勇者様はどんな強敵も「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」で倒してくれます
「勇者ダグラスよ、魔法使いミレーネよ。どうか魔王を倒してくれ。頼んだぞ」
「必ずや!」
「頑張ります!」
国王に命じられたダグラスとミレーネは勇ましく返事をすると、すぐさま城から旅立った。
ダグラスは精悍な顔つきをした青年であり、『勇者』の称号に相応しい剣技を誇る。
ミレーネはまだあどけなさの残る少女だが、魔法の才能を認められ、ダグラスの補佐役として選ばれた。
「長い戦いになるだろうが、よろしく頼む、ミレーネ」
「はい、勇者様!」
二人の大冒険が始まる――
ダグラスとミレーネが森の中を歩いていると、ゴブリンに出くわした。
「グヒヒヒヒ……」
棍棒を持ち、醜悪な笑みを浮かべるゴブリン。人間など餌としか見ていないのが分かる。
ほとんど実戦経験のないミレーネは及び腰になる。
「ゆ、勇者様……」
ダグラスはゴブリンに臆することなくこう言い放った。
「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」
猛然と駆け出すダグラス。
ゴブリンの攻撃をひらりとかわすと、その剣をゴブリンの胸に突き刺した。
「ぐわああああああ!!!」
この一撃でゴブリンは倒れた。
あまりに鮮やかな光景に、ミレーネは「すごい……」とつぶやくのだった。
***
洞窟内を歩くダグラスとミレーネ。
この洞窟には村や町を襲い、人を喰らう恐るべき怪物が住んでいるという。
二人はまもなく“そいつ”の元にたどり着いた。
「一つ目の巨人……!」
一つ目の巨人サイクロプスが洞窟の主であった。
そのおぞましい容姿にミレーネは顔を引きつらせる。
サイクロプスは巨大な眼球に殺意を宿らせ、二人に襲い掛かってきた。
「グオオオオオオッ!」
しかし、ミレーネも少しずつ経験を積んでいる。
「あの目玉が弱点に違いありません! 火炎魔法!」
火炎の塊を眼球に浴びせる。
しかし、サイクロプスはまるで怯まない。
「そ、そんな!」
ダグラスは慌てずサイクロプスに剣を向ける。
「勇者様、危険です!」
「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」
ダグラスはサイクロプスの胸に剣を突き立てた。
「ぐわああああああ!!!」
崩れ落ちるサイクロプス。
ミレーネは弱点を決めつけていた己を恥じる。
「弱点は……目玉ではなかったんですね」
「ああ、心臓。これこそが奴の弱点だったんだ」
ミレーネは、的確に弱点を見抜いたダグラスに尊敬の眼差しを向けた。
***
二人の前に強敵が現れる。
ゼリー状の生命体――スライムだ。
物理攻撃は無効化してしまうし、魔法攻撃で完全に消滅させるのもよほどハイレベルな魔法でなければ難しい。
有効な攻略法を見出せず、ミレーネはおろおろしてしまう。
「どうしましょう……!」
「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」
ダグラスは言い切った。
これにはミレーネも苦言を呈する。
「何を言ってるんですか! あの体のどこに心臓があるんです!?」
ダグラスはスライムに向かっていく。
「ギュピィィィィィッ!」
世にも恐ろしい奇声を発し、スライムが体を広げ、ダグラスに覆いかぶさる。
「勇者様ッ!」
だが、ダグラスはスライムの体のある一点を一突きした。
「ぐわああああああ!!!」
スライムは悲鳴を上げ、消滅した。
「えええええ!?」
ミレーネも思わず悲鳴を上げてしまう。
「スライムといえど、心臓を突いてしまえばああなる」
「な、なるほど……」
ダグラスの断定口調にミレーネは納得する他なかった。
***
魔王軍の研究所にて、ダグラスらは魔族の科学者と対峙していた。
研究所を叩き潰せば魔王軍の戦力を大きく削ぐことができる。勇者として絶対に負けられない戦いである。
「ククク……ゆけい、ゴーレム!」
「侵入者ヲ排除シマス」
科学者に命じられ、ゴーレムが動き出す。
魔族の科学力を結集して作られただけあって、凄まじい格闘能力を誇る。パンチは床をへこませ、キックの風圧はそれだけでダメージになりそうな勢いだ。
「火炎魔法! 雷撃魔法! 氷結魔法!」
ミレーネが次々魔法を叩き込むが、効果は薄い。
ここで頼りになるのはやはり勇者ダグラス。
「よくやった、後は俺に任せろ」
「勇者様、あのゴーレム、弱点らしい弱点がありません! どうすれば……!」
「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」
ダグラスは言い切った。
「ゴーレムの心臓……つまりコア的なものですか?」
「いや、心臓だ」
ダグラスはまたも言い切った。
直後、ダグラスはゴーレムに向かって猛突進し、胸のあたりに剣を突き刺した。
「ぐわああああああ!!!」
絶叫の後、ゴーレムは大破した。
ダグラスはついでに残っていた科学者の胸にも剣を突き刺した。
「ぐわああああああ!!!」
***
熱気渦巻く火山にて、ダグラスとミレーネはドラゴンに決戦を挑む。
これまでに出会った中で最強の敵だということに疑いの余地はない。
「人間如きが我を倒そうだと? 面白い、やってみるがいい!」
火炎を吐き出すドラゴン。
「来るぞ、ミレーネ!」
「氷壁魔法!」
最上位の氷魔法ですら、防御が精一杯という恐るべき火力である。
「あんなの……どうやって倒せば……」
弱音を吐くミレーネ。
しかし、ダグラスはもちろん言い切る。
「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」
「ええっ!? ドラゴンを一撃なんて無茶ですよ!」
ダグラスが駆け出す。
その剣筋に迷いはなく、ドラゴンの胸に剣を突き立てる。
「ぐわああああああ!!!」
倒せてしまった。ドラゴンですら心臓を突かれたらひとたまりもないのだ。
***
暗黒の瘴気が漂う谷にて、二人は難敵と遭遇していた。
怨念の集合体ゴーストである。
ミレーネは、このゴーストこそダグラスの天敵であると直感していた。
なにしろガスのようなものなのだ。心臓などあるはずがない。
「光球魔法!」
弱点であろう光魔法で攻撃するが、仕留めるまでには至らない。
しかもゴーストは周囲の瘴気を取り込み、すぐに回復してしまう。まさにイタチごっこだ。
「これじゃいつまでたっても倒せない……!」
ミレーネに焦りが募る。長期戦になれば、明らかにゴーストが有利である。
変幻自在に形を変えながら襲いかかってくるゴースト。その前にダグラスが立ちはだかる。
「勇者様!?」
「こいつは俺が倒す」
「倒すってどうやって……」
「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」
次の瞬間、ダグラスはゴーストに剣を突き刺した。
「ぐわああああああ!!!」
断末魔の叫びを上げると、ゴーストは浄化され、消滅した。
ミレーネは呆気に取られ、つぶやいた。
「心臓……あったんですね」
「あったんだよ」
***
魔王軍最高幹部・大悪魔デーモンと相対する二人。
強大な魔力を誇る上級魔族であるが、この頃になるとミレーネももはや手慣れたものである。
「じゃあ勇者様、いつも通りに」
「ああ」うなずくダグラス。
「業火魔法!」
ミレーネが上級魔法でデーモンを攻撃する。
「ぐ……ぬぅ! この程度で……!」
さすがに倒すことはできないが、動きは止まる。
この隙にダグラスが心臓を突き刺す。餅をこねて杵でつくようなコンビネーション。
「ぐわああああああ!!!」
大悪魔デーモンもここに消滅した。
「悪魔といえど、心臓が弱点なんですね!」
「そういうことだ」
ミレーネの言葉にダグラスは嬉しそうにうなずいた。
***
ついに二人は諸悪の根源・魔王ジャドーの元にたどり着いた。
角を生やし、漆黒のマントに身を包んだその姿は、これまでの魔族とは比べ物にならない威圧を発している。
「こんな若造と小娘に、我が魔王軍がこうまでやられるとは……。だが、ここまでだ! 貴様らを地獄に叩き落とし、この現世をも地獄に変えてくれようぞ!」
ジャドーの攻撃は苛烈だった。
灼熱の炎、激しい雷撃、凍てつく冷気、地平まで続く地割れ。天災を思わせる攻撃で二人を苦しめる。
だが、二人のやることは決まっている。
「さすが魔王、とてつもない強さですね!」
「そうだな。今までの敵とは桁違いだ」
「ということは倒す手段はないんですか?」
「大丈夫、心臓を一突きにすれば倒せる」
「ですよね!」
どうにか致命傷だけは避けつつ、ミレーネが大魔法を唱える。
「魔封聖鎖!」
巨大な鎖が四方から現れ、ジャドーの手足を絡め取った。上級魔族でもこれを受ければなすすべがない。
「ぬうっ!?」
ジャドーの動きが一瞬止まる。
「こんな児戯で、我を封じれると思うなァ!!!」
すぐさま鎖は砕かれてしまう。
だが、一瞬で十分だった。
なぜなら勇者は――
「いかに魔王であろうと、心臓を一突きにすれば倒せる」
ダグラスの剣がジャドーの胸を貫く。
「ぐわああああああ!!!」
親の声より聞いた絶叫。いつも通りの悲鳴を上げ、魔王ジャドーはこの世から滅び去った。
「終わったな、ミレーネ」
「はいっ、勇者様!」
魔王の最期を見届けると、二人は魔王城を後にした。
***
王国へと凱旋する二人。
国王から、貴族から、市民から、大勢から祝福を受ける。
城では盛大なパーティーが開かれ、ダグラスとミレーネはこの国の英雄となった。
補佐役を果たしたミレーネは一生遊んで暮らせるであろう褒賞を与えられる。
そして、ダグラスは国王直々に呼び出される。
どんな用件かは誰にだって分かる。ダグラスは王女と結婚し、いずれ王としてこの国を治めるのだろう。
「さようなら、勇者様……」
勇者が幸せになるのは嬉しい。だが、どこか寂しそうに自宅へ戻っていくミレーネ。
そんなミレーネを追いかけてくる者がいた。
「待ってくれ、ミレーネ」
「勇者様!? どうしてここに……」
「陛下との話が終わったからさ」
「終わったって、勇者様は王女様と結婚し、この国を……」
「そんなつもりはない」
「え……」
まさか国王からの誘いを断ったというのか。あまりにも分かりやすく、誰もが羨む栄華への道を。
「俺は君のことが好きだ」
「ええっ!?」
いきなりの告白に、ミレーネは目を丸くする。
「知っての通り、俺の剣術は心臓ばかりを狙う剣術だ。そのせいで俺は周囲から恐れられ、疎んじられてきた」
「まあ……」
初めて知る事実。考えてみると、確かに心臓ばかりを狙う剣士と稽古などしたくはないだろうし、執拗に魔物の心臓を狙う戦法も残酷に映るかもしれない。
「だが、君はこんな俺を恐れることなく、ずっとついてきてくれた。気がついた時にはかけがえのないパートナーになっていた。君がいなければ、俺は魔王を倒せなかっただろう」
「勇者様……」
ミレーネはダグラスの心臓狙いに驚きつつも、それを恐れたり、距離を置くことはなかった。いつしか二人は阿吽の呼吸で敵を倒していた。
「すでに陛下たちには説明して分かって頂けた。ミレーネ、どうかこれからも俺のそばにいてくれないだろうか」
「……喜んで!」
ミレーネは目に涙を浮かべ、答える。
心臓狙いの勇者をずっと支え続けたミレーネ、彼女はいつしか勇者のハートを射抜いていたようだ。
おわり
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