10.焦燥
「――ルイスッ!」
「ウィリアム様⁉」
ルイスは背後から迫るウィリアムに気付き、わずかに走るスピードを落とした。
「なぜ、ここに」
ルイスは尋ねるが、ウィリアムはそれを無視しそのままルイスの隣に並ぶ。
「そこでアーサーに会った。アメリアはどこにいる」
ウィリアムの表情は固い。
ルイスはそんな主人の表情を横目でうかがいつつ、平静を装って答える。
「申し訳ございません、見失ってしまいました。ですが先ほど、カーラ様がアメリア様のお名前を――」
「どっちだ!」
「今、向かっております」
その言葉を合図に、二人は再び速度を上げた。
水音がする。視界が開けた。そこには……。
「カーラ!」
二人の立つ位置から少し離れた崖際に、カーラが独りへたり込んでいた。
「カーラ、何があった! アメリア嬢は一緒ではないのか⁉」
ウィリアムが駆け寄って尋ねると、カーラはびくりと肩を震わせ顔を上げる。――その、酷く蒼白な顔を。
「ウィリアム……様」
夏にもかかわらず全身をガタガタ震わせて、彼女はウィリアムの胸元にすがりつく。
「……か……川……に」
「――ッ」
刹那――ウィリアムは絶句した。
彼は急いで崖下を覗く。けれど当然、アメリアの姿はない。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ウィリアム様。アメリア様は、落ちそうになった私をかばって……。ごめん、なさい……」
カーラは繰り返す。ごめんなさい――と。ただ青白い顔で、ウィリアムに懺悔する。
そんな彼女の姿に、ウィリアムもまた茫然とするほかなかった。
アメリアが川に落ちたというその事実を、どう受け止めればよいのかわからなかった。
けれどそんな状況の中でも、ルイスだけは様子が違った。彼はどこか苛立つような顔で、川面をじっと観察していた。
十秒か――二十秒か――川の流れを見ていたルイスが口を開く。
「ウィリアム様、カーラ様をお願いします。私は下流へ、アメリア様を探しに参ります」
その声に、ウィリアムはようやく我に返った。そして反射的に答える。
「それなら、俺も一緒に――」
「結構です。あなたは足手まといになる」
「――っ」
ルイスの冷えた瞳がウィリアムをじっと見下ろす。普通なら主人を見下ろすなど、決して許されない行為にもかかわらず。
だがその表情は、確かにアメリアの無事を願うもの――ウィリアムにはそう思えた。
だから彼は、ルイスに言い返すことができなかった。
「ルイス……お前は……」
――アメリアを……?
けれどウィリアムが言うより早く、ルイスはウィリアムに背を向ける。
そしてもう何一つ言葉を発することなく、その場を走り去った。




