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愛しのあの方と死に別れて千年 ~今日も私は悪役令嬢を演じます~【改稿版】  作者: 夕凪ゆな
第16章 あの懐かしき日々

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1.深夜の告白


「……ねぇ、ウィリアム」

「どうした?」


 オペラ座から屋敷へ戻り、夕食を終えた私たちは、ウィリアムのベッドの中にいた。

 時刻は真夜中を回っている。

 オイルランプの光だけが揺らめく薄暗い部屋で、私はウィリアムの腕に抱かれながら、静かに問いかけた。

「アーサー様のことだけれど……」

「…………」

 アーサーの名前に反応したのか、私の背に回されたウィリアムの腕が一瞬強張る。

 恐らくは避けたい話題なのだろう。

 けれど、私はそれでも問わねばならなかった。

 熱を出し倒れた日の真夜中、庭園でルイスが言った言葉。――『全ての元凶は自分にある』。

 ルイスとアーサーの間にいったい何があったのか、その手がかりを掴むために……。


 あの夜ルイスは私に言った。『全ての者を欺け』と。

 それはウィリアムに、そして彼以外の全ての者に、真実を伝えてはならないということを意味している。自分の持つ千年の記憶について、決して知られてはならないと。

 だが裏を返せば、それ以外のことなら何を言おうが構わないということだ。

 ウィリアムから情報を引き出すこと、そのために嘘をつくこと――それ自体は契約違反にはならない。


「……私ね、本当はずっとあなたのことが好きだったの。あなたの婚約を受け入れたとき、過去に愛した人がいるって言ったでしょう? 信じられないだろうけど……その相手は……ウィリアム。あなたのことだったのよ」

「――っ」

 これには流石のウィリアムも驚きを隠せなかったのだろう。大きく瞳を見開き、しばらくの間硬直する。

 そんな彼の反応を予想していた私は、彼の言葉を待たずに畳みかけた。

「私ね、あなた以外の人と結婚するのが嫌で、社交界から逃げていたのよ」

「……なん……だと……?」

 ウィリアムは困惑していた。私には、そんな彼の心の内が手に取るようにわかった。

 私の言葉が信じられないと、どうして急にそんなことを言い出すんだと――彼の揺れる眼差しを、私は冷静に見つめ返す。

「信じられないでしょう? でも本当のことなの。あなたが私のことを知るずっと前から、私はあなたのことが好きだった。あなた以外の男性と結婚する未来なんて受け入れられなくて……だから私、自分の悪評を広めたのよ」


 ――そう。これは本心だ。

 私はウィリアムのことが好きだった。他の男と結婚する気は毛頭なかった。だから自分で悪評を広めた。――これは紛れもない事実。

 だが当然、ウィリアムは納得しなかった。

「なぜ君が急にそんなことを言い出したのかはわからないが、流石に今の話には無理がある。もしそれが本当なら、俺相手にあんな態度を取る必要はなかったはずだ。だが君は自分を悪く見せるため、ハンナにお茶をかけた……その理由はどう説明する?」

 不信感でいっぱいのウィリアムの瞳。――けれど私は、そこから少しも目を逸らさない。

 ここが正念場だ。

「ウィリアムは知っているわよね? 子供のころの私のこと。習わなくても何でもできたって、ルイスに聞いているでしょう?」

「……ああ。それは、確かに聞いている」

 だが、それと今の話にどんな関係があるというのか――そう訴える彼の胸に、私はそっとすがりつく。そして――。

「ごめんなさい、ウィリアム。私、ずっとあなたに隠していたことがあるの。私……私ね――」

「…………」

 言いかけた私の言葉に、ウィリアムの喉が音を鳴らした。触れた手のひらの奥の心臓が、何かにおびえるように鼓動を早める。

 私はそんな彼の無意識の恐怖に気付かない振りをして、彼を上目遣いで見上げ――告げた。


「私、呪われてるの」


 *


「…………は?」

「呪われてるのよ、私」

「…………」

 呪いだと――?

 予想外の告白に、俺は言葉も忘れ固まった。

 もはや取り繕うことは不可能だった。それくらい彼女の話は不可解であり、なおかつ、心当たりのあるものだったからだ。

 俺は既に知っている。アメリアが普通の人間とはどこか違うのだと。彼女がルイスのように不思議な力を持っているのだと。だからルイスはアメリアに執着するのだと、俺は既に知っている。

 けれど全てを知るわけではない。ルイスの持つ力の全てを把握しているわけではないし、アメリアについては何も知らないと言っていい。――それに、彼女の言う「呪い」の意味も知りはしない。

 だが俺は確かにその言葉に心当たりがあった。だからこそ、いったいどういう反応を取れば正解なのかわからなくなった。


 ――俺はいったい何と言ったらいいんだ? 何と返せば、怪しまれずに済む……?


 言葉を返せないでいる俺に、彼女は寂し気な顔をする。

「何を言い出すんだって……思うわよね」

「……すまない」

 やっとのことで絞り出した声は震えていて、途端に不安感に襲われた。

 勘の鋭い彼女のことだ。もう既に気づかれてしまっているのではないか。彼女は気付いていてこんな話をするのではないか。――そう思うと、やはり言葉が出てこなくなってしまう。


「でも本当なの。私が好きになる人は皆、不幸になるのよ」

「……っ」

 ――ああ……。

 彼女の言葉を聞いた瞬間、気付かれた、と悟った。

 彼女の口から告げられた内容に、考えるよりも早く、身体の方が反応してしまったからだ。全身で拒否感を示してしまった。――そのことに、俺自身が気付かないはずがなかった。

「……ウィリアム?」

 俺の考えを見透かすように、こちらを見据えるアメリアの碧い瞳。――その瞳に、嘘はつけない。

 ――ああ、心と言うものはこうも面倒なものだったのか。

 しばらく失くしてい自分自身の「心」。その存在を疎ましく思った。

 冷静でいようとしてもいられない、理性ではコントロールできない。けれどどうすることもできない――抗えない何かに、もどかしさを感じた。


「いや――何でもない。……それで? ……その、不幸になるというのは……」

 もういいか――と、少し投げやりな気持ちになりながら、俺は話の続きを促す。

 すると、彼女は微かに目を細めた。

「そのままの意味よ。私が愛した人は皆……死んでしまうの」

「――っ」

 彼女の言葉に、心臓が跳ねる。

 ――同じだ。そう確信した。彼女は俺と同じなのだ。

「……何を言い出すのかと思えば。もしその言葉が本当なら、俺はとっくに死んでいることになる……違うか?」

「そうよ。その通りなの。だってずっとそうだったもの。私、生まれたときから何でもできたわ。人にできて私にできないことなんてなかった。学ばずとも、そう――不思議とね。 でも、きっとその代償だったのでしょうね。私と心が通い合った人は、皆死ぬの。だから私、ずっと人を避けてきたのよ。だから、私を愛さないでって言ったのよ」

「…………」

「でも、川に落ちたあの後……私の前に現れたルイスはこう言ったわ。あなたが私の運命の相手だって。あなたなら死なないんだって。そう言ったのよ――」

「ルイスが?」

 ――まさか。あいつがアメリアにそんな話をしていたと? 俺にはそんなこと一言も……。だが確かにあいつは言っていた。アメリアこそが俺の運命の相手だと。――しかし。

「君はそれを信じたのか? よく知りもしないあいつの言葉を信じたと?」

「いいえ、私だって最初から信じた訳じゃないわ。だけどね……あの日、川に落ちる前、アーサー様に言われたの。ルイスには気を付けろって」

「――っ」

「思えばあのとき、私は本能的に気づいていたんだわ。ルイスとアーサー様が、私と似たような存在なんだって。だから私、ルイスの言葉は嘘じゃないかもって思って……あなたが運命の相手だって、信じてみたくなって」

「……っ」

 刹那――俺は確かにその言葉の意味を理解する。

 それはつまり、アーサーはずっと前からルイスの力のことを知っていたということだ。

 そしてまた、アーサーはアメリアを一目見てその正体に気付いたということになる。

 だがアーサーは俺に全てを隠していた。あの日、湖でアメリアと交わした内容を俺には一言も伝えなかった。アメリアを辱めたという濡れぎぬを着せられても、抗議一つしなかった。

 その理由は一つしかない。

 アーサーは自分の正体をルイスに悟られていることを知っていた。それはアーサーにとって、あまりにも大きな弱みだったのだ。

 つまり――ルイスの言っていた裏切りの本当の意味は……。


「……ルイス」

 その事実に気付いた俺は、ただ茫然とした。

 俺にとって最も大切なことを……幼き日、ルイスと交わした一番最初の約束を、ルイスは破ったのだという現実を……どうしても、受け止めきれなくて。

 だが、そんな俺の胸板に、アメリアはそっと手を添える。俺を慰めるように、あるいは、諭すかのように。

「ねえ、ウィリアム。私に聞かせてくれないかしら? 私、あなたのことをもっと知りたいの。あなたと、ルイスや、アーサー様のことを……」

「…………」

 小川の流れるような、どこか懐かしいアメリアの声。その澄んだ声音に、俺は無意識のうちに瞼を閉じる。

 ――言ってしまっていいのだろうか。

 ルイスは俺にこう言っていた。「アメリアには内密に」と。

 それは、何を……? ルイスの力のことか? それとも、俺たちが交わした契約のことだろうか。あるいはその、両方だろうか……。

 いくら考えても、答えなど出るはずもなく……。


 呪い――そう、これは呪いだ。

『決して誰にも言ってはなりませんよ』

 そう言ったかつての幼いルイスの姿が脳裏に蘇る。

『これは二人だけの秘密です』

 そう言ったお前は、いったいどんな顔をしていただろうか。口元は、微笑んでいる。けれど――その黒い瞳は……。

 ――ああ、だが……お前は俺を裏切ったのだろう? ずっと裏切っていたのだろう? それならば……もう……構わないだろう? ……な、ルイス――。


 俺はふっと息を吐き、ようやく瞼を上げる。

 俺を見つめるアメリアと目が合った。

 この暗がりの中でも、美しく輝いて見える彼女の碧い瞳。そこに映るのは、紛れもない、俺自身――。

 その眼差しに、俺は諦めた。この真っすぐな瞳を前にして、隠しておくことはできないと。


「……俺がルイスと出ったのは……俺が七歳になったばかりのとき」


 俺は懐かしい過去を思い出す。

 アメリアに話すことによって、何かが変わるのか、変わらないのか。この状況を解決することに繋がるのか、あるいは、悪化させる可能性もあるかもしれない。

 それでも――俺はただ聞いてもらいたい一心で、あの日のことを語り始めた。


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