で行くつもりか?」
「はい。――お忘れですか? 隣の街道の先はアルデバラン。アーサー様の伯父上、アルデバラン公爵閣下の領地でございます。あまり大ごとにはされぬ方がよろしいかと」
その言葉に、今度こそ一同は押し黙った。
アルデバラン公爵とは、アーサーの母である王妃フローラの兄に当たり、非常に野心家な人物だ。彼の持つ権力の大きさは国王にも匹敵し、この国で彼の言葉を無視できる者はいない。
アーサーは公爵の一人息子ヘンリーと年が近く懇意にしているものの、野心的な公爵とは馬が合わず、昔から苦手なのである。
そのため、極力接触を避けたいというのがアーサーの本音だった。
「確かに、この面子で彼女を探し回るのは得策ではないだろうな」
「だがルイス一人というのも……。彼女は俺の婚約者だ、行くなら俺も一緒に――」
ウィリアムは言いかけるが、ルイスは首を振る。
「いいえ、なりません。その馬車は四頭馬車です。一頭ならまだしも、二頭も減らしては馬車が進みません」
「それを言うなら、お前が行ってしまってはそもそも御者がいなくなるだろう」
――二人は睨み合う。
けれど、その間に割り込むエドワードとブライアン。
「御者なら俺たちが」
「前に街で辻馬車引いてる奴に教えてもらった」
それを聞いたルイスは口角を上げる。
「だ、そうですよ」
「――っ」
ここまで言われてしまっては反論の余地なしである。
言葉を詰まらせるウィリアムに、ルイスは容赦無く続ける。
「ウィリアム様は皆様と王都に戻り、サウスウェル伯爵にこの件をお伝えください。じき日が暮れます。いずれにせよ、今日中にアメリア様を王都にお連れするのは難しいでしょうから」
「……わかった」
ルイスの言い分に、ウィリアムは渋々承諾するしかなかった。
ほどなくして、エドワードが馬を一頭連れてくる。
「ほらよ。こいつの名前はメテオだ。ま、大人しい奴だから大丈夫だろ」
「メテオ? 名前と性格が相反してますね」
「まぁそれはご愛嬌ってことで」
エドワードがルイスに手綱を渡す。
「あ、ちなみに鞍も鐙もないけど……」
エドワードは言いかけるが、彼の心配をよそに、ルイスは既にメテオに跨がっていた。
ルイスは馬上から四人を見下ろし、にこりと微笑む。
「そんなものは必要ありませんよ。――ところで言い忘れておりましたが、アルデバランには既にべネスを向かわせてあります。アメリア様の居場所はすぐにわかるでしょう。――では」
ルイスはそれだけ言い残し、メテオと共に颯爽と駆け出した。




