4.アルバートとの再会(後編)
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時計の針は午前十一時を回っていた。
テーブルを挟んでソファで向かい合い、一通りの挨拶を済ませると、堰を切ったようにアルバートからの質問攻めが始まった。
侯爵夫妻は息災か、学校生活はどうだったのか、監督生を務めたとは素晴らしい――。
まるで空白の十年を埋めるかのように、彼は熱っぽく語りかけ、ウィリアムの成長を我が事のように喜んだ。
普段なら、矢継ぎ早な質問には辟易するところだが、相手がアルバートであれば不思議と嫌な気はしない。
そして、「ルイスは相変わらずなのか」という問いに、「ああ、変わらないよ」と答えると、アルバートは満足げに深く頷いた。
「そう言えば、ご婚約なされたそうですね。おめでとうございます」
アルバートは目を細め、心からの祝福を口にした。
「あんなに小さかったウィリアム様が」と繰り返す彼に、ウィリアムは照れ隠しに言葉を被せる。
「ありがとう」
短く礼を言い、はにかむように微笑む。
その表情を見て、アルバートは口元に手をあててクスクスと笑った。
「ファルマス伯爵の御名は、国中に轟いておりますよ。御父上がウィリアム様のご提案で領地に孤児院を増やされたとか。読み書きも教えられるように王都から教師を派遣したともお聞きしました。本当に素晴らしいことでございますね」
「……あぁ。だが、それは当たり前のことだろう? 私達貴族は民の血税で生きているのだ。それを人々に還元し、よりよい国を作っていく。それが私たちの役目と言うものだ」
ウィリアムの言葉に、アルバートは感極まったように目尻を下げた。
「あぁ、このアルバート、本当に感激にございます」
またもや涙ぐむ彼に苦笑しつつ、ウィリアムはようやく自分の番が回ってきたと話題を変えた。
「ところで、この十年、アルは何をしていたんだ?」
国中を旅していたのだろう? と問うと、アルバートはハンカチで目頭を拭いながら、少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「何を――と言われると困るのですが……、ウィリアム様もご存知でしょう? 私は元々考古学が専門ですから、各地の遺跡などを調べて回っていたのです」
先ほどまでの感激屋の顔から一転、学者の顔になる。
その真剣な眼差しに、ウィリアムは「ああ、そう言えばそうだったな」と納得した。
アルバートの歴史への情熱は凄まじいものがあった。歴史を語るときの瞳は、まるで恋人を前にしたかのように熱を帯びる。そのせいか、彼には昔から浮いた話の一つもなかった。その長身と整った顔立ちからすれば、女性が放っておかないはずなのだが。
……まあ、そんな無粋な詮索はよそう。余計なお世話というものだ。
ウィリアムは内心で苦笑しつつ、相槌を打つ。
「遺跡……。それは、楽しいのか?」
正直なところ、ウィリアムは昔から歴史というものにあまり興味が持てなかった。苦手ではないし、成績も優秀だったが、熱中することはなかったのだ。
だが、アルバートはそんなウィリアムの反応など意に介さず、瞳を輝かせて身を乗り出した。
「ええ、勿論でございます! この前など西の果ての村で古い陶器の瓶を見つけまして、中に入っていた植物らしき物を調べましたら、それが凡そ千年前のものだと言うことが判明したのです。瓶の状態も良いものでございましたので、こちらの研究所へと運び、今詳しく調べさせております」
「……そ……そうか」
子供のように目を輝かせるアルバートに、ウィリアムは若干引き気味に頷く。
「……あぁ、そうか。だから王都に戻って来たのか」
その言葉に、アルバートの動きがふと止まった。
何かを言いかけ、口ごもり、そしてハッとしたように口を噤む。ほんの一瞬の出来事だったが、ウィリアムは見逃さなかった。その不自然な反応に、微かな違和感を覚える。
「……?」
何か言えない事情でもあるのだろうか。
ウィリアムの視線に気づいたアルバートは、誤魔化すように笑みを浮かべ、胸ポケットから懐中時計を取り出した。
「ウィリアム様、申し訳ございません。そう言えば私、人と待ち合わせの約束をしているのを忘れておりました」
申し訳なさそうに眉を下げるアルバート。
その様子に、ウィリアムの中の違和感はさらに膨らんだが、それを追求するのは無粋だろうと判断した。
「そうか。ではまた屋敷にでも寄ってくれ。父も喜ぶだろう」
「はい、是非とも。では、私はこれで失礼致します」
短い別れの挨拶を交わし、アルバートは足早に去っていった。
振り返ることなく遠ざかるその背中を、ウィリアムは黙って見送った。




