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8.双子の追憶――初めての夜遊び(後編)


 そうやってしばらく談笑していると、バーマンに酒を注文しに来たのだろう、アメリアの横に一人の男が現れた。

 ハンチングを被り口髭を生やした四十歳(しじゅう)頃のその男は――連れの分だろう――エールを四杯注文する。そして何気なくアメリアの方に視線を向けたと思ったら――アメリアの容姿に惹かれたのだろうか――大きく目を見開いた。


「見ない顔だな? 姉ちゃん、ここは初めてか?」


 男は至って自然な態度でアメリアに問いかける。

 するとアメリアはまるでそれを待っていたかのように、ニコリと微笑んだ。


「ええ。先月から近くのお屋敷で働いてるの」

「へぇ。ならそっちの二人は仕事仲間か」

「そうよ。わたしはローザ。こっちの二人はエドワードとブライアンよ。あなたは?」

「俺はジョンだ。――にしても姉ちゃんえらく垢抜けてるな。お屋敷勤めって奴は少なくねェが、姉ちゃんみたいなのそうそう見ねェぞ」


 口髭男――もといジョンは、どこか値踏みするようにアメリアを見つめ、そして今度はエドワードとブライアンにまで観察するような目を向ける。


「よく見りゃそっちの兄ちゃんらも男前だな。――貴族って言われた方がしっくりくるぜ」

「――っ」


 ジョンの言葉に、エドワードとブライアンはぎょっとして顔を強張らせた。

 けれどアメリアは、むしろそれを肯定するかのように――テーブルに頬杖をつき、二人をからかうように横目で流し見て――ふふっと笑い声を上げる。


「実はわたし、パーラー・メイドなの。容姿には自信があるわ。それにこの二人は最高ランクの従僕(ファースト・フットマン)なのよ。旦那様のお気に入りで、従者(ヴァレット)の代わりをさせられることもあるんだから」

「へぇ、そりゃすげェな! 若いのに結構なことじゃねェか!」

「でしょう? でもこの二人、仕事はできるのにプライベートはすごーくシャイなのよ。わたしがこの街のことを教えてって言っても、全然誘ってくれないの。失礼しちゃうと思わない?」


 アメリアがこう言うと、エドワードとブライアンは硬直する。

 ――いったい何を言い出すんだ。と、そんな感情が透けて見えるようだ。

 するとそんな二人の様子が可笑しかったのか、ジョンは笑い声を上げた。


「はっはっは! 酒と女は紳士の嗜みだぜ、兄ちゃん! どうだ、俺が指南してやろうか!」

「――えっ、――はっ?」

「いや、俺たちは……」

「遠慮するな! 昔は俺もちったあモテたんだ!」


 ジョンは「ほら立て! あっちで飲むぞ! 姉ちゃんもな!」と言って、エドワードとブライアンの背中を遠慮なくバシバシと叩く。


「い――痛っ、痛いって!」

「いきなり失礼だぞ!」

「おっ、なんだぁ。ちゃんと声出るじゃねェか! 男はそうじゃねェとな!」

「なっ……」

「ロ……ローザ! この人、話通じない……!」


 二人はアメリアに助けを求めるが、アメリアはニコリと微笑むばかり。

 結局二人は抵抗むなしく、ジョンの仲間の待つテーブルへと引っ張られていった。



 ――それからは早かった。


 ジョンの図々しくも気さくな態度のおかげと言うべきか、あるいはもともとの性格か、エドワードとブライアンはあっという間に酒場になじんだ。初対面――しかも階級の異なるジョンやその仲間らと、時間も忘れて語り合った。


 見栄も忖度もないありのままの自分の姿をさらけ出せるその場所は、二人にとってとても気楽な、居心地の良い場所だった。


 そして同時に、二人は強い衝撃を覚えた。

 仕事、政治、家族、趣味――庶民の彼らが何気なしに語るその内容は、当然貴族の認識とは全てが異なっていた。


 二人はそのことを、今まで一度だって気に留めたことがなかった。良いも悪いもない、そういうものだと理解していたが、彼らの話を聞いて初めて疑問を持った。


 ――特権階級と労働階級――決して相入れないと思っていた、何か別の生き物のように感じていた彼らが、こうやって言葉を交わしてみれば自分たちと何ら変わりない存在だと気付かされる。


 ――それは二人の常識が覆った瞬間だった。


 今までの退屈な日常がいかに恵まれていたのかを思い知った。自らの無知を恥ずかしく思った。

 彼らの生活をもっと知りたいと思った。もっと言葉を交わしたいと願った。


 けれど、別れの時は訪れる。


「また来いよな!」

「俺たちこの時間にはいつもここにいるからな!」

「ファースト・フットマン殿! 今度可愛い子紹介しろよ~!」


 出会ったばかりの自分たちを、笑って送り出してくれる人がいる。――二人にとって、それは特別な経験だった。


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