2.カーラと兄と王太子(中編)
「絶対、諦めない」
カーラは決意する。
しかしその気持ちは、エドワードらの緊張感のない声によって遮られた。
「――で? 結局相手は誰なんだ?」
「どこの家門? 美人か?」
二人の問いに、カーラはより一層苛立ちを感じつつも――答える。
「……サウスウェル伯爵家の、アメリア様よ」
すると、エドワードとブライアンはあからさまに驚いた。
「アメリアだって……?」
「まさか彼女がウィリアムの相手なのか⁉」
「いやいやさすがにそれは……。――え、本当にそうなの?」
カーラの表情からそれが事実だと悟った二人は、釈然としない様子である。
そんな兄の顔を、カーラは交互に見上げた。
「アメリア様を……知っているの?」
「まぁ。知ってると言えば……知ってる、かな」
「ああ。彼女は有名だから」
「有名? 確かに、とてもお美しい方だったけれど」
「美しい? 確かに美人ではあるが……。そうか、お前は知らないんだな」
「彼女の噂……いや、あれは噂以上だ」
「噂って何ですの?」
二人の様子から、あまり良くない噂ということは読み取れる。
しかしいったいそれは何なのか。昨夜のアメリアしか知らないカーラには想像もつかない。
「いや……知らないなら知らないままでいた方がいい」
エドワードはブライアンに目で合図を送る。
「そうだな。少なくともお前のその様子からすると、昨夜は大丈夫だったみたいだし……」
「いったいどういう意味ですの……?」
――自分には教えられないということだろうか。
何かを隠している様子の二人に、カーラは苛立ちを募らせる。
「そういやウィリアムって、昔から女の趣味悪かったよな」
「あー。確かに言われてみると。やたら気の強い女とか、全然愛想のない女とかな」
「ほら、覚えてるか? お前、寄宿学校でウィリアムが部屋で独りのときを狙って、高級娼婦をけしかけたことあっただろ」
「あぁ! あったあった。一晩200ルクスのいい女。それでもあいつは抱かなかったな」
「そうそう! あの女、十分も経たずに部屋から追い出された腹いせに、俺の顔を打ったんだぜ。お前と間違えて! とんだとばっちりだ!」
「ははっ、確かにあれは酷かったな。三日も痕が消えなくて、失恋したって噂になったっけ」
「笑い事じゃない! 父さん以外に打たれたのは後にも先にもあのときだけだ!」
――いったい何の話をしているのだ、この二人は。
エドワードとブライアンの会話に、カーラの顔が怒りで赤く染まっていく。
そしてその怒りが絶頂に達しようという――そのときだった。
「ほーお。お前たち、神聖な学び舎でそんなことをしていたのか」
「クリスお兄さま!」
「げっ、兄さん」
突如として聞こえてきた低い声に三人が同時に振り向けば、そこには険しい表情でこちらを睨む兄の姿がある。
「……いやぁ、兄さん。今のは言葉の綾というもので……」
「それに卒業してもう四年も経ってるし、今さら良いも悪いも……」
双子は先の失言を誤魔化そうとするが、クリスに通用するはずもなく……。
「馬鹿者がッ! スペンサーの名を汚す気か、この恥曝しが! 少しはウィリアムを見習ったらどうなんだ‼」
四人兄妹の長兄クリストファー・スペンサーは、ただでさえ鋭い目つきをさらに細め、エドワードとブライアンを怒鳴りつけた。
「お前たち、昨夜は夜会をすっぽかして何をしていた? 主催が不在の夜会など前代未聞だ!」
クリスのただならぬ形相に、双子は頬を引きつらせる。
「やー、でも主催は父さんだし、あとは母さんと兄さんがいれば十分かなって。――な?」
「ああ。――で、でも俺は、本当は参加するつもりでいたんだ! けど……エドワードがどうしてもって言うから」
「なっ……違うだろ⁉ 最初に言い出したのはお前の方だろ⁉」
「でもその後やっぱりやめようって……明日にしようって俺は確かに言った!」
「はあ⁉ お前――ふざけるな!」
「そっちこそ、勝手に記憶改ざんするなよ!」
二人の不毛な言い争いに、とうとうクリスはぶち切れる。
「いい加減にしろ! ウィリアムは昨夜婚約したぞ! お前たちもそろそろ身を固めたらどうだ!」
まるで問い詰めるかのような口調でそう告げるクリス。
けれどその言葉に反応したのは双子ではなく、妹カーラの方だった。
「クリスお兄さま、教えてください! ウィリアム様のお相手のアメリア様とは、いったいどのようなお方なのです!」
彼女はクリスを見上げ懇願する。
「エド兄さまとブライアン兄さまが、アメリア様には良くない噂があるって。でも、それ以上教えてくれなくて。クリスお兄さまなら、知っているでしょう?」
「それを知ってどうする。ウィリアムに忠告でもする気か?」
「それは……内容次第ですわ」
カーラはそう言いつつも、その言葉とは裏腹に躊躇いがちに瞼を伏せる。
そんな妹を、クリスは一瞥した。
「カーラ、お前ももう十六だ。子供ではない。自分の品位を貶めるようなことは考えるな。愛だの恋だのと、そんな不確かなものに現を抜かすのは止めろ」
「……っ」
兄のあまりにも冷たい言葉。そしてその憐れむような視線に、カーラはそれ以上何も言えずに押し黙るしかなかった。
すると、エドワードとブライアンはそんな妹の姿を不憫に感じたのだろうか。カーラを庇うように兄クリスを睨みつける。
「兄さん、さすがにそれはないんじゃないか」
「ああ、言い方ってものがある」
「何だと? そもそもお前たちがそんな風に甘やかすから、カーラも分別が付かなくなるんだ。ウィリアムとて願い下げだろうな」
「な――、兄さん! 言っていいことと悪いことがあるだろう!」
「それ以上言ったら俺たちが許さないぞ!」
二人はクリスを責めるが、けれどクリスは冷笑するのみ。
「そういうことは一人前になってから言うんだな」
馬鹿にするように吐き捨てて、弟らを飽きれた顔で見下ろすのだ。
もはやエドワードとブライアンでは太刀打ち不可能な状況に思えた――そのときだった。




