2.ライオネルとの再会
もう――どうしていいかわからなかった。
ルイスの告白に、何と応えれば正解だったのか、わからなくなってしまった。
本当は知っていたはずなのに。あの日、真夜中の庭園で「アーサーを恨んでいる」と言ったルイスの言葉を聞いたときから、いいえ、本当はもっと前から気付いていた筈なのだ。
ルイスがアーサー様を、心の底から憎んでいるのだということを。殺してしまいたいと思う程に、彼を恨んでいることを。
きっとずっとそう思っていたのだ。今まで――千年以上の長い時間を、彼は……ずっと、ずっと。
ルイスはどれほど苦しんできたのだろう。腹違いとはいえ、実の兄弟に母を殺され、その力を奪われるなんて。その憎悪の炎は、どれほどの時間をかけて彼の心を焼き尽くしてきたのだろう。
私もエリオットを失った。その記憶は、ルイスの言う通り、正しいものではないのかもしれない。それでも、この千年苦しんで来た記憶だけは本物だ。喪失の痛みは、魂に刻み込まれている。ルイスの抱える痛みもまた、きっと私には想像もできないほど深く、重いものなのだろう。
だけど……それでも……。
私は知ってしまった。
ウィリアムとアーサー様の、幼き日の思い出を。ウィリアムの孤独な過去を、そしてアーサー様の隠された悲しみを。
ウィリアムを助けるためなら、アーサー様がどうなったって構わないと、そう思っていたはずなのに。それなのに、今の私の心はどうしようもなく揺れ動いている。
あぁ、聞かなければよかった。アーサー様の過去なんて、尋ねなければよかった。
私が昨夜問わなければ、私が真実を知りたいと願わなければ、ウィリアムだってあんな辛い記憶を思い出すことはなかったはずなのに。
そうすれば私は、きっとアーサー様の苦しみを知らずに済んだはずなのに。
アーサー様はローレンスとは別人だ。エリオットとウィリアムがそうであるように、魂は同じでも、生きている人間は違う。
けれど、ルイスは聞き入れないだろう。ローレンスに奪われたソフィアの力をその手に取り戻すまで、彼が足を止めることはない。――もう時間がないと、もうすぐ自分は死ぬのだと……そう言って笑ったあの日の彼の横顔が脳裏をよぎり、私の心を締め付ける。
私は一体どうしたらいいのかしら。
もしもこのままルイスがアーサー様を手に掛けてしまったら、ウィリアムはどうなるのだろう? きっと彼は、自分も、ルイスも、何もかもを信じられなくなってしまう。それどころか、その命を捧げてでも、アーサー様を庇うかもしれない。
もしそんなことになってしまったら……私は……?
「――ッ」
気が付けば、私は屋敷を飛び出し、街の中を駆けていた。
もう、夢中で……何も、これ以上考えたくなくて……。ただ痛くて……悲しくて……。
「……どうして」
過去なんてどうやったって変えようがない。終わってしまったことだ。
なのにそれに苦しめられて、縛られて、私達は一体どこに向かおうとしているのだろう。どうして私たちは、こんなにも暗い世界に閉じ込められているのだろうか。
「……エリオット」
もしも、もしもあなたが本当に生きているのなら、お願い。お願いだから……私のところに……私の前に姿を見せて。私をここから、救い出して……。
視界が滲む。
もう、前が見えない。自分の立っている場所がどこなのかすら、今私がどこへ向かおうとしているのかすらわからない。もう……何も、わからない……。
「…………っ」
人々の行き交う雑踏の中、私だけが取り残されて。世界にただ、一人きりになってしまったようで。私はもう、一歩も前に進めなかった。
胸が苦しくて、苦しくて……立っていることさえ、辛くて。
「アメリア! 待って、アメリア!」
――けれど、そんな私の背中に、唐突に声が降りかかった。
その声の主は、立ち尽くす私の横を風のように通り過ぎ、私の目の前に立ちはだかる。
あぁ、どうして彼がこんなところに……。
「あぁ、やっぱり君だ! 僕、ウィンチェスター侯の屋敷に向かっていたんだよ、そしたら君が……」
そう言いかけて、彼……ライオネルは目を大きく見開いた。
「……どうして、泣いてるの?」
ライオネルはかすかに声を震わせて、私の顔を覗き込む。
それは、何も知らない純粋な瞳で。ただ、真っ直ぐに私を心配する顔で……。
その眼差しに触れた瞬間、私は、この溢れ出る気持ちを、もう、止められなくなってしまった。
「……ライオ、ネル……私……もう、わからないの。自分がどうしたいのか……どうしたらいいのか……」
「――っ、アメリア……」
涙で滲んだ視界の向こうで、ライオネルの褐色の瞳が驚いたように揺れ動く。薄く開いた唇の奥で、喉を鳴らす音が聞こえた。
彼は、私の右手を強く――掴む。
「場所を変えよう。従者の一人も付けないで……君の姿は、ここでは少し目立ちすぎる」
真剣な表情でそう言った彼の言葉に、私はようやく我に返った。
辺りを見回せば、いつの間にか人が集まってきてしまっている。
確かに、今の私はどう見ても貴族の出で立ちで、街歩きを独りでするような服装ではない。しかもこんなに泣きはらして……このままでは良からぬ噂が立ってしまうかもしれない。
けれど、未だ止まることのない涙をどうすることもできず。俯く私に、ライオネルは優しく微笑だ。
「大丈夫だよ。何も心配ない。今から僕が君の護衛だ。おいで、アメリア。君に見せたいものがあるんだ」
私を安心させようと、明るい笑顔を向ける彼。その姿に、私は小さく頷いて、手を引かれるまま歩き出した。




