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1.ボート遊び


「お嬢様、この晴れやかな空をご覧ください! 絶好のボート日和ですわ!」


 それはウィリアムと婚約を結んだ夜会から約三週間が経った――今にも季節が夏に移り変わろうとしている頃のこと。

 ウィリアムとボート遊びに出掛ける時間を目前にして、ハンナはいつも以上にテンションが高く、窓から外の様子をうかがっていた。


「いいですか、お嬢様! 一に笑顔、二に笑顔ですからね!」

「わかったから、窓の外に頭を出すのはやめてちょうだい。落ちたら怪我じゃすまないわ」

「ご心配なく! 運動神経には自信がありますから!」

「そういう問題じゃないのよ」


 私は彼女の浮足立った様子に辟易しながらも、顔に笑みを張り付ける。

 口では彼女の言葉を肯定しつつも、内心では「いっそ雨でも降ってくれたら良かったのに」と、晴れ渡る空を呪っていた。


 先のハンナの言葉どおり、今日はウィリアムに誘われてボート遊びに出掛ける日。約束の時間はまもなくだ。――けれどその時間が迫るにつれ、私の憂鬱さは増していた。


「本日はアーサー王太子殿下もお越しになるのでしょう? はぁ~、きっと素敵な方なのでしょうね。一目お目にかかりたいですわ」

「殿下、ね」


 そう。それが今日の憂鬱の種だった。

 ウィリアムだけならいざ知らず、まさか王子と共に外出など、誰が嬉しいものか。面倒なだけに決まっている。


「ハンナ。あなたは王子という存在に夢を見すぎよ」

「そうでしょうか? ではお嬢様は、王子に夢を見ないでいったい誰に夢を見ろとおっしゃるんです?」

「それは難しい問題ね。けれど殿下は色好みで有名なのよ。侍女にも平気で手を出すんですって」

「侍女にも、ですか?」

「そうよ。といっても無理強いはしないらしいけど」

「そうなんですか……。でも、それってつまり私にもチャンスがあるということでは?」

「あなた、本気で言ってるの?」


 私はハンナの言葉に呆れかえる。――と、そのときだった。

 再び窓の外に視線をやったハンナが、「あっ!」と大きく声を上げる。


「いらっしゃいましたわ!」


 その声を追って私も外に目をやれば、そこには二台の黒塗りの馬車が止まっていた。

 一方は二頭立ての一般的な貴族の馬車。そしてもう片方は、四頭立てのひときわ立派なものである。おそらく四頭馬車の方に王太子であるアーサーが乗っているのだろうが……。


「二台ですって?」


 ウィリアムからの手紙には、今日の外出はアーサー様とカーラ様、そしてウィリアムと私の四人で、と書かれていた。四人なら馬車は一台で十分なはずである。しかし、実際は二台。


 ――いったいどういうことかしら? 


 よくよく馬車を観察すれば、二頭立ての方はウィンチェスター侯爵家の馬車で間違いないが、四頭立ての方は王家の馬車でも、ウィンチェスター侯爵家の馬車でもないことに気付く。


「あれって……スペンサー侯爵家の紋……?」


 どうしてスペンサー侯爵家の馬車がうちに……? まさか……。

 瞬間、脳裏によぎる二人の顔。――その予感は的中した。


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