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5.双子の追憶――貧民街の少年(前編)


「あのー、アメリア嬢?」

「アメリアで結構ですわ。わたくしも名前で呼ばせていただきますから」

「じゃあ……アメリア、本当に外に出るの?」

「ええ。どうせあなた方も、舞踏会なんて退屈だと思っていたのでしょう?」

「……まぁ」

「それは否定しないけど……」


 二人はアメリアの誘いに乗り会場のテラスから庭園に抜けた。そして気付けば、会場の明かりの届かない屋敷の裏側に連れてこられていた。

 そこでまさかと思った二人がアメリアに尋ねると、彼女は先の発言のとおり、屋敷の外に出ると言ったのだ。


 まさか舞踏会を抜け出すなど前代未聞。最初は冗談かと思ったが、アメリアの表情は至極(しごく)真面目なもので――とはいえ二人には彼女の表情など読めないが――冗談を言っているようには見えない。そもそも冗談でこのような使用人用の裏口にまで来るはずがない。


「……だけど君、ご両親と来てるんだよな?」

「急にいなくなったら心配するんじゃないか?」

「嫌ならお戻りになって結構です」


 その突き放すような言い方に、二人は顔を見合わせる。

 ――もうここまできたらヤケクソだ。乗りかかった船だ。


「行くよ、行けばいいんだろ」

「さすがに君一人で行かせられないし」


 二人は投げやりに答える。するとその言葉に、アメリアが少しだけ微笑んだように見えた。


 *


 午後八時を過ぎた頃――三人は夜の街を歩いていた。

 エドワードとブライアンがこの時間に街中を歩くのは、これが初めてのことである。


 左右に建ち並ぶレンガ調の建物。お世辞にも明るいとは言えないオレンジ色の街灯でぼんやりと照らされた街の景色は、昼間とはまるで別物だ。

 日中には人通りのない路地に並ぶ店は、夜になると開店し、酒を飲んで談笑する仕事終わりの男たちで溢れる。そんな男たちを誘うべく集う若く美しい女たちの姿もあった。

 二人はそんな夜の日常を物珍しそうに眺め、街そのものが醸し出すミステリアスな雰囲気に形容しがたい興奮を感じていた。

 ――と同時に、二人はアメリアの迷い無い足取りを不思議に思う。


「なぁ――アメリア、もしかして君はいつもこんなことをしてるのか?」


 エドワードが尋ねる。

 けれどアメリアから返ってきたのは、「初めてですわ」という、あまりにもわかりやすすぎる嘘であって……。


「これはとんだおてんばお嬢様だな」

「まったくだ」


 二人は口々に言いながら、けれど結局足を止めることなく、どこまでもアメリアの後を追いかけるのだった。


 *


 それからしばらく進んでいくと、二人はいつしか周囲の景色が変わっていることに気が付いた。


「……ここって」


 自分たちが今いるであろう場所に予想をつけた二人は、思わず息をのむ。

 通りは薄暗く街灯一本存在しない。頼りになるのは家々から漏れ出るわずかな灯りのみだ。

 けれどそれだって、非常に弱々しく足元を照らすには不十分である。なぜなら灯りの()いている家自体が少ないからだ。ほとんどの家は、まるで誰も住んでいないかのようにひっそりと静まり返っている。

 ――そこは貧民街だった。


「アメリア……何かここ、ヤバくないか?」

「君、ここに友人でもいるの?」


 二人はアメリアに尋ねる――が、返事はない。

 けれどその代わりとでも言うように、彼女は一軒の家の前で立ち止まり、迷うことなく扉を叩いた。


「ミリアよ。入れてくれる?」


 彼女がそう声をかけると、扉がわずかばかり隙間を空ける。そこから顔を覗かせたのは、十歳ほどの少年だった。


「こんばんは、ニック」

「…………」


 少年はそれが確かにアメリアであることを確認すると、ほっと表情を緩めた。

 けれどすぐにエドワードとブライアンの存在に気付いたようで、緊張に顔を強張(こわば)らせる。


「……その人たちは?」

「わたしの友人よ」

「友人……?」

「そう。悪い人じゃないから大丈夫よ、安心して」

「…………」


 アメリアが微笑むと、少年はようやく警戒心を解き、三人を中へと招き入れた。


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