表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しのあの方と死に別れて千年 ~今日も私は悪役令嬢を演じます~【改稿版】  作者: 夕凪ゆな
第18章 ライオネルの来訪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/117

1.変貌


「……そして、母上は死んだ」


 ルイスは俯いたまま、ぼそりと呟いた。

 伏せられたその瞳は、黒よりもさらに深く、底知れぬ闇の色に揺らめいている。それはあまりにも悲しく、そして残酷な記憶の(おり)だった。

 部屋に満ちていた金木犀の甘い香りが、ふいに腐臭を帯びたかのように錯覚した。


「母上は懸念していました。父上の居ない今、自分の存在は戦争の道具にしかならないだろうと。だから母上は、自分の力を僕や、そして他の何かに移し替えていたんです」


 ルイスの目が、鋭く細められる。


「僕を逃がしたときの母上には、もう殆ど力は残されていなかった。それに母上は、誰かを傷つけることなど決してできない優しい人だった。……あれは、死にに行くようなものだったのです。それでも、普通の人間に母上を殺すことなんてできるはずがなかった。それがまさか……あいつ、ローレンス――」


 私は息を呑んだ。


(あぁ、ルイス。あなた、なんて顔をしているの……?)


 彼の全身から立ち上る、肌を刺すような殺気に、私は思わず一歩後ずさる。


 明確な殺意に染まる表情。地を這うような低い声。どす黒く、全てを飲み込んで闇の中に引きずり込んでしまいそうな……その、禍々しいオーラ。


「あの男は、母上の最期の力を奪ったのです。――人の心を読む力? 馬鹿にするな。あれはそのような生半可な力ではない。あれは――」


 ルイスの端正な顔が、憎悪に引き攣る。

 ローレンスを決して許すことが出来ないのだと、その日から千年以上が経った今でも、ルイスの心の時は止まったまま、復讐の業火にその身を焦がし続けているのだと、私は痛いほどに理解した。


「……ローレンスとは、アーサー様のことなのね?」


 恐る恐る尋ねると、ルイスは黙ったまま小さく頷いた。

 でもきっと、彼にはわかっているはずだ。今のアーサー様は、ローレンスとは別人なのだと。それでも……彼がアーサー様を恨み続けるのには、理由がある。


「アーサー様の中に、ローレンスがまだ生きていると言うことなの? それはあなたがエリオットが生きていると言ったのと……同じ理由なの?」


 私の問いに、ルイスの黒い瞳が私をじっと見つめ返した。その視線に、私の推測が確信へと変わる。


 あぁ――やはりそうなのだ。

 ソフィアから奪われたアーサー様の瞳の力は、彼が生まれ変わっても引き継がれている。そして恐らく、アーサー様の中には未だ、ローレンスの意識が消えずに残っているのだろう。

 それと同じように、いつまでも引き継がれる私の記憶。死んだはずのエリオット……。記憶と一致しない私の夢――。

 そうだったのだ。きっとこの私の消えない記憶も……ソフィアの力の……一部なのだ。


「あなたは、アーサー様をどうしたいの。私達を……どうするつもりなの」


 震える声で呟くと、ルイスは「察しがいいな」と言わんばかりに顔を歪め、私の方に一歩、また一歩と近づいてくる。


 ――怖い。

 本能が警鐘を鳴らす。けれど、私はまだ肝心なことを思い出せていない。いつ、どうしてソフィアの力を手にしたのか、その記憶の欠片が空白のままなのだ。

 だから逃げるわけにはいかない。正面から向き合わなければならない。こんなに辛そうな、血を吐くような想いを抱えたルイスを、放っておくことなど私には出来なかったのだ。


 ルイスは私の眼前で立ち止まると、首を傾けて私の顔をじっと覗き込んだ。


「アーサーに恨みはありません。だがどうしても、ローレンスに聞かなければならないことがあるのです。僕を逃がした母上が死んだと聞き、居ても立っても居られなかった僕は母上の(むくろ)を捜しました。けれどどこにも見つからなかった。これでは死んでも死にきれないでしょう?」

「――っ」


 ルイスの闇色の瞳が、妖しく光る。


「ローレンスには目覚めてもらう。その右目を(えぐ)り取り、僕の前に跪かせる――それが僕の望みです」

「……そんな、彼は王子よ。そんなことしたら、ただじゃ済まないわ!」


 私は悲鳴に近い声を上げた。

 そうだ、そんなことをしたら、極刑は免れない。現代の法が、彼を許すはずがない。


「ははははっ! この期に及んで怖じ気づいたというわけですか! 結局あなたも、ただの人だったと言うことだ!」

「――!」


 そう言って大声を上げて嗤うルイスは、まるで別人だった。いつもの冷静沈着な従者の面影など微塵もない。


 足元から冷気が這い上がってくる。酷い寒気が私の全身を襲い、指先が震えた。


「何のために千年も待ったと思ってる。僕がこれまでの長い時を、ただ漫然と過ごしていたとでも思ってるのか?」


 ルイスは、その片方の頬だけを吊り上げる。それはとても、(いびつ)な笑みだった。


「まぁ――あなたは好きにしたらいいでしょう。あなたかウィリアムか――それともエリオットか、母上の作り出した鍵を持っているのは間違いない。それこそが、あなたの言う呪い(・・)の根源なのだから。ローレンスのことが片付けば、その呪いも解くと約束しますよ」

「…………本気、なの」


 アーサー様を本気で手に掛けるつもりなのだろうか。

 ルイスの恨みは深い。想像を絶するほどに。けれど、それは駄目だ。そんなことは許されない。絶対に――。


 そもそも何故彼は、私にこんなことを話したのか。


「……私が、アーサー様に伝えると言ったら?」


 私は声を絞り出し、精一杯の虚勢を張って微笑んでみせた。

 目の前のルイスは私の知っているルイスでは無い。いや、私は最初からずっと、ルイスという人間について何一つわかっていなかったのだ。それはきっと今も変わらない。

――けれど。


 私のせいでアーサー様が命を落とすなんてことになったら……ウィリアムは……どうなるの?

 親友を失った彼の悲しみを思うと、胸が張り裂けそうになる。


 私の視線に、ルイスはククッとくぐもった嗤い声を上げた。


「アーサーは既に気付いていますよ。あとはローレンスが目覚めるだけ。それに……あなたは僕から逃げられない。あなたの中にあるその呪いを解くには、アーサーの力を手に入れなければならないのだから。僕の邪魔をすれば、ウィリアムは死ぬでしょう」

「――!」


 私の心臓が凍り付いた。

 あぁ、そうか。そうだったのだ。この男は最初から、ソフィアの残した力を手に入れる、ただそれだけの為に、私とウィリアムを利用し、アーサー様を追い詰めようとしているのだ。


 ルイスの唇が、三日月のようにニヤリと歪む。

 その狂気に満ちた表情に――私は何も応えることができなかった。ただ恐怖に突き動かされるまま、私は背を向け、部屋を飛び出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ