6.双子の追憶――貧民街の少年(後編)
部屋に入ったエドワードとブライアンが真っ先に思ったのは、「ここは本当に人が住む場所なのか?」ということだった。
まず全てのものが古びている。外観も酷いありさまだったが内装はそれ以上で、壁も天井もひび割れだらけ。家具は今にも壊れてしまうのではと思われるほどで、例えばテーブルの脚は折れそうだし、椅子においては脚が四本揃っていないものもある。
それ以前に、貴族であるエドワードとブライアンからしてみれば、ここを家と呼んでいいのか怪しいレベルだ。玄関ホールは無く、キッチンも寝室も分けられていない。当然浴室などあるわけがない。
ベッドも薄いマットの上にボロボロの毛布が数枚重ねてあるだけ。これから寒くなる季節だというのに、これで冬を越せるのだろうか。――エドワードとブライアンはそんなことを考える。
「どうぞ。座ってください。何もないところですが」
どこから見ても痩せすぎているその少年――ニックは、二脚しかない椅子をアメリア達に勧めた。
するとアメリアは、何の遠慮もなく片方の椅子に腰かける。――となると残る椅子は一つ。
二人は悩んだ挙句、立ったままでいることに決めた。
「にしても、ミリア様。今日のドレスは派手ですね。まだ夜会の途中なのでは?」
「ふふっ、そのとおりよ。あまりに退屈だったものだから抜けてきちゃったの」
「それは別にいいんですが。せめてそのドレスは脱いできてもらいたかったです。この辺は物騒だってわかっていますよね?」
「そうね、ごめんなさい。でも大丈夫よ。今日はこの二人も一緒だし」
「どうだか。見たところそちらの二人も貴族でしょう? この辺の奴らには勝てないと思いますよ」
ニックはエドワードとブライアンをちらりと一瞥し、アメリアに問いかける。
「まさかとは思いますが、今日はこの二人も一緒に……?」
するとアメリアは、ニコリと笑って肯定する。
「ええ、そうよ。いつものを出してくれる? この二人の分は……」
話が読めないエドワードとブライアンを置き去りに、アメリアはドレスの袖から巾着袋を取り出し、そこから何枚か硬貨を取り出す。
「な――なぁ、俺たち、話が全くわからないんだけど」
「なんで金なんか渡すんだよ? 俺たちの分って、いったい何……?」
二人は訝しげにアメリアを見つめる。けれどやはり、アメリアは答えなかった。
彼女は二人の問いをひたすらに無視し、数枚の銅貨を少年に手渡す。
「これで足りるわね。あ、帽子も忘れちゃダメよ?」
少年は銅貨を数え終えると、満足げに顔を上げた。
「任せてください! すぐ用意しますね!」
彼はそう言って、駆け足で家から出ていく。
その足音が聞こえなくなってようやく、アメリアは二人の方を振り向いた。
「出掛けるわよ、二人とも」
アメリアはニコリと微笑む。――が、当然二人は困惑顔だ。
「出掛けるって、いったいどこに……。俺たち今も外出の真っ最中だと思うんだけど……」
「それに今の子供……君とどういう関係だ? そもそも親は? こんな時間に子供が家に一人ってあり得ないだろ!」
「それにミリアって何だよ。なんで偽名?」
二人は口々に問いかける。
するとアメリアは一層笑みを深くした。
「まだまだ夜は長いのよ。この姿じゃ目立つでしょ」
「…………」
二人は顔を見合わせる。
「まったく。君はいったいどんな教育を受けてきたんだ」
「君の家族はこのこと知ってる……わけないか。普通なら許さない」
「あら。ここに付いてきた時点で、あなた方もわたくしと同じですわ。それに心配せずとも散会までには戻ります。それとも、怖気付きまして?」
アメリアの笑みに、二人は観念したように息を吐いた。
彼らも男だ。そこまで言われて引くわけにはいかない。
「いや、ここまで来たら最後まで付き合うさ」
「ああ、なんなら夜更けまででも――女王様」




