5.追憶――アーサーとの邂逅(前編)
ウィリアムは十三歳になっていた。ウィンチェスター校に入学して約半年ほどが過ぎた、それは三月のことだった。
「なぁウィリアム、今度の連休うちに来るだろ?」
エドワードの唐突な誘いに、ウィリアムは無意識に歩く速度を緩めた。
「……どうして?」
既に予鈴は鳴り終え、一階の長い渡り廊下は次の教室へと急ぐ生徒たちでごった返していた。その流れに、ウィリアムとエドワード、そしてブライアンもまた身を任せていた。
「この前カーラが7歳になったんだけど、あいつ、どうしてもウィリアムに祝ってもらいたいんだってさ」
「まぁ端的に言えば、誕生日パーティーってことになるか」
ウィリアムの胸に、カーラの成長を静かに喜ぶ思いが満ちる。「あぁ、もうそんなになるんだな」声には出さずとも、その短い言葉が彼の内側で響いた。
「わかった。行くよ。ルイスも一緒でいいよな?」
ウィリアムの表情には、ルイスが当然のように同行することを疑わない、純粋な確信が浮かんでいた。それを見た二人は、互いの顔を見合わせ、喉の奥で呆れた笑いを噛み殺す。
「あぁ。勿論。ていうかお前、ほんっとにルイスと仲良いよな」
「口を開けばルイス、ルイスって。お前ら本当にただの主従関係なのか?」
揶揄うような響きを含んだ問いかけだが、ウィリアムは気に留める様子もない。
「はは、まさか。ただの主従なわけないだろう? ルイスは家族以上の存在だよ。できるなら片時だって離れたくないんだけど」
その顔に浮かぶ純粋な微笑み。二人は思わず「げえっ」と、悲鳴にも似た声を漏らした。
「いやいや、冗談でもそんなこと言うのやめろって」
「おっ前なー。それ、絶対カーラの前で言うなよ。面倒だから」
「別にわざわざ言うつもりないけど……何かおかしいか?」
「いや……だって、なぁ?」
「なぁ?」
呆れた様子の双子に、ウィリアムは不思議そうに首を傾げる。
三人はその後も雑談を続けながら、足を速め、渡り廊下の先へと向かった。
その時だった。ふと、広がる裏庭のどこかから、揉めているような声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。
三人は足を止め、視線を巡らせる。ぱっと見では、特に変わった様子はない。生徒たちは皆、次の授業へと移動中で、裏庭に人の姿は見当たらなかった。だが……。
「――僕にかまうな! 行け!」
再び届いた、どこか思い詰めたような叫び声に、ウィリアムの表情は瞬時に硬直した。授業用具を腕に抱えたまま、裏庭へと駆け出す。
「おい、ウィリアム!」
「あぁー。もう、俺たちも行くぞ!」
二人もウィリアムの背を追う。
声のする方へ近づくにつれ、はっきりと聞こえてくる数人の声。それは、同じ寮の同級生たちのもののようだった。声を頼りに校庭の隅へ辿り着くと、用具倉庫の前で三人が騒いでいる。そのうちの一人は、右目を押さえて用具倉庫に寄りかかっていた。
「何があった! 怪我か⁉」
ウィリアムが駆け寄ると、他の二人が蒼い顔でこちらを振り返る。
「あ……、セシル」
「どうしよう、僕たち……クリケットの練習してたら、殿下にボールが当たっちゃって」
「医務室に行こうって言ったんだけど……」
二人は声を震わせながら、右目を押さえている生徒――アーサーの方へとおずおずと顔を向けた。
それはこの国の王子、アーサー・オブ・ウェールズだった。彼は駆けつけてきたウィリアムらの姿を視界に捉えると、右目を押さえたまま、煩わしげに表情を歪ませる。
「大丈夫だ。何ともない。僕にかまわないでくれ」
低い声でそう言い放つアーサーの瞳には、威嚇にも似た鋭さが宿っていた。そして、どこか覚束ない足取りでその場を立ち去ろうと踵を返す。
しかし、怪我を負った人間を、ましてそれが王子であれば、そのまま行かせるはずがない。
「待て、ウェールズ!」
ウィリアムは反射的にアーサーの左腕を掴んだ。だが、その手はすぐに弾き飛ばされる。
「僕に触るなッ!」
「――ッ」
アーサーは全身から殺気を放ち、ウィリアムを睨みつけた。それは完全なる拒絶。
だが、ウィリアムは微塵も怯まなかった。普段の彼とはまるで別人のようなアーサーの様子に、これは尚更放っておくことはできないと、アーサーの行く手を塞ぐ。
「大丈夫なわけないだろう、見せてみろ」
「――っ、お前、この僕に指図する気か⁉」
声を荒げつつも、アーサーは痛みに堪えるように顔を引きつらせ、隠すように視線を下げる。
その瞬間の隙を、ウィリアムは見逃さなかった。彼は右目を覆うアーサーの右腕を掴み、そして――。
「――ッ!」
刹那、喉の奥で悲鳴を上げたアーサーと視線がぶつかる。眩いほどの光を放つ、赤い瞳と。
「やめろッ! 放せよッ!」
ギラリと妖しい光を放つ右目――それはアーサーが誰にも見られまいと隠し通してきた、赤い瞳だった。
アーサーの顔が、酷く怯えたように歪む。そこに映るのは、恐怖か、畏怖か――何か恐ろしいものを見たかのような顔で、アーサーはウィリアムから視線を逸らし、背を向ける。
ウィリアムは、そんなアーサーの様子にようやく……得心がいった。
「……ウェールズ」
「…………」
けれどアーサーは、もうそれ以上何も言い返すことはなかった。彼はふらふらとした足取りでそのまま立ち去っていく。
「何だ……今の」
「なぁウィリアム。流石に今のは不味くないか。相手は王子だぞ」
エドワードとブライアンは、アーサーの背中に不審な眼差しを向けながら、呆けたように立ち尽くすウィリアムの肩に手を置いた。
するとウィリアムは途端にハッと我に返り、左腕に抱えていた授業用具をエドワードに押し付ける。
「……ごめん。先に行っててくれ」
それだけを言い残し、ウィリアムはひとり駆け出した。




