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7.双子の追憶――初めての夜遊び(前編)


 着替えを終えた三人は、一軒のパブの前にいた。

 パブには二つの入り口がある。一つは中産階級用のラウンジ・バーへと続く入り口。もう一つは、労働者階級用のパブリック・バーへ続く入り口だ。

 当然、エドワードとブライアンはそのどちらにも入ったことがない。貴族はパブになど行ったりしないからだ。行くとしたら会員制のクラブだろう。


「ここに……入るのか?」

「しかも庶民の方に?」


 二人はアメリアを見やる。

 彼女はシンプルな黒いドレスとつばの広いボンネットを被っていた。その服装は貴族のものでも中産階級のものでもない。典型的な労働者階級の服装である。

 当然、エドワードとブライアンが袖を通しているスーツもペラペラの安物だ。

 二人は不満たらたらだが、けれどアメリアは気にも留めない様子である。


「中に入ったらわたしのことはローザと呼ぶこと。先月からわたしの屋敷――サウスウェル家に雇われたパーラー・メイドという設定よ」

「なんだそりゃ」

「ちなみに俺たちは……?」

「……そうね。あなたたちはサウスウェル家に仕える従僕(フットマン)ということにしましょう」

「はぁ⁉ 俺たちが従僕(フットマン)⁉」

「さすがにそれは……せめて従者(ヴァレット)とかさぁ⁉」

「あら、従者(ヴァレット)にしては若すぎるし、外見重視の従僕(フットマン)が適当だと思うわよ。あなたたち、見目(みめ)は悪くないじゃない」

「……それは褒められていると受け取っていいのかな」

「まぁ、確かに……君がメイドなら従僕(フットマン)が順当か……」

「理解してくれて助かるわ。じゃあさっそく入りましょ。――あ、でもその前に一つだけ。二人とも、中ではそんなお綺麗な喋り方しちゃだめよ。そんなんじゃ貴族様だってこと、一瞬でバレちゃうんだから」


 そう言った彼女の言葉と発音は確かに庶民そのもので、二人は疑問を通り越してただただ驚くほかなかった。



「いらっしゃいませー!」


 三人が店に入ると、ハツラツとした女性店員の声が響く。

 テーブル席に料理を運んでいるウェイトレスが彼らを笑顔で出迎える。


 内装は簡素なものであった。木製の床に、板を組み合わせて作られたテーブル、クッションのない腰かけ。壁に絵画や装飾もない。

 店内の広さにおいても、中産階級用とスペースを分け合っているだけあって、お世辞にも広いとは言えない。四人掛けのテーブル席が三つに、立ち飲み用の高いテーブルが五つ。あとはカウンター席が八席あるだけだ。

 けれど清潔感は保たれており、エドワードとブライアンはひとまず胸を撫でおろした。


 テーブル席は全て埋まっている。立ち飲み席も、酒をくみ交わす男女で溢れていた。

 これからどうするのだろうと二人がアメリアの様子をうかがえば、彼女はカウンター席の右から三つ目に座ろうとしている。それを見た二人は、その右隣の残り二席に座ればいいのだろうと判断し、アメリアの右側に並んで座った。

 するとその間に、アメリアはいつの間にかバーマンを呼びつけていた。


「ご注文はお決まりですか?」

「エールを三つお願い」

「かしこまりました」


 少しすると、アメリアに三杯のジョッキが差し出される。彼女はその場で三杯分を支払い、ジョッキを受け取った。


「はい、どうぞ」


 アメリアがニヤリと微笑んで二人にジョッキを手渡す。


「エールよ。飲んだことぐらいあるわよね?」


 その言葉に、二人は黙って顔を見合わせた。――飲んだことなどあるはずがない。

 エールというのはつまりビールのことだ。しかしビールは庶民の飲み物であるとされている。そのため貴族である二人が口にする機会はなかった。見たことすら初めてなのだ。


 ――この泡の乗った黄色い飲み物、本当に飲めるのか? 腹とか壊さないかな……。


 エドワードがブライアンを見やれば、彼も同じことを思っているのかジョッキをじっと見つめていた。

 けれどずっとそうしているわけにもいかない。二人は意を決す。――と同時に取られる、アメリアの音頭。


「今日もお疲れ様! かんぱーい‼」

「か、かんぱーい」

「お、お疲れー」


 ――今の棒読みだったな、と反省しながら、エドワードはアメリアより一拍遅れてエールを喉へと注ぎ込む。

 同時に口の中に広がるのは、ほのかな苦味と深い香り。ワインとは決して比べられないが、フルーティーさも兼ね備えている。そして何よりアルコールをほとんど感じない。これならいくらでも飲めそうだ。


「――ッ、これ……」

「結構、いけるな」

「ふふっ、そうでしょ? たまに飲みたくなるのよね」

「たまにって……アメ……ローザ、君本当に俺たちより年下?」

「酒を飲むのはまだ早くないか?」

「あら、二人が十五のときはどうだったのよ?」

「俺たち……?」


 アメリアの言葉に、三、四年前のことを思い出してみる。


「まぁ、飲んでた、な」

「ああ、兄さんの部屋からこっそり拝借して、でも空きビンが見つかって叱られたりしたな」

「あぁー、あれは確か、客に出すはずのものだったんだっけ」

「そうそう」


 二人は昔話に花を咲かせる。

 エールは初めての彼らであるが、酒自体は寄宿学校(パブリックスクール)に入った頃から(たしな)んでいた。といっても、当時の彼らにワインの味の違いなどわかるはずもなかったが――。


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